サミットの神戸開催
10月9日に岸田外務大臣、菅官房長官、谷垣自民党幹事長、稲田自民党政務調査会長に対して、久元神戸市長、金澤兵庫県副知事と共に平成28(2016)年に我が国がホスト国となるサミットを是非神戸で開催するよう、要請を行いました。
いわゆるサミットは昭和50(1975)年に仏ジスカールデスタン大統領の呼びかけで、仏ランブイエにアメリカ、イギリス、フランス、西ドイツ、イタリア、日本の6か国の首脳が集まって、石油危機以降の世界経済の回復・成長、為替問題について議論したのが始まりです。翌昭和51年の米サンファンサミットからカナダを加えた7か国で毎年各国が回り持ちで主要な課題について討議するようになり、「先進国首脳会議(G7)」と呼ばれることになりました。当時はG7諸国が世界経済の主役であり、サミットでG7の首脳が一堂に会して胸襟を開いて討議して合意することが、世界の行方を決めるものと考えられました。
平成3年にソ連が崩壊して東西冷戦体制が崩れ、平成10年の英バーミンガムサミットからロシアが加わり、ロシアは先進国と呼ぶことは出来ないので、「主要国首脳会議(G8)」と呼ばれるようになりました。その後、途上国の存在の重要性が増してきたことを反映して、平成22年のカナダハンツビルでの第36回サミットからG8に引き続いて中国、韓国、インド、ブラジル等の途上国を含めた「20か国・地域首脳会議(G20)」が開催されるようになりました。
それでも、G8諸国は世界の半分近くの経済活動を行っていますので、G8諸国が世界をリードしていることには依然として変わりがなく、引き続きG8サミットは毎年開催されています。サミットでは経済問題だけでなく、紛争の解決等の政治問題、エネルギーや環境等の地球規模問題など広範囲な国際問題について取り上げ、首脳だけで議論し、合意をまとめ上げるので、毎年G8首脳が集まるサミットが注目されるのです。今年3月にロシアがクリミアを併合したことにより、第40回サミットは予定されていたロシアのソチに代えてベルギーのブリュッセルで開催され、ロシアを除くG7に戻りました。
ところで、これまで日本では、昭和54年、61年、平成5年に東京で、12年に九州・沖縄で、20年に北海道・洞爺湖で、サミットが開催されています。
サ ミットを開催するには会議場があれば良いということではなく、首脳に加えて、随行者やプレス関係者用の宿泊・会議・通信の施設とサービスが必要ですし、世 界を代表する各国首脳の安全を確保するための警備体制も必要となります。そのため、毎回サミット開催場所の決定にあたっては、事前に多くの関係者で綿密な 打ち合わせがなされた上で決定されています。
平成28年 の我が国でのサミット開催地には、被爆地の広島や東日本大震災で被災した仙台等の他の地域も手を挙げていますので、他の地域と比較した神戸の優位性をはっ きりと打ち出していくことが求められています。神戸には空港があり、ポートアイランドは警備も比較的容易であるというメリットがあります。これらの他に阪 神大震災からの復興やスーパーコンピューター京・医療産業都市等の最先端の科学技術基盤の集積、そして世界に開かれた国際貿易都市という、神戸ならではの 特色を前面に押し出して、是非、神戸サミットの実現を図りたいと考えています。