裏日記「B面」

工房しはんが日々、ふと感じたり、しみじみとふけったり、ぴんとひらめいたり、つくづくと考えたりしてること。

政治の昨今

2009年08月04日 00時26分36秒 | Weblog
※政治ネタです。
過激な発言があります。
読みたくないひとは、読み進まないでください。

自民党が今回の総選挙に「責任、安心、活力」などというキーワードをかかげててびっくりするんだけど、責任においても、安心においても、活力においても、自民党さんに信頼を置いてるひとは、わが国民の中にはもちろん皆無です。
それにぼくがいちばんびっくりするのは、自民党が民主党の政策案に対して「財源が明確でない」と責め立ててるところです。
あんたのとこの財源はどう工面してるの?と言いたい。
財源なしのその場限りのサービスに、過去数十年で(言えば、わずか十年あまりのうちなんだけど)1000兆円(←確定未来予測)という膨大な借金を積み上げたのは、自民党あんた自身だったはずでは?
ほんとにほんとに、ここんとこはどうしても言いたいんだけど、どのツラさげて財源のことを言うのか、ほんと~・・・に理解できません。
ほんとにバカなのかなあ?
それとも、ほんとに国民をバカだと思ってるのかな?
財源がなかったら、赤字積み上げたらええんちゃいますの?
あんたのとこはそうして帳面あわせてきたんちゃいますの?
そう申し上げたいのであります。
ところで今夜の夕刊によると、民主党が小林興起元衆議院議員(自民党)を公認するらしく、選挙区の近いぼくとしても看過できないところ。
小林なにがしというひとは、もう自民党そのもののひととしてぼくの中では認識されてるので、逆に「民主党って、ほんとに自民党そのものなんだなあ」とつくづく再認識させられます。
帳尻が合えばなんでもいいんだなあ、と。
結局この党は、ただただ方法論によって目標を成形するという異形の形式をとってるので、「カイカク、カイカク」と言われても、まったく信頼が置けないのでした。
思想も、人間の質も、両党は一緒。
どちらを選んでも、たいして変わりはない。
むかしむかし、大政翼賛の時代には、国民には選ぶ権利もなにもなく、例えば「ナチス党とファシズム党と右翼、このうちどれかを選んでくださいね」などという奇天烈な選挙が行われてたわけですが、それを思い起こさせます。
だけどまだ現在はマシ。
平和政党の看板も福祉政党の看板もかなぐり捨て、自民党のコシギンチャクと成り果てた公明党を選ぶこともできれば、いったん自民党に抱かれて全国民から今後百年に及ぶ深刻な軽蔑を買った社民党を選ぶこともできます。
共産主義が廃れ果て、それでも化石と成り果てた自身が復活できるすべがあるのではないか?というありえない奇跡を本気で夢見てる共産党を選ぶ道もある。
幸福なんとか党というにぎやかしや、与党からこぼれた泡沫党を選ぶ道もある。
そんなふうに選べる分だけ、ぼくらは幸福な国民と言っていいのでしょう。
見限る寸前で「仕方なく」どの党を選ぶか、ほんと~にしんどい決断ですが、あと一ヶ月間、吟味してみましょ。
その先にどんな未来があるのかわかんないけど、んー・・・なんというか・・・「選ぶ」という行為がなんとなく、たのしそうではありませんか。
これはもう、シリアスな意味で「ギャンブル」なのですよ。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園