ルンルンピアノ

ピアノ教室の子どもたちとの楽しい毎日。。。。。。

352       四条畷

2006-06-24 23:59:14 | Weblog
※四条畷神社 クリック♪

午後の将棋教室が始まると同時に家を出る。
体調はもうひとつだったが、せっかくの天気なので少し遠出しようと考えJR宝塚駅へ向かった。
路線地図を見ているうちに段々しんどくなってきて、結局「尼崎」辺りをブラブラする事に決める。
キップを買ってホームへ出るとちょうど発車する電車があったので、行く先も確かめずに飛び乗った。
(大丈夫かなぁ・・・ちゃんと着くかなぁ)と少し不安になる。
ほどなく車内アナウンスが始まったので耳を傾けると、どうもこの電車は普段よく耳にする「東西線」に途中から変わるらしい。
途中の停車駅を読み上げるアナウンスの声をボーッと聞いていると、「四条畷」という名前が聞こえハッとする。
急いで電車のドアの上に貼られている路線地図を確認。
(えっと四条畷シジョウナワテと・・・・・あったァ!!)

実は最近ある事情で四条畷を検索中に<四条畷の決戦>というのを知り、その主人公である楠正行に縁が深い「四条畷神社」というところへ丁度行ってみたいと思っていたところだったのだ。
そういうわけで、‘尼崎行き’を急遽‘四条畷行き’に変更する。

3,40分で「四条畷」到着。
駅を出たところの地図で神社の場所を確認するがよく分からない。
とりあえずバスが出ているようなのでバス停に向かうと、ちょうど発車しようとするバスがあったので急いで飛び乗る。
例によって乗ったあと、(無事に着くのだろうか・・・)と不安になる。
次の停留所名をしるす車内の電光掲示板に「四条畷神社」と出ていた
ホッとしたのだが、そこで降りるお客が他にいなかったらしくバスは停留所を素通り・・・。
あわててピンポンを押して次の停留所で降りる。

あたりの景色を眺めながら来た道を引き返す。
20年ほど前にタイムスリップしたような店々が楽しい。
「すなっく銀ぎつね」と書かれた看板が置いてある店は、昼間のせいか或いはもう営業していないのか、ホコリをかぶったシャッターが閉まったままだ。
道の反対側にひなびた間口の広いスーパーらしきものがある。
近づいてみると、大きく「暮らしのファッション 詩情シジョー」と描かれていた。
排気ガスによごれたようなマネキンが並んでいて、一瞬中国に来たような感覚になる。

ようやく「四条畷神社」の大きな鳥居に到着。 ゆるい登り傾斜の参道を歩き出す。
参道と言っても露店などは一切無く、ごく普通の住宅街といった風情。
正面には青々とした山が気持ちよくそびえている、何という山なのかは分からない。
「囲碁・将棋  池田」と書かれた店があり、入り口にはバイクや自転車が数台停まっていた。
ガラス越しにお客さんの姿がうっすらと見えた。 平和な土曜の昼下がりである。
もう少し登った左手に豪邸を発見。
これがなんだかスゴイ家だった。
和洋中韓折衷の大きな屋敷なのだが、門、表札(北井と書いてあった)共に巨大で
しかも門の上、屋根の上には金のシャチホコが燦然と輝いているのだ。
圧倒されつつ見上げていると、風見鶏まで立っている。
さらによく見ると小さな鷲も発見。
ここに出入りする人をひと目見たかったが・・堅く閉ざされた門は閉まったままだった。

やっと神社石段に辿りつく。
急な石段を登り始めるとイッキに汗が噴き出し始めた。
登り終え汗をふきふき境内に入ると、思っていたより広々として厳かな雰囲気の漂う神社が現れた。
ここに祀られる楠正行公は、南北朝時代に不利を覚悟で正統の天皇を守り、明治維新の思想的原動力ともなった楠正成の嫡男である。
正行公もまた父の意志を忠実に受け継ぎ、ここ四条畷の決戦で高師直率いる6万の軍勢に対し3千の兵をもって討ち死に覚悟で立ち向かい自刃したという。
多勢に無勢で立ち向かう「勇気」と「忠義」の若き武将を思うと胸が熱くなった。
境内には、伊勢神宮から拝受したという‘神明鳥居’、正行公の母親を子育ての大神として祀った‘御姫神社’なども見られる。
そのそばの大きなクスノキの根元に、正行公慰霊のちっちゃな五輪塔があり、これにも涙を誘われた。

境内では他に2人の姿を見かけただけだった。
入れ違いで、ちょうど山を降りてきた様子のハイカー達とすれ違う。
(せっかく美しい神社なのだから、もっと人が来てもいいのになぁ)と思っていたところだったのでチョット嬉しかった。

休憩所の自動販売機で「午後の紅茶」を飲み、さて帰ろうかと腰を上げた途端、右手の看板に目がいく。
(ナンダロウ・・)と思い近づくと、「飯山登山口」と書かれている。
先日ネットで調べていた時にも載っていた山だ。
確か山頂に楠公の慰霊碑かなにかあったはずだ。
そばの大きな地図を見ると、途中に滝などもあるようでかなり奥深い山のようだ。
(ちょっと行ってみたいな、でも無理だろうな・・)などと思いつつボンヤリ立ち尽くしているところへ、木の杖を持った男性がひとり下りて来た。
こちらをチラリと見る男性と目が合い、思い切って声をかけてみた。

「すいません・・この山の頂上まではどのくらいかかりますか?」
男性は立ち止まって首にかけたタオルで汗を拭きながら、「うーん・・・どうかなぁ・・・人それぞれだからねえ」
「大体どのくらいなんでしょう?」
「そうですなぁ、僕らみたいに杖をついた者で1時間3,40分といったところかな。 でも、山を歩きなれている人達だったら4,50分で登れると思いますよ」

(そっか・・・20分やそこらという距離ではないのだな)

そうですか、じゃあ私にはとても無理なので帰ることにしますと答えると
「いやいや、でも少しくらい登ったらどうですか? すぐそこに桜が植わったちょっとした広場があるし・・・それに上からの眺めはいいですよ。 シンドクなったらすぐ引き返せばいいのだし」と一生懸命勧めてくれる。
「そんならちょっと登ってみようかな」
「ああ、それがいいですよ。 ユックリ行けばいい眺めが見られますよ。 私はこう見えても今年で72になるんですが毎日のように登ってますよ、ハハハ・・・」

おじいさんにお礼を言って細い山道を登りだした。
ハッキリ言って山登りは大の苦手なのだが<乗りかかった船>なのだ
エッチラオッチラ登ると、おじいさんが言っていた広場へあっという間に到着。
(な~んだ! 全然大した事ないや・・)
これならばもっと上に行って大パノラマを見てやろうと思い、さらに歩を進めることに決める。
ところが登るごとに道は細く暗く急な傾斜となり、不安感と共に息切れが激しくなってきた。
しかし、すぐに引き返すのもシャクで、ゼイゼイ言いながらもさらに登っていったのだった。

が、とうとう力尽きてその場にへたり込んでしまった
もうダメだ・・汗が滝のように流れ落ち、心臓が早鐘を打っている・・・ 限界だ。

先ほど飲み残していた「午後の紅茶」を取り出して飲んでいると、ラジオを鳴らしながら一人の若い男性が登ってきた。

座り込んだままの状態で
「あのぉ、山頂まではまだまだでしょうねぇ」と息も絶え絶えに言うと、ちょっと可笑しそうな表情で
「そう・・・あと2,30分ぐらいですねえ」と言い残しててサッサと登って行った。

1人になり、なぜか急に不安が襲って来た。
立ち上がって急いで山を下り始める(急げ、急げ)
何かあったらケイタイを入れなくっちゃと考えながら、転ばないように気をつけて小走りに急いだ。

やっと神社の境内に着くと、ホッとすると同時にすごく気分が悪くなってきた。
これは早く駅に戻って電車に乗り込まないとマズイぞと思い歩き出す。
アスファルトの照り返しがきつく、ラクだと思っていた下り坂も歩きにくい。
やっとの思いでバス停に着くと、ちょうどピッタリのタイミングでバスが到着。
駅前のエトワールというパン屋さんで明日のパンを購入。

ホームで10分ほど待って(すごく長く感じた!)「宝塚行き」の電車に乗り込む。
車内では頭痛、肩こりも加わってジッと座っていられないほどだった。
あまりのシンドさに眠ることも出来ないままで宝塚へ到着。
阪急に乗り換えて清荒神で降り、その後 気力で家まで歩く。

誰もいないリビングのソファーに倒れこんだ。

そういうわけで、今夜はNが買ってきたミニコープのおかずで夕飯。
明日の研究会用のカレーも作ってもらうハメになったのだった。

これからはもっとペースを守ってムリの無い行動を心がけようと思った。

おわり

コメント (8)
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