<ある男の歌へる>1
※長いので2回に分けます※
この日 耳鳴りのはげしきを覚え
千葉へ行きました
狭い小路を入って
僕は耳鼻科の医院を見つけました
かしましく女学生の会話も耳に入らず
僕は一冊の書物を開きました・・・
船橋聖一 「徳田秋声」
”四八”といふ番号札が手の中で汗をかき始めた頃
僕の番になりました
キツ-イ薬品の臭ひを
僕の風邪引きの鼻は受付けはしませんが
鼻孔や耳へ棒を突っ込まれた時
些(いささ)かの痛みを覚えたのです
そして耳孔と鼻孔は通じてゐるんだ という事を初めての如く意識しました
何故と言って
機械を通って僕の耳の中を風がス-ス通り抜けたのですから
「痛くはないでせうね」 「ええ・・・」
こりゃ 右の耳はいけないなと思ったものです
医者は例の如く自信あり気に言ひました
「軽い中耳炎をおこしたんですね 本来なら痛むのですが・・・
あなたのは軽いですね 痕跡があるますよ
とにかくしばらく通ってごらんなさい 一日おきでも良いですから」
「一日おきにして下さい 試験で忙しいですから」
と僕は慌てて言いました
薬局の窓口で 太っちょの看護婦が 何の感動もない声で診察料を要求します
「二円三十銭です」
僕は蟇口(がまぐち)の軽くなるのを覚えました
-後半は明日-
※東大にいた親父が千葉に下宿をしていたのも
キャンパス迄遠いような気がするが・・・
戦争を考えれば 都心より千葉の方が安全だったのか?
いずれにしても解らない
船橋聖一 「徳田秋声」⇒ 調べると 舟橋と書くようです
『あらくれ会』同人になり徳田秋声の門下生となっているそうです