Moritareiko2000の美術探訪

美術(絵画、工芸品)と美術館に関する探訪を主体に、
芸術に関する個人的な考えも発信する。

縄文火炎型土器

2018年08月04日 | 美術館


1 時代的背景
 火焔型土器は、5000年前頃(縄文中期)、信濃川流域に出現し、僅か500年で突然姿を消した。出現時は縄文海進が終わり、現在とほぼ同じ気候になり、消滅時は寒冷化が進んだ時である。
 遺跡数が最大に達した時(生活に余裕ができる)に出現し、遺跡数の減少(生活の困窮化)と共に消滅している。

2 技術的側面
 本土器の粘土は現在と大差なく、竪穴・横穴窯で十分に焼ける。即ち、縄文土器の歴史から見て、造形に手間はかかるが、少しの訓練で、誰でも制作可能といえる。
 ほぼ突然、信濃川流域のみで、独自に発展したものである。

3 鑑賞
 造形芸術品は単体でも素晴らしいが、その背景等の付加価値により、更に想像を膨らませる。

 自然の豊かさに依存し、アニミズム的に神・精霊を畏れる生活であった。畏れは写実的な
土偶がないことで暗示される。
 食物は豊富になり、越冬は怖くない。雪深い地域で、冬に時間的な余裕が生まれた。薄暗い竪穴住居で、春の来るのを祈りながら、土器を作る。春に、動植物が生まれ出るように、また、料理に重要な火に感謝しながら、その思いを日常使う土器に飾り付けていく。望みが叶うよう隙間なく模様で埋める。しかし写実的なものは憚れる。
 この呪術的な祈りが、現代日本の心の奥の「万物みな仏」、「縁起担ぎ」に繋がり、我々の心を動かす。


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