森田宏幸です。今日は2007年9月25日です。
今夜の放送をもちまして、テレビシリーズ「ぼくらの」は最終回を迎えます。最後まで見ていただいた視聴者の皆さんありがとうございました。
内容について、まだ多くは語れませんが、とりあえず、私が2007年6月の記事「弁解」で書いた、「子供たちはなぜ死ななければならなかったのか?」という自らに課した問いに、今答えることができます。
それは「大人が負けてしまっているから」です。それは、この最終回において、最後の操縦者を送り出すことになった可奈の父親、宇白要次郎さえも、例外ではありません。私が作ったシリーズ後半のストーリーは、主にこの、負けていった大人たちの境遇を、子供たちが引き受けていくというものでした。そして今回、可奈がその取りをとることになります。
何はともあれ、テレビシリーズ「ぼくらの」は今週の放送をもって一足先に終わります。チャンネルによっては時間差が生じますし、ビデオレンタルをお待ちの方や、DVDを待っておられる方々にとってお同様ですが、何より原作の方が、まだまだこれから大詰めとなりそうですね。IKKI誌上で、鬼頭さんがどのような結末を描き出していくか、私も楽しみにしたいと思います。
今夜の放送をもちまして、テレビシリーズ「ぼくらの」は最終回を迎えます。最後まで見ていただいた視聴者の皆さんありがとうございました。
内容について、まだ多くは語れませんが、とりあえず、私が2007年6月の記事「弁解」で書いた、「子供たちはなぜ死ななければならなかったのか?」という自らに課した問いに、今答えることができます。
それは「大人が負けてしまっているから」です。それは、この最終回において、最後の操縦者を送り出すことになった可奈の父親、宇白要次郎さえも、例外ではありません。私が作ったシリーズ後半のストーリーは、主にこの、負けていった大人たちの境遇を、子供たちが引き受けていくというものでした。そして今回、可奈がその取りをとることになります。
何はともあれ、テレビシリーズ「ぼくらの」は今週の放送をもって一足先に終わります。チャンネルによっては時間差が生じますし、ビデオレンタルをお待ちの方や、DVDを待っておられる方々にとってお同様ですが、何より原作の方が、まだまだこれから大詰めとなりそうですね。IKKI誌上で、鬼頭さんがどのような結末を描き出していくか、私も楽しみにしたいと思います。
笑止。言い訳にもならない。
牽強付会、後付、詭弁。
子供達が死ぬ理由を考えるなら、
“どのようにして”子供達が選ばれたのか、
を先ず念頭に置かなくてはなくてはならない。
“敵”の中にも大人はいる。
この事から子供が選ばれた、と言う根本は崩れる。“「大人が弱い」こちら”の世界だけ、の設定であるなら、
“何故、戦いがあるか”の理由が崩れる。
そして肝心な事。
“大人が弱い”と“子供が死ぬ”は全く別問題。
“大人が弱い=子供が戦う=生命力を使い果たす”
一見整合性があるように見えるが、実は違う。
もっと観念的な理由でいいんじゃねーか?とも思うが、そうしないところが森田監督の真面目な部分だね。悪い意味で。
この原作を森田監督が処理するには些か荷が重すぎたようだね。まあ、まだ見ていないから俺の言ってる事も的を得てるかどうか解らんが、見終わった後に「しまった!ハズカシ!」と思える様な内容に仕上がっている事に期待する。見ないけどね(笑)。
大人が負けている世の中はデフォだよ。
だから子供が頑張る。
だから胸のすく物語になるんでしょ。
ホワイトボード早く用意しろよな^^
大樹氏がいいです。
そっちの方がいい話をたくさん聞けそうだ。
大人が負けてたのは「子ども達は自分達より地球の事を考えてる」という総理の発言やココペリ見てるとわかります
ウシロとカナちゃんの結末がハッピーであるのを祈っています