ままごとは家庭を模したごっこ遊び。「修羅場」という争いの原因が痴情のもつれである場合を指して用いられる語。そんな場面が再現ドラマのように繰り広げられているのか、そんな家庭環境では心配、と思わせておいて、「蝶の昼」で一転。暖かで長閑な春の景として詠まれている。配役を巡って、大人からみたら些細なことで泣きだす子がいたり、怒ったりしている子がいて微笑ましく見ている視線に変化する。あえて、「ままごと」と「蝶の昼」の、付き過ぎとも思われる組合せに、軟らかな空気感の分量を整えて「修羅場」を置く。まるでマスタードの効いたハムサンドのようだ。こんな詠み方もあるのかと驚き、詠んでみたいと思わされる句だった。(博子)