行徳生活日記

「行徳雑学館」作者の日記。

2018年12月1日(土)の日記

2018年12月01日 | 日記

昼前後に自転車で市川塩浜駅のほうへ行ってくる。

今日は市川塩浜駅が開業してからちょうど30年目。この駅は1988年(昭和63年)12月1日の開業。

実は開業して間もない頃、市川塩浜駅に降り立ったことがある。会社の独身寮にいたが年齢制限で出る期限が近づいていた。それで、通勤に便利なところに家探し(賃貸)をしなくてはならないが、行徳地域を考えていた。京葉線が新木場まで開通し、市川塩浜という駅が出来たと聞いたので、行徳地区に住んだら利用できるのかどうか実際に行って見てみようと考えた。そこで、独身寮があった原木中山から西船橋経由で市川塩浜まで来た。

まだインターネットは大学や研究機関が利用していた通信ネットワークだった頃。自分はワープロ専用機は持っていたが、パソコンは持っていなかった。市川塩浜駅が行徳の海側のどこにあるかは、実際に行って確かめてみるしかなかった。

最初は行徳駅から海側へ延びる道(行徳駅前通りだが、まだその名前も知らなかった)と交差するあたりにあるのではと思っていた。駅を作るなら、既存の市街地からの利便性を図るぐらいはするだろうと考えたからだ。ところが、実際に駅があったのは行徳駅前通りと交差するところからずっと新浦安側(実際600mぐらいある)。

駅の周りが埋め立て地で臨海工業地帯というのは分かっていたと思うが、そんな場所に駅を作るのは工場地帯への通勤者のためだけで、行徳地域の住民のことはまったく対象外だというのにはさすがに驚いた。

そして、行徳駅までとぼとぼと歩いたのだが、家があるところ・・千鳥橋を渡った日之出のあたりまで相当ある(1キロ程度はある)のにも驚き、行徳地区に住んでも市川塩浜駅は日常生活では使えないという結論に達した。

その駅も開業してもう30年。日常生活で関わることも多くないが、行徳地域に関するWebサイトを作っているのだから、これまでの30年の歩み・・と言っても自分が認識している部分だが・・について、行徳雑学館トップページにレポートを作ることにした。

まず駅。

改札口。駅の内外とも開業30周年を示すものは何もなし。

この30年の間で、市川塩浜駅と周辺地域に大きなインパクトを与えたものというと、まずはやはりこれだろう。ネット社会の代表的な企業であるアマゾンの巨大な物流センター(市川フルフィルメントセンター)。アマゾンが日本で物流施設を最初に設けたのは行徳臨海部。

他にも物流施設はこの10年余りで急激に増えている。楽天ももっと海に近いところだが、プロロジスが作った物流施設にテナントとして入り、自社物流拠点第一号としている。

そして、市川塩浜駅南側の正面に出来た、東京納品代行東京ベイファッションアリーナ。物流施設でもあり、品質管理スペースやカタログ写真用撮影スタジオもあるという。(開業時の記事

こうした物流施設が集まったためか、市川塩浜地区の経済活動は活発化したようで、駅前にビジネスホテルが2つもできた。昔の言葉で言えば”商人宿”だが。

ひとつは駅南側のCVS・BAY・HOTEL。最初は写真手前の青い建物の本館ができ、数年後に奥の白い建物の新館ができた。

駅北側、駅前広場に面して住宅地域でもないのにいつのまにかマンションが建っていた。でも、人が住んでいるようすが見られない。その建物はやがてナイスインホテル市川東京ベイとなった。

今日、見つけたのだが、CVS・BAY・HOTELの本館と新館の間、今は駐輪場になっている細長い土地に建設計画の立て看板があった。

見ると、CVS・BAY・HOTELの増築工事。そして驚いたのは10階建て。本館が4階建て、新館が3階建てなのに、幅が狭い土地に作るとはいえ、いきなり10階建てとは!

でも、そんな大きい建物を建てることが決まったのには、約10年前にCVS・BAY・HOTELを作った頃と比べて、市川塩浜地区での”商人宿”需要が予想以上に旺盛になってきたということなのだろう。それほどこの地区の経済活動を活発化させたのは、物流施設の集積か、それとも目の前の東京ベイファッションアリーナという巨大施設か?

 

駅北口広場にあるバス乗り場で、今、市川塩浜駅までどんな系統のバスがどれぐらい運行されているのか見てみる。(もっとも、京成トランジットバスのサイトを見ても分かることだが)

バス停に発着する運行系統図が載っている。

行徳・妙典方面。

最初に市川塩浜駅に来るようになった運行系統は、妙典(朝の時間は富浜)からの系統。最初は本八幡から来ていたが、その後、妙典(富浜)からに短縮された。行徳駅と直結する系統はもっとあとにできたが、まだまだ本数は少ない。

南行徳・浦安方面。

浦安駅からの系統は、2010年1月に開設されたもの。当初は南行徳駅前を通らず、新井三丁目から南行徳三丁目の道を経由していた。それではやはり利用しにくいためだったのか、いつ変更になったかまでは知らないが、今は南行徳駅前を経由するようになっている。

ハイタウン塩浜を経由して新浦安へ行く系統があるとは知らなかった。もっとも、新浦安とハイタウン塩浜間の系統はこれまでも存在し、本数もそこそこある。それを市川塩浜まで延長した形のものだ。本数はごくわずかで、市川塩浜発は平日が朝と夕方に1本ずつ、休日は朝1本のみ。

他にこの30年間で市川塩浜駅周辺に出来たものというと行徳警察署。

出来たのはいつごろだっただろうと思って調べると、1995年。もう20年以上経っている。

行徳新聞なのでも聞いているが、市川塩浜駅から海のほうへは工業地帯をやめて市街地として整備することになり、市川市が整備事業と行っている。今日見ると、こんな感じで工事中だった。

出来上がれば、このエリアは塩浜地区の他のエリアとかなり趣が違うようになるだろう。

 

さて、昼飯はCVS・BAY・HOTEL1階にあるレストランカルボ

去年か一昨年に入ったように思っていたが、過去日記を見ると意外にもっと最近で今年の1月下旬だった。

店頭のランチメニューの黒板もそのときとほとんど同じ内容。

ランチメニューも少し変わってはいるが、だいたいは同じ。前回食べたチキンソテートマトソースはなくなっていた。

今回食べたのは豚肉しょうが焼き

ごはんとみそ汁、お漬物はセルフサービス。客席を取り囲むようにセルフサービスで取ってくるものが置かれている。自分の座った正面向こうにごはんとみそ汁があった。

上の壁に掲げられた黒板には、宿泊客が一杯やってつまむためのメニューが目立つ。

セルフサービスでコーヒーを飲む。

前回入ったときは、粉末状の砂糖がなくアイスコーヒー用のシロップだけだったとか、スプーンがなくて朝食会場のとき用に用意されていただろう子ども向けのプラスチックスプーンを持ってきたりした。そのときはいったいどうなっているんだと思ったが、今回は粉末状の砂糖も金属製のコーヒー用スプーンもちゃんと用意されていた。

 

帰って撮影画像をパソコンに移し、行徳雑学館トップページレポートの作成にかかる。夕方までにUPして、夜は映画の1本でも見るつもりだったが、市川塩浜駅エリアの30年間の主立った出来ことを書いていくと、思ったより長くなってしまう。結局、夕方まで終わらず、先に晩飯を食べに行く。

人間ドックが迫っていているので、この週末は酒抜き。そういうことをしても、検査結果には影響ないようだが、そこは気持ちの問題というか気分の問題。

晩飯は行徳駅南口の商店街で、ビアイタリアーノが閉店したあとにこの数日前ぐらいに開店したとんかつひこ田

今はビアイタリアーノの看板に”とんかつ”、”ひこ田”というパネルを貼り付けただけの状態。

入口脇の黒板を見ると、今はまだ仮オープンとのこと。

夜メニュー。上や特上は分量を多くするタイプの店。

単品のカツ類がメイン。食事にしたいときは下の方に書かれたAセットやBセットを注文する。今は、仮オープンのためかどうかは知らないが、Bセットが黒く塗りつぶされてどんな内容か分からない。

オープンして初めて入ったとんかつ屋だし、一番オーソドックスなロースカツにする。上でも特上でもない、いちばん量が少ないもの。それとAセットライス・豚汁・お新香

食べてみた感想はというと、特に何かあるというわけでもない、”ふつう”という感じ。

店内はビアイタリアーノのときのまま。イタリアンから居抜きでオープンしてとんかつ屋だから、不思議な感じの店になっている。

壁にベタベタ貼られたステッカー類もそのまま。

カウンター席の上の赤いひさしもそのまま。カウンター上の黒板はイタリアンのときのメニューを消した跡が残っている。

夜メニューに載っていないカキフライ定食だけ書かれていた。

カウンターの上の調味料などはさすがにとんかつ屋のものになっていた。

まだこれからとんかつ屋らしく改装するのかどうかは分からない。

 

帰ってから行徳雑学館トップページのレポートを仕上げて、午後9時頃にようやくUP。