行徳生活日記

「行徳雑学館」作者の日記。

2018年2月1日(木)の日記

2018年02月01日 | 日記

ホテルの朝食は食事会場に用意されるのではなく、各部屋へ届けられる。

こんな感じのピクニックへ持っていくようなバスケットで来た。

中身はこんな感じ。ステンレスのボトルにはコーヒーが入っている。

ホテル前から大浦。南岸低気圧が近づきつつあるため、空は曇り。午前中はどんよりというより、まだ明るめの曇りだった。

丘を切り通しの道で越えて中心市街地へ向かうが、切り通しのところで冷たい北風が吹いてきた。天気予報を見つつ、1日目は寝姿山とか遊覧船とか屋外のスポットを回り、2日目は天気が崩れてきそうなので博物館のような室内型スポットを回る予定とした。その予定にして正解だった。

昨日も少し歩いたペリーロードへ入る。道の終点が了仙寺というお寺だが、その敷地内にあるのがMoBS黒船ミュージアム。2016年の元日にオープンしたまだ新しい施設。「MoBS」は何だろうと思ったら、THE MUSEUM OF BLACK SHIPの頭文字。

ロビー部分は撮影OKとのこと。


だけど、その奥の展示室は撮影禁止。

シアターで30数分のビデオ上映を見る。幕末期の下田のことが上手くまとめられていてよく分かる。ペリー来航で徳川幕府は鎖国を解いて、アメリカと日米和親条約を結び下田を最初に開港するが、条約の細則部分の交渉を行った場所がこの博物館がある了仙寺。ペリーは陸上に宿舎を求めず軍艦で寝起きし、交渉のために港から了仙寺の参道を行き来して通ったという。

ペリーロードは元は了仙寺の参道だが、ペリーゆかりの道とうことで名前が付けられ、観光スポットとして宣伝されている。

交渉の会場となった了仙寺。これが本堂。

 

次は少し先の下田開国博物館へ。

手前に「豆州下田郷土資料館」とあるが、最初はそういう名前だったということ。

後に下田開国博物館と変わったということだ。

ここも内部は撮影ダメ。まずは玄関から入って1階、2階と見る。これが1号館。そのあと一旦、外階段で出て、道路を渡って向かいの2号館の2階へ外階段から入るのが見学順路。

2号館のほうが展示スペースも展示物も多かった。最後は2号館1階のわりと大きい売店の奥が出口になっている。

 

2つの施設を見たあと、下田の駅へ向かう広い道を進む。この道はマイマイ通りというらしい。


マイマイ通りの名前の由来を調べても、こちらのページぐらいしかない。シモダマイマイというカタツムリがペリーが乗ってきた船に紛れ込んで日本に来たという話があるようだ。つまり外来種ということになるわけだが、信憑性のほどは不明。

 

マイマイ通り沿いに宝福寺というお寺があるが、その入口の看板。

観光客にアピールするために描いたという感じの絵。

お寺の本堂のほうを見ると、坂本龍馬の像があり、右手に唐人お吉記念館がある。

正面向かって左にある「坂本龍馬飛翔之地」、「山内容堂 勝海舟謁見之寺」の石碑。

坂本龍馬がこのお寺や下田に来たわけではない。土佐藩主山内容堂も幕臣勝海舟もそれぞれ、船で移動中に荒天を避けるために下田に滞在していたとき、龍馬の師というべき勝海舟が山内容堂のこのお寺での滞在を知り、謁見して龍馬の土佐脱藩の罪(当時は死罪になる重罪)の許しを請い認められたということ。それによって坂本龍馬は公然と活動できるようになったので、坂本龍馬飛翔之地というわけだ。

唐人お吉の記念館へ。お吉は開国という時代の流れに翻弄された悲劇の女性。

そのお墓が記念館の奥にある。

手前のお墓は昭和の初期にお吉の話が小説となり、演劇化・映画化されてから多くの寄進を受けて建てられたものとのこと。

明治時代に建てられた最初のお墓は奥の方にある。

 

3ヶ所の施設を回ってもう12時半。帰りの列車は午後3時過ぎなので、それまでゆっくり飲み食いしようとあらかじめ調べておいた店へ行く。東京までは特急でも2時間40分ぐらいかかるから、飲んでも列車で寝ていける。なので、帰りも指定席を確保しておいた。

伊豆急下田駅のすぐそばにある大漁という寿司店。

昨日のとん亭でもそうだったが、12時半ぐらいに入るとまだカウンターに人が多いようで、平日は食事をする人が終わって帰る時間。すぐに自分1人になる。


メニューを見ると生酒はある。銘柄を聞くと菊正宗とのこと。特に地酒は置いていないようだ。伊豆の地酒(といっても蔵元は修善寺温泉のほうにあるのだが)は昨夜、ホテルで飲んだし、じゃあ菊正宗にしようと注文。

お通しは、ホタテ、エビ、なまこから選べるが、あまり食べる機会のないなまこにする。

寿司はちょっと張り込んで、地魚と貝ずし(3,000円税別)。

魚の種類は紙に書いて出してくれる。

店のお姉さんはやはり客商売だからだろう、会話が上手く、いろいろ話しながら飲んで食べる。いろんな話題が通じるからどうも自分とそんなに離れていない年代のようだ。

日本酒を飲み終えたあと、もう少し何か飲みたい。チューハイ類でもよかったが、メニューに出していない焼酎があるというのでそれをロックで注文。

酔神という芋焼酎だが、飲食店向けにプライベートラベルもやっているらしく、見せてもらったラベルは店名の大漁だった。

にぎり寿司は食べ終わったが、焼酎はまだある。もう少し軽く何かほしいが、安めの一品料理がない。

カウンター奥の壁を見ると、下田きんめ祭り実行委員会のポスター。下田で水揚げされた金目鯛を出す店の認定証だ。

昨夜のホテルで、金目鯛の切り身の2つか3つぐらい出るのを期待していたが、残念ながら出なかった。さっきのにぎりにも1個入っていたが、もうちょっと食べたい。

にぎり単品のお品書きを見ると、地金目鯛もある。

600円というのは1カンの値段。1カンだけだとやはり少ないし、半年か1年に1度の旅行でめったにない機会だと思い、2カン注文。

さっきのセットにぎりの中の1個とは違い、皮も付いている。マスターによると、単品で出すのは金目鯛の腹の側(だったと思う)で、これが金目鯛の身では最高級のところだそうだ。セットのにぎりのは背中側とのこと。

確かに違うと思えた。最後においしいものを食べて、実によい締めくくりとなる。

いや、まだあった。さっきの地魚と貝ずしに付くみそ汁。

この店で使う魚の、そのときどきにある種類のアラ汁ということ。

ちょっと贅沢に食べたので、お代は6,000円(税別)となった。

 

午後2時半頃に店を出たときは、ポツリポツリと雨が降り出していた。ごく弱い雨で、駅のすぐそばだから折りたたみ傘を出す必要もなかった。

午後3時過ぎの踊り子号に乗る。帰りはスーパービューでない旧型の踊り子。


東京へは午後5時45分ぐらいに着き、東西線に乗り換えて行徳を降りたらちょうど晩飯時。

雪にはなっていなかったが、もう傘が要るぐらいの雨だった。

晩飯は駅前の松屋プレミアム牛めし

家に帰ってから、夜遅くカーテンの隙間から見ると、雪になっていて家の屋根や車の上が白くなっていた。