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みんなフェミニスト

2017年09月16日 | 社会・経済

imidas時事オピニオン2017/9/15

 あなたも今日からフェミニスト

 三浦まり 上智大学法学部教授

   1967年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。カリフォルニア大学バークレー校政治学博士課程修了。政治学博士。東京大学社会科学研究所研究機関研究員を経て、現職。専門は現代日本政治論、比較福祉国家論、ジェンダーと政治。主な著書に『日本の女性議員 どうすれば増えるのか』編著(2016年、朝日選書)、『私たちの声を議会へ――代表制民主主義の再生――』(15年、岩波現代全書)、『ジェンダー・クオータ――世界の女性議員はなぜ増えたのか』共著(14年、明石書店)ほか。(2017.09)

 

 「あなたはフェミニストですか?」と尋ねられたら、あなたはどう答えるだろう? 即座に「はい」と答えられる人はごく少数だと思う。しかし「あなたは性差別主義者ですか?」と尋ねられたら? 多くの人が「いいえ」と答えるはずだ。ジェンダー問題に取り組んでいる三浦まり上智大学教授は、「性差別主義者でなければ、みんなフェミニストです」と定義する。更に「女は家に入って夫を支える」「子育ては女の仕事」といった性規範の押しつけで女性が苦しむだけではなく、「男は強くなければいけない」「男がリードすべき」などの圧力で苦しむ男性も増える中、今こそフェミニズムについて考える時期とも言う。そこで、これからの「フェミニスト像」について、三浦教授に語っていただいた。

被害者が非難される違和感

  今年に入り、首都圏では、痴漢とされた男性がホームから線路に逃げるといった事例が続き、話題になりました。通勤・通学時、満員電車を利用する女性で痴漢に遭ったことのない人はごく少数でしょう。
 男性が被害者のケースもありますが、痴漢の被害者は圧倒的に女性が多いです。そして被害者であるにもかかわらず、服装や化粧が派手だったり、露出度が高めの服装だったりした場合、女性側にも非があると言う人たちがいます。痴漢はまぎれもない性暴力なのに、「自分にもスキがあったのかもしれない」と諦めている女性もいます。更に強姦などのケースでも、被害に遭った側の落ち度を責める発言を度々耳にします。
 これが空き巣やひったくりなど別の犯罪だったらどうでしょう? 鍵を掛け忘れた、車道側にバッグを持っていたなど、被害者側に多少の落ち度があったとしても、悪いのは犯罪者のほうであることは火を見るより明らかです。それなのに性犯罪の場合には「女性側にも非がある」と言われることに対して、違和感を覚えませんか?
 そう感じる人には、フェミニズムについて考えることが、なぜ違和感を覚えるのかを知る手がかりになるはずです。

フェミニズム運動の歴史

  アメリカでは、女性の参政権を求める声が上がり権利を勝ち取るまでの、1860年代から1920年までがフェミニズム運動の「第1波」と呼ばれています。
 その後、1960年代後半からの「第2波フェミニズム」では、制度的な権利獲得よりも女性解放に焦点が移り、性の抑圧体制への問題提起、個人的な問題もまた政治的権力関係に起因することを問題化していきます。いわゆるウーマンリブ運動の時代で、「個人的なことは政治的なこと」というスローガンが生まれました。
 男性の価値観による美の基準を押し付けられてきたことに反発し、女性というセクシュアリティーから脱しようということで、ブラジャーを脱ぎ捨てたり、メイクをしなかったりという直接行動が目をひきました。アートや文学の世界でもフェミニズムに対する関心が高まっていきました。
 続く「第3波」は1990年代以降となります。後述する日本での「ジェンダー・バックラッシュ(backlash:反動・反発・反撃)」と同様のことが起こり、フェミニズム運動の意味が歪められ、周辺化していく事態への対抗運動を指しています。
 日本では、フェミニズムやフェミニストという言葉を否定的に受け止める人が多いかもしれませんが、これは日本だけに限った現象ではありません。国連組織UNウィメン親善大使をつとめるイギリスの俳優エマ・ワトソンも、2014年9月20日に国連本部で開催された「He For She」キャンペーン発表会で行ったスピーチで、この点を指摘しています。
 このスピーチを国連広報センターが日本語字幕付きでYouTubeにアップしています。彼女の言葉から、英語圏でのフェミニズムやフェミニストを取り巻く状況が伝わってきます。
https://www.youtube.com/watch?v=jQbpLVI6DwE
(外部サイトに接続します)

 戦後、女性代議士が39誕生

  ここで、日本の歴史についても触れておきましょう。
 日本とアメリカではフェミニズムの波が同時期に起きたわけではありません。それでも、アメリカの第1波と似たような権利獲得運動としては、大正デモクラシー時代以降に女性の政治参加を制限した治安警察法第5条改正を求める運動や、参政権を求める婦選運動がありました。
 第二次世界大戦敗戦後、GHQ(連合国最高司令官総司令部)からの指令を反映し女性参政権が実現します。1946年4月10日に大日本帝国憲法の下、第22回衆議院議員総選挙が男女普通選挙制度で行われ、結果39人もの女性代議士が誕生しました。しかし、翌年の衆議院議員総選挙では選挙制度が変更されたこともあり、女性議員数は15人と激減します。39議席という数を超えるには、59年後の2005年を待たねばなりませんでした。
 フェミニズム運動において女性への暴力は常に大きなテーマで、戦前には公娼制度の廃止を求める廃娼運動があり、戦後の売春禁止法に繋がりました。2017年に改正され話題になった強姦罪は1907年つまり明治40年に施行されたもので、法定刑の下限が懲役3年と強盗罪の5年よりも軽かったのです。今回の改正で5年に引き上げられましたが、長い間改正されなかったのは、意思決定機関である国会に女性議員が少ないことと関係しているでしょう。

声を上げることの大切さ

  日本にはかつて姦通罪、いわゆる不倫の中でも有夫の女性のみが処罰の対象になるという男女で規定が異なる罪がありました。1947年には廃止されたものの、女性に対する性規範は依然厳しく、日本では、特に第2波の運動ではそうした性規範からの解放もフェミニズムのテーマになっていきます。
 72年、妊娠中絶に関わる優生保護法に対し日本政府は、より中絶しにくくする改定案を提出しました。女性の「産まない権利」を?奪するこの案の阻止のため優生保護法改悪阻止運動が盛り上がります。活動団体の中でも「中ピ連(中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合)」は目立つ存在でした。その名の通り、薬事法で経口避妊薬(ピル)が規制されていたことにも異を唱えていました。

 中ピ連は、ピンクのヘルメットをかぶり、当時流行の最先端だったミニスカートをはき、産児制限を考える討論会や日本産婦人科学会等に抗議に押しかけるなど、派手な行動がメディアでクローズアップされました。確かに目立つ面はありましたが、学生運動の時代でしたからヘルメットをかぶるというスタイルは普通にあったわけです。それをメディアが「過激な」行動や発言をからかう形で取り上げ、フェミニズムの否定的なイメージが作られてしまいました。
 女性たちに発言させないための攻撃には様々な方法がありますが、からかいの対象にしてまともに相手をしないというのは、効果的な攻撃方法です。フェミニストを嘲笑(ちょうしょう)するのも、攻撃の一形態です。なぜこのように攻撃されたのかといえば、世間の固定観念に鋭く切り込んだからでしょう。

制度化が進んだ日本の第3波時代

  1980年代になると国連の動きに呼応して国内法の整備が進んでいきます。
 79年に、女性差別撤廃条約が締結され、日本は85年に批准しました。条約を批准するにあたり、男女差別禁止法を制度化する必要性があり、日本は、男女雇用機会均等法を作る(施行は86年)ことで対応しました。99年には、男女共同参画社会基本法も施行され、制度が充実していきます。2001年には、DV防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律)も制定されます。
 この2000年代初頭までを、日本での第3波と言ってもいいのではないかと思います。草の根運動だけではなく、行政もまた積極的にジェンダー平等を進めていったのです。
 政界では、1989年にマドンナブームが起き、90年代は女性議員が増え、社会党の土井たか子党首、新党さきがけの堂本暁子(あきこ)議員団座長、野田聖子郵政大臣などが誕生しました。それまでも労働省や同省の婦人少年局で女性官僚が縁の下の力持ち的に頑張っていましたが、1990年代には政府の「見えるポジション」での女性の活躍が増えてくるようになりました。
 99年4月の統一地方選挙までに、女性議員養成のバックアップスクールが全国で22カ所でき、女性議員を輩出しようという気運が高まります。そのかいもあり、地方でも女性議員が増え、市民社会の女性たちが連携をしながら、国際人権基準に女性の権利を引き上げようと頑張っていたのです。

世代交代を困難にした「ジェンダー・バックラッシュ」

  1995年9月、北京で開催された第4回世界女性会議は、開催地が近かったこともあり、日本からも女性の人権に関わる多くの女性たちが参加しました。北京会議で採択された「北京宣言」と「北京行動綱領」は現在に至るまで女性の人権に関する最も包括的で水準の高い国際文書と言えるでしょう。
 北京会議に参加した教員を中心に、教育現場で「ジェンダー・フリー」という言葉と実践が広がりました。それまでの「女らしさ、男らしさ」の固定観念から解放され、男女という性にとらわれないで、その人らしく生きていくこと、性教育も含めた教育の場からも改革していくことを主眼としました。
 ところが、「男女という性にとらわれない」という言葉尻を捕まえて、「男も女もないなんておかしい」と言う人たちが出てきました。第二次ベービーブーム以降、子どもの数が増えたことから更衣室などの対応ができず、低学年は男女一緒に教室で体操着への着替えをしている学校もありました。そうしたことが「ジェンダー・フリー」と曲解され、非難されるようになりました。
 週刊誌などでも面白おかしく書かれ、それが国会でも取り上げられ、画一的に男女の違いをなくし、中性化を目指すのが「ジェンダー・フリー」だという誤解が広まっていきました。最終的に、内閣府男女共同参画局は都道府県・政令指定都市の男女共同参画担当に以下のような通達を出しました。

 


 これにより「ジェンダー・フリー」という言葉が公的文書から削除されることになりました。それだけではなく、公共の図書館からジェンダーに関連する図書が撤去される事態にまで発展しました。せっかく「これからは女性の時代だ!」という気運が盛り上がっていたところに、こうした言葉狩りをはじめとする「ジェンダー・バックラッシュ」が起きたのです。
 1997年には歴史修正主義の人たちが「新しい歴史教科書をつくる会」を結成するなど、選択的夫婦別姓の実現、年金や配偶者控除といった専業主婦優遇の見直しなど、フェミニズム運動の掲げた課題への反対運動が広がります。中でも私は、1990年代にようやく政府が事実と認めた日本軍「慰安婦」問題に対する言動がフェミニズム運動に大きな打撃を与えたと感じています。そして、運動への攻撃や慰安婦問題や政府責任の否定の背景には、女性差別に加え、植民地差別や人種差別が絡んだ「憎しみ」が感じられます。
 2000年代に入ると、フェミニズムやジェンダー関連の学会や講演会などに右翼の街宣車が押し掛け、講演がキャンセルになることもありました。若い世代には、フェミニズムは怖いもの、関わらないほうがいいものという印象を残してしまったかもしれません。国連の追い風を受けながら、女性たちが各地で男女共同参画社会の実現に向けて活動を活発化させたにもかかわらず、次世代にうまくバトンタッチできなかった大きな原因が、こうした「ジェンダー・バックラッシュ」でした。

新しい風「バッド・フェミニズム」

  ところが2010年代に入って、ポップカルチャーを巻き込み、フェミニズムに新しい風が吹き始めています。歌手のビヨンセやレディー・ガガ、テイラー・スウィフトの楽曲の歌詞やパフォーマンス、ディズニー映画『アナと雪の女王』や『モアナと伝説の海』などのテーマといった例があり、海外では、こうした動きを第4波と呼ぶ人もいます。
 他にも、ファッションブランドのクリスチャン・ディオールが2016年に「WE? SHOULD? ALL? BE FEMINISTS」というメッセージ入りTシャツを発表したことが話題になりました。

これはナイジェリア出身でアメリカ在住の作家チママンダ・ンゴズィ・アディーチェのスピーチ(2014年に書籍化)の題名で、日本でも『男も女もみんなフェミニストでなきゃ(邦題)』が8月に出版されたばかりです。同じくアメリカで2014年に出版された『Bad Feminist』(日本では『バッド・フェミニスト(邦題)』として2017年出版)はハイチの移民を両親に持つロクサーヌ・ゲイのエッセイ集ですが、正しいフェミニストでなくてもいいというメッセージは大変話題になりました。エマ・ワトソンも、自分は「バッド・フェミニスト」と名乗っています。

「フェミニスト」というと、「正しく」女性の権利を主張しなくてはいけないというイメージがあります。フェミニストの間で論争があるのはいいことなのですが、それが敷居を高くしてしまい、きちんと勉強をしないと語れないものになっているとしたら、とても残念です。「バッド・フェミニスト」という開き直りは、それぞれが思うフェミニズムがあっていいということを再確認させてくれた言葉だと思います。

 アメリカの第2波では、女性への抑圧から解放されるために、男性が好む服装や髪型、仕草などを捨てる選択をした女性たちがいました。一方、第4波の特色は、セクシュアリティーやもてたいという気持ちを否定せず、むしろ女性性を謳歌しようとしている点です。資本主義も頭から否定せず、ビジネスをうまく使いながらメッセージを浸透させようとしている点でも違いが見られます。

 更に、性差別的な言動を繰り返すトランプ大統領の誕生をきっかけに、大規模なウィメンズ・マーチが実施されるなど、世界規模で新しい抵抗運動が始まっています。ややもすると中流階級の白人女性の権利主張と捉えられていたフェミニズム運動が、いまや人種、宗教、性的指向、階級、障がいに基づく差別との闘いとの連携をより積極的に意識するようになってきているのです。

 差別は自分から遠い存在?

  こうした流れが日本でも定着するかどうかは分かりませんが、フェミニズムを必要としている男女が大勢いることを実感しています。働く女性が増え、働き方や税制度、社会保障制度が時代遅れになってしまい、男女ともに既存の「男らしさ・女らしさ」の押しつけにやりきれないと感じる人が増えてきているからです。

 大学で学生たちに「性差別を感じることは?」と聞くと、ほとんど気づいていないのが実態です。男子学生から最初に返ってくる答えは「映画のレディーズデー」や「女性専用車両」で、逆差別だと受け止めています。女子学生も就職活動をするまでは、日本では既に男女平等が実現していると信じて疑わない人のほうが多いのです。

 社会に出てから、特に共稼ぎで子どもを産んでから不条理に目覚めた女性によく出会います。「保育園がない」「ワンオペ育児で大変」といった悲鳴があちこちから上がっています。それまで差別という言葉を何か遠いことのように感じていたとしても、自分もいろいろ我慢をしてきたなと考え始め、抑圧の構造が見えてくるのです。そして「これは自分だけの問題じゃない。社会や政治の問題だ」と気付き始めるのです。セクハラやマタハラにも敏感になり、男女賃金格差や女性の貧困、管理職女性の少なさ、性暴力、性の商品化、男女で異なる性規範など、いろいろな問題が繋がって見えてきます。

 それでなくても女性には「結婚しろ」「子どもを産め」などの押し付けがあります。いつからか言われ出した「女子力」も同様です。もちろん男性にも「稼がないといけない」「強くないといけない」といった性規範の抑圧があります。

 こうした世間からの押し付けに違和感や圧迫感があるならば、その仕組みを解明しようとしてきたフェミニズムが解決策を見出すための手がかりになるはずです。

 自然にフェミニズムが育まれる時代に

  昨年のアメリカ大統領選では、ヒラリー・クリントンに対し、ドナルド・トランプが「マンスラプティング」を繰り返していました。これは、「man」と「interrupt(ing)」(遮る)を合わせた造語で、男性が女性の発言を遮る行動です。「explain(ing)」(解説する)を合わせた「マンスプレイニング」という造語もあり、こちらは男性が上から目線で、女性に偉そうに説教することを言います。こうしたことは造語になるくらいよくある現象です。これらの言葉を紹介すると大抵の女性たちが「ある、ある」という表情をします。これは世代を超えて共有できる経験かもしれません。

 『アナ雪』や『モアナ』を観た女の子たちが、王子様に幸せにして「もらう」のではなく、自分で幸せを「勝ち取る」というメッセージを受け取ることで、フェミニズムは静かに浸透し、フェミニズムの持つポジティブな力も広がっていくことでしょう。

 海外では、カナダのジャスティン・トルドー首相やアメリカのバラク・オバマ前大統領のように、フェミニストを名乗る男性リーダーも現れてきています。

 日本では、女性を守ってあげる男性をフェミニストと呼ぶことがありますが、これは「好意的な性差別者」と言っていいでしょう。本人は意識していなくても「守ってあげる」という上から目線は、女性を自立した存在と扱っていません。攻撃的な「悪意のある性差別者」に比べてソフトな形で女性を抑圧する存在です。

 相手にも自分にも性規範や性差別を押しつけないで、女性を対等な存在としてリスペクトするのがフェミニスト。そう考えていけば、自分がかっこいい、ハッピーだと思える方法で、肩肘張らずにフェミニストを名乗っても良いのではないでしょうか。無意識に偏見を持っていたことに、後から気付くこともあるでしょう。100%正しいフェミニストである必要はないのです。気付いた時に学び直せる素直さがあれば大丈夫。

 セクシスト(性差別主義者)でなければ、みんなフェミニストなのです。


雨で3日ほど裏の山に入ってなかったら、落葉きのこが大きくなっていた。

バケツに一つ採れた。冷凍保存しておこう。

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