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雨宮処凛「生きづらい女子たちへ」84「今、フェミニズムの熱波が来ている!」

2019年08月14日 | 野菜・花・植物

 スペシャル対談 松尾亜紀子×雨宮処凛「今、フェミニズムの熱波が来ている!」 

 

imidas連載コラム 2019/08/07

(構成・文/仲藤里美)

 2018年夏、東京医科大学の女子一律減点の不正入試が報じられた時、同大の前にその人の姿があった。「ふざけんな!」とマイクを握るその女性編集者が一人で出版社を立ち上げ、『エトセトラ』(エトセトラブックス、19年)というフェミマガジンを創刊することを、それから間もない時に知った。

『エトセトラ』が発売される直前、またしても松尾さんと会った。それは性暴力への無罪判決が続いたことに対して起こった抗議のフラワーデモ。東京医科大学の時と同じく、彼女はデモの主催メンバーとして動いていた。

 私は、「それをすることで1円にもならないのに、いても立ってもいられずに動いてしまう人」が好きだ。彼女は間違いなくそんな一人で、そしてそれからすぐに出版された『エトセトラ』は、息つく間もなく一気に読んでしまう面白さだった。

 編集者・松尾亜紀子さんとお話しした。

 

雨宮処凛さんと松尾亜紀子さん

『エトセトラ』創刊のきっかけ

雨宮 松尾さんは2019年5月にフェミニズムをテーマに掲げ、「フェミマガジン」と銘打った雑誌『エトセトラ』(エトセトラブックス)を創刊されましたが、以前は出版社におられたそうですね。

松尾 私は15年間、河出書房新社で編集者として勤めて、フェミニズムやジェンダーをテーマにした本をつくってきたんですけど、どうしてもそれだけを扱っていられないし企画を通すのにも時間がかかります。そうした中、ここ数年は個人で独立系出版社を立ち上げる人がどんどん出てきて、流通などのシステムも整ってきたし、一人でもやれるかもしれないという道が見えてきた。それなら独立したほうが、自分のつくる本を読みたいと思ってくれる読者にダイレクトに届けられるんじゃないかと考えて、エトセトラブックスを立ち上げたんです。

 最初は雑誌ではなくて単行本からスタートするつもりだったのですが、退社したあとに、単行本以外にも発信していく場が欲しいな、フェミニズムの雑誌をつくりたい、と思って。最初は、第1号はやっぱり「フェミニズムって何だ?」みたいな基本的な内容かな、と考えていました。

雨宮 それが、実際には『エトセトラ』創刊号のテーマは「コンビニからエロ本がなくなる日」でした。

松尾 19年の初めに、出版社時代に編集担当していた漫画家の田房永子さんから連絡をいただいたんです。大手コンビニチェーンが「成人向け雑誌の販売を8月末までにやめる」と発表したから、その「お祝いのパレード」をやりたい。パレードで喜びを表現することで、逆にどれだけ自分たちが怒ってきたのかを知らしめたいんだ、というお話でした。そのパレードで配布する冊子をつくってくれないか、と言われたんです。すごくオリジナルなテーマだったけれど、これは絶対今しかやれませんよね。「今しかやれないこと」をやるのが雑誌だし、やるしかないな、と。それで「では、それを私が出そうと思っている雑誌の創刊号にさせてください」とお願いしたんです。

雨宮 すぐに増刷もかかったそうで、反響がすごいですよね。ちょうど18年に東京医科大学の医学部入試における性差別問題が報道されたり、19年に入って韓国の小説『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著、邦訳出版は筑摩書房)がブームになったりと、女性差別やフェミニズムに注目が集まっているタイミングでもありました。

松尾 はい。だから、「波に乗っていますね」とよく言われるし、最近はそう言われたら、「私が波です」とお返事しています(笑)。ほんの小さなさざ波ですよ、もちろん。でも、本当に小さくて少しずつですけど、出版社にいた時から本をつくることで、自分なりのフェミニズムを積み重ねてきたつもりではいるので。私の前にも周りにもそういう方がたくさんいて、それが今、大きな波になったということなのかな、と思っています。

福岡での大学時代と「サブカルの呪い」

雨宮 ところで、松尾さんがフェミニストになったのには、何かきっかけがあったんですか?

松尾 時々聞かれるんですが、「これです」というような強烈なエピソードは特にないんですよ。強いて言うなら、大学の4年間を過ごした福岡が、まさに男尊女卑の牙城みたいなところで、それが嫌だったというのはあるかもしれません。社会学者の上野千鶴子さん、文芸評論家の斎藤美奈子さん、作家の北原みのりさんの本なんかを読んで、ジェンダー的な視点の面白さに目覚めたのもその時期です。実家では「女の子だから勉強しなくていい」みたいに言われるようなことはなかったし、学生時代はあからさまな男女差別を受けた記憶があるわけではありません。それでも、雨宮さんの著作『「女子」という呪い』(集英社クリエイティブ、18年)を読んだ時に感じたのは、私もやっぱり「呪い」にかかっていたな、ということでした。

雨宮 「強烈なエピソード」はなくても、日々なんとなく感じる視線であったり、何気ないやり取りであったり、自分が何かを笑ってごまかしたりする瞬間であったり……「呪い」って、じわじわとそういうところからやってくる気がします。

松尾 そうですよね。中でももっとも共感を覚えたのは、「90年代サブカル」についても触れて書かれた「AVで処女喪失したあの子の死」です。私は雨宮さんとほぼ同世代で、1990年代の終わりに大学生活を送っています。あの頃って、ドキュメンタリー風に女性を肉体的・精神的に極限まで追いつめていくような内容のAVが出ていて、私も女性監督の作品をレンタルして見たりしていました。今からすればなんて痛々しい内容だったんだろうと思うんですけど、当時は「そういうものも否定せずに堂々と見られる自分」に酔っていたんですね。雨宮さんの本を読みながら、その頃のことがパッとフラッシュバックしてきました。

雨宮 あの頃のサブカル寄りのAVは、とにかくひどいこと、鬼畜なことをやったほうがえらいみたいな、タガの外れた時代でしたね。

サブカル好きな女の子たちには、「男並み」にAVを見て、男と一緒になって「あのAV女優はどうだ」とか、上から目線で批評できる自分でなければならないという感覚が非常にあったと思います。結果としてそれは、「女がいいって言っているんだから、いいだろう」という形で利用されていたわけなんですけど。

松尾 私たちは「消費される」側じゃない、私たちが消費しているんだという気持ちがありましたね。

雨宮 あの時代にちょっとでもサブカルをかじった人には、そういうふうにわずかでも加害に荷担した部分があったはずです。2004年にはAVの撮影で女優が大けがを負う「バッキー事件」がありましたけど、それまでにもどれだけのAV女優が心を病んでいったか、自殺していったか。そういうことがまったく総括されないまま今、AVにまつわる人権問題といえば出演強要問題だけ、みたいな雰囲気になっていることが、すごく気になっています。「AVで処女喪失したあの子の死」の反響からいろいろ思うところがあり、ウェブマガジンの『マガジン9』にて「90年代サブカルと『#MeToo』の間の深い溝」(外部サイトに接続します)という原稿を書いたらものすごくバズってびっくりしました。

松尾 そのあたりのことを、きちんと言語化して書いてくださった雨宮さんに、読み手として、とても感動しました。

「声を上げる」重要性を感じた

雨宮 さて、松尾さんは4月に東京で始まった、性暴力事件に対する不当な判決に抗議する「フラワーデモ」の呼びかけ人の一人でもあります。その前に、18年夏の東京医科大学の入試性差別事件の時にも抗議行動を呼びかけられたんですよね。

松尾 東京医科大学のニュースが流れた時は、ちょうど北原みのりさんと一緒に韓国へフェミニズムの取材に行ってきた直後だったんです。現地のフェミニストたちからたくさん話を聞いて気分が高揚していた時だったし、北原さんから「これは、何かやらなきゃいけないんじゃない?」とメッセージが来たので「やりましょう!」とすぐ返事をしました。2人ともデモの呼びかけなんてしたことがなかったんですが、SNSなどで拡散したら、幸い100人くらい集まって。マスコミもたくさん取材に来てくれました。雨宮さんもいらっしゃいましたよね。

雨宮 ツイッターで見て行きました。松尾さん、あの場でのスピーチがテレビのニュースで流れたんですよね。

松尾 そうなんです。私はあんな場でスピーチをするのは初めてだったし、大事なことを言っていた人がたくさんいたのに、「ふざけんなーー!」って大声で叫んだのがテレビ映えしちゃったらしく(笑)、各局で流れてしまって。

 でも、九州にいる親戚のおばちゃんたち──普段は「安倍(晋三)さんがこう言ってるんだから正しいんでしょ」と言っているような、私に対してもずっと「早くお父さんにお茶をいれて」とか「偉そうな口をきくんじゃないの」とか小言ばかりだった高齢の女性たちが、あの映像を見て「ほんと、あの医大の件はおかしいよね」って言ってくれたんですよ。それを聞いて、声を上げてよかったと思ったし、行動すればちゃんと報道されるんだな、とも実感しました。

雨宮 あそこから、すごく状況が動きましたよね。過去に東京医科大学を受験した女性たちが原告になって損害賠償請求訴訟を起こしたり、今年の東京医科大学の入試では、不正な得点操作が排除されて男子と女子の合格率がほぼ同じになったことが報道されたり。そう考えると、すごく「コスパのいい」デモだったと思います。「安倍政権反対」みたいなデモだと、数万人集まっても何も状況が変わらない、強行採決され続けている6年半、みたいなところがありますから。私にとっても、東京医科大学の一件は「ちゃんと変わるんだ」という実感を得られたという意味で、とても大きかったです。

松尾 ただ、あれだけ反響が大きかったのは、「教育」という、誰もが「フラットでなければいけない」と考えている差別問題だったというのが大きいのかもしれません。あとで聞いたら、北原さんは「これが性暴力の問題についてのデモだったら、こんなに人は集まらないだろうな」と考えていたそうなんですよ。

400人が集まった奇跡のような夜

雨宮 月1回、花を持った女性たちが街頭に立つ「フラワーデモ」は、まさにその「性暴力の問題」に対する抗議行動ですが、どんな経緯で立ち上がったのですか?

松尾 北原みのりさんや田房永子さんと「最近、『おかしい』と感じる性暴力事件の判決が続いてるよね」という話になったのが始まりです。ちょうど、SNSでは判決への疑問に対して、法曹界から「法で定められた通りの判決なんだから、不当ではない」といった声がちらほら聞こえてきていた時で。ここで声を上げなかったら、一見正しいように見える「専門家の意見」に、私たちの違和感が潰されちゃうんじゃないかという危機感もあって、「何かしなければ」ということになったんです。

 呼びかけるにあたって、北原さんの発案で韓国の#MeTooデモを参考にしようということになって。「#WithYou」というハッシュタグは私たちも使っていますが、韓国のデモはまさにそういう感じで、常に「私たちがここにいるから、これまで声を上げられなかったあなたも、声を上げてください」という姿勢が貫かれているんです。

 韓国人の元日本軍「慰安婦」として初めて実名で名乗りを上げた金学順さんも、そんなふうに彼女を支援する人たちがいて、支援する場があったからこそ声を上げられた。韓国ではずっとそういう流れが続いているんだ、と聞きました。日本にもそんな場をつくりたい、同じ思いを抱えた女性たちが集まれる「広場」にしたいと考えたんです。それで、「#WithYouの気持ちを込めて、行幸通りにお花を持って集まりましょう」と、第1回のフラワーデモを呼びかけたのが4月11日。400人も集まってくれて、びっくりしました。

雨宮 私も北原さんから声をかけていただいて参加したんですが、どれだけ人が来るんだろうという不安はありましたね。東京医科大学の時と違って裁判の話だし、性暴力事件なんて自分には関係ないと考える人も多いんじゃないか、と。それが、行ってみたらたくさん集まっていて。若い人も多かったし、一人で来ている人がほとんどでした。

松尾 スピーチを進める中で、性暴力・性被害を受けた自分の体験を話す人がどんどん出てきたことにも驚きました。誰がそう仕向けたわけでもなかったのに。

雨宮 性暴力を受けたとか、今でもフラッシュバックに苦しんでいるとか、すごく親しい人にすら言いづらい、もしくは親しい相手だからこそ言えないようなことも、ここでなら言えるという安心感がなぜか最初から担保されていましたよね。そうして体験をシェアすることで、みんなが癒やされるというような、奇跡的な夜だったと思いました。すごく寒い日だったのに、結局2時間くらい続いてね。

松尾 その一方で、予測していたように、最初メディアはほとんど来ていなかったんです。「ここであきらめるんじゃなくて、声を上げ続ければいいよ」という話を私たちはしていたんですけど。

でも、1回目のフラワーデモが朝日新聞で取り上げられたこともあって、2回目からは一気に参加者も、メディアの数も増えました。5月以降、毎月11日に実施していますが、東京だけではなくて各地で「私たちもやりたい」という人たちが立ち上がってくれて。今は、名古屋や大阪や鹿児島や、日本全国にフラワーデモが広がっています。

男性にとっての「#MeToo

雨宮 6月には、福岡でのフラワーデモにも行かれたんでしょう? さっき、福岡は「男尊女卑の牙城みたいな場所」とおっしゃっていましたが、どうでしたか。

松尾 実は私自身は、福岡でフラワーデモなんて、まだまだ無理! 今は絶対あり得ない、と思っていたんです。それが、2回目の5月に、「福岡でもやりたい」と手を挙げ、開催してくださった地元の方がいて。

 当然ながら、福岡にもずっと、性暴力被害者支援などの活動をずっと続けてこられていた方たちがいるんですよね。デモを通じて、そういう女性たちともたくさん知り合えて、本当によかったと思いました。私が福岡時代に感じていた違和感についても話して、「そうだよね」と共感してもらったり。あと、印象深いことがあったんです。滞在中に聞いたある男性の発言なんですけど。

雨宮 男性ですか。

松尾 フラワーデモに来る男性は、「今までこんな事実は知りませんでした」とか「僕らも応援します」とか、まだまだ他人事な発言をされる方がほとんどなんですね。でも、その70歳くらいの男性が話してくれたのは、まさに自分自身のお話だったんです。その方は、現役の頃、職場の飲み会に出ると、そのあとはみんなで必ず性風俗に行くのがお決まりの流れになっていたというんですね。そこで「私は行きません」と言うことは、男性社会からパージされるということ。だから自分は「行きません」とは言えなかったし、毎回一緒に行っていた。でも、本当は行きたくなかった。心が引き裂かれて、ずっと辛かったんだ、とおっしゃっていました。

雨宮 うわあ……なんだか、日本の男社会の象徴みたいな話ですね。「職場の付き合い」のために、引き裂かれながら性風俗にも行って、傷つきながら妻子を養っていた、みたいな。あまりにつらすぎるし、誰も幸せじゃない。それにしても、世代的にも、弱音を吐くのなんて男らしくない、という教育を受けているだろうに、よくそんなにストレートに話をしてくれましたね。

松尾 そうなんですよ。よく言ってくれたなと思って。男性にとっての#MeTooってこういうことなんじゃないか、そういう発言をもっと聞きたいな、と思いました。

ウーマンリブから「フラワーデモ」へ

雨宮 5月以降の東京でのフラワーデモって、松尾さんたち最初の主催メンバーは他の都市に行っていたりして不在だったでしょう。でも、その場にいる人たちが、それぞれ自分たちのやり方でつくり上げているという感じがして、すごくよかったですよ。これまでの市民運動って、最初に声を上げたのが女性であっても、途中から年配男性の運動家が入ってきて「そんなやり方じゃダメだ」みたいに仕切り始めて、ということがよくあったと思うんです。フラワーデモは全然そうではなくて、ずっと女性が主体になっている。それってすごいなと思いました。ある意味で、戦後の日本の運動で初めてのケースではないかという気もしています。

松尾 そうですね…….。大先輩のフェミニストが、フラワーデモは当時のウーマンリブの空気と似ている、という話をしてくださって。ウーマンリブの運動の中では、女性たちが「いかに自分たちが差別構造の中で抑圧されてきたか」ということを語り合って意識を高めていく、同時に自分の内なる差別意識にも気づいていくという、CR(Consciousness Raising : グループ討論により意識改革・意識高揚をめざす運動形態)という手法が取られていたんですね。このCRと、シスターフッド(女性同士の連帯)が、ウーマンリブの二大柱になっていた。今、フラワーデモで起こっていることはまさにそれだよね、と言ってもらえたんです。

雨宮 ここ2年くらい、以前は「フェミなんて大嫌い」と言っていたような女友達が、「やっぱり私、フェミになるわ」と言い出すということが続いているんです。きっかけは伊藤詩織さんの事件 (元TBS記者の山口敬之氏から意識を失った状態で性行為を強要されたと訴えている)とかいろいろですけど、かつては「フェミニスト」イコール「清く正しく高学歴でなくてはいけない」、だから自分にはフェミニストの資格がない、と思っていたような人たちが、次々に「フェミニスト宣言」をし始めていて。それはやっぱり#MeTooが広まって、たくさんの人たちが自分の経験を語り始めたからこそだと思って。「語る」「経験を共有する」というのは、本当にフェミニズムの基本だなあ、と思います。

松尾 はい、本当にそう思います。先ほど「90年代サブカル」の話をしましたけど、ああいう「何でもあり」「ひどいことをやったほうが勝ち」みたいな空気の中で、日本のフェミニズムも見えづらくなってしまっていた側面があるかもしれません。でもその前からもその頃も、ずっと声を上げ続けてきた人はいたわけです。それを再び「更地」に戻さないためにも、声を上げることは絶対にやめてはいけないと思っています。今、フェミニズムに注目が集まっているのは「一時的なブームに過ぎない」とか揶揄されることがありますが、その「ブーム」が終わってからも声を上げ続けていけるかどうかが大事なんじゃないでしょうか。

『エトセトラ』とフラワーデモの今後

雨宮 では、最後に今後の話を。『エトセトラ』は今後、どのくらいのペースで出していく予定ですか?

松尾 年間2冊、春と秋に出していく予定です。次号の特集テーマは、作家の山内マリコさんと柚木麻子さんが責任編集の「We Love 田嶋陽子!」です。

雨宮 それはすごい!

松尾 90年代に、「フェミニスト」としてテレビの討論番組などに出た田嶋さんが、「オヤジ」たちに嘲笑されているのを見て、観ていた私たちもまた自尊心を傷つけられていたと思うんですね。フェミニストってこういう目に遭うんだ、笑われるんだ、ならばそうじゃなくて、阿川佐和子さん的にオヤジを「まあまあ」って手のひらの上で転がしながら生きていくのが、取るべき賢い方法だと思わされていた気がします。だから、田嶋さんをリスペクトすることによって、あの時代の私たちをもまたリスペクトしたいというのが狙いなんです。そのほかに、痴漢問題を扱った研究書や、翻訳小説も準備中です。

雨宮 素晴らしい。フラワーデモも続けていく予定ですか。

松尾 被害の実態に合った判決が下されるような法改正 (性暴力被害の当事者団体からは、レイプが犯罪として認定されるには、被害者が性交に同意していないだけでなく「暴行または脅迫」によって抵抗できなかったことを証明しなければならないという「暴行脅迫要件」の削除などを求める声が上がっている)がなされるまでは……と言いたいところですけど、とりあえず1年は続けようと思っています。基本的には毎月11日、冬は屋内でやるとか、あまり無理しない形でやっていきたいな、と。雨宮さんも、これからもフェミニズムにかかわっていかれますよね。

雨宮 かかわるというか、自分の問題だからかかわらざるを得ないですよね。ジェンダーやフェミニズムをテーマに書いた時の読者からの反応の熱さも実感しているし、今後もどんどん発信していきたいと思っています。


 香港情勢が緊迫している。警察による市民への弾圧が度を越している。さらに中国政府が介入する恐れも出てきた。再び「天安門」の悲劇を繰り返さないためにも世界が注視・監視していかなければならない。

 台風が接近中です。北海道にもまともに来るような進路になっています。
みなさん、どうぞお氣をつけて、お盆をお過ごしください。

アロニアです。黒くなってきて、食べれるのですがあまり美味しくはない。山リンゴみたいな食感ですが栄養価は高いそうな。

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