星月夜に逢えたら

[hoshizukiyo ni aetara] 古都散策や仏像、文楽、DEAN FUJIOKAさんのことなどを・・・。 

社寺・周辺散策メモ(5)2013年前半

2013-01-03 | 散策・旅
重複回避また記録として、訪問したら記録するページ(5)。
記録優先!随時追記あり。

京都は★、奈良は●、その他は■

2013年
<1月>
2日
京都へ初詣と鴨川散歩。




上賀茂神社・護王神社・禅居庵・八坂神社


4日
初出勤のあとに神戸に初詣。
生田神社・住吉神社


6日
門戸厄神


13日


★仁和寺 五重塔(京の冬の旅 ※同時公開の金堂は前に拝観済み)
1644年建立。内部は心柱を囲むように四天柱が塔を支えている。
心柱を背に胎蔵界五仏が安置されている。柱・壁面・天井には極
彩色の仏画が、また牡丹唐草や菊花文様などが描かれている。
・・・以上はガイドブックの解説文を元にしたメモ。
剥落・褪色しているとはいえ建立当時の彩色が今も残るのは貴重。
拝観は外からさっと眺めるだけで内部には入れない。ポスターの
写真を見て間近で拝観できると期待していたのでひじょうに残念
だった。見られるのは北面から。東・西・南面からの眺めは小さ
なパネル写真で確認するようになっていた。

★妙心寺 大庫裏(京の冬の旅

天井の高い立派な建物は奥行き25.8m、梁行18m。重要文化財。
室町時代に建てられたものを江戸時代1653年に再建。
重要文化財指定後は使用していないが、大庫裏(おくどさん)で
は法要などの際に雲水たち数百人分の食事を賄い、小庫裏では
寺内の少人数用の食事を賄っていたそうだ。貯蔵室や火の番をす
る人用の小部屋、定朝作と伝わる地蔵菩薩を祀った食堂もある。

★妙心寺 経蔵(京の冬の旅 大庫裏と共通拝観)

江戸時代の豪商、淀屋辰五郎が寄進。現地の解説によれば、八角
形の大きな経蔵には12人の僧が8年がかりで完成させた6500巻超
の教典が納められているとのこと。輪蔵を1回転すれば全巻読んだ
のと同じ功徳が得られる。
ポスターでは、回転式輪蔵を考案した中国の傅大士の像が経蔵の
正面にあるが、拝観時にはこれと反対側からしか見られない。

14日
走水神社

19日
3つの寺と冬枯れの哲学の道散策の後、京都国立博物館へ。


★聖護院(京都冬の旅 平安時代のご本尊・不動明王像~重文、
智証大師御像~重文の胎内文書、山伏法具)


前から行きたいと思っていたお寺。八ツ橋の老舗が並んでいる東
大路・丸太町の交差点付近を北東へ入ると、肉桂(シナモン)の
香りがプーンと漂ってくる。
ここ聖護院は、後白河上皇の熊野詣で先達を勤めた功により、
増誉大僧正が開いた寺で、本山修験宗の総本山。皇室所縁の門跡
寺院でもあり、紋は「菊法螺」で菊の御紋に法螺貝が描かれている。
寺宝は修験道に関するものと皇室関係のものの両方がある。
天明8年(1788年)と安政元年(1854年)、光格天皇と孝明天皇
の代に御所が火災に遭った際にここが仮皇居になったことから、
当時の御座所もある。
上映中の映画「大奥~永遠~[右衛門佐・綱吉篇]」のロケ地でも
あり、映画に登場する部屋に実際にすわったり、映画の写真と見
比べながら庭を眺めたりできるのも楽しい。
各部屋で丁寧な説明を聞き、一人に1枚寺宝のポストカードまで
いただき、すごい充足感。

★積善院準提堂(聖護院のすぐ東側)




偶然見つけた立て札にキュウンとなった~。お俊伝兵衛恋情塚。
豊竹山城少掾、中村鴈治郎、片岡仁左衛門らが発起人となって昭
和27年に建てられたものらしい。
塚の前に立ち、さらに嬉しかったのはお花立ての2つの石に刻まれ
た八世綱大夫と竹澤彌七の名前。去年『綱大夫の四季』を読んで
いたのと、「弥七の死」を収録した『歌右衛門の疎開』はちょう
どバッグの中に♪ 『綱大夫の四季』収録の年表によれば昭和27年
11月15日、京都聖護院に供養塔建立「堀川」奉納とある。
※つづきはブログにて。

★霊鑑寺(京都冬の旅 池泉鑑賞式庭園、如意輪観音坐像)




門を入ってすぐの階段をのぼると庭園がある。広い庭を回遊して
眺める池泉観賞式庭園が楽しい。できれば花か紅葉の季節に来た
かったな~。椿の寺として有名で、花はまだ少しだったけれど
知らない名前の椿がたくさんあった。庭園の途中にある本堂では
ご本尊を公開。が、外からでは遠すぎるのと、厨子の位置の関係
で21cmの如意輪観音坐像は全く見えない。原寸大のパネル写真
で確認するのみ。
ここは後水尾天皇の皇女、多利宮が開いた尼門跡寺院。室内には
「尼宮」たちが所有していた人形や1枚1枚美しく描かれたカルタ
などを展示。人間みたいに足を曲げてすわっている内裏雛にビッ
クリ!狩野派による「四季花鳥図」や応挙の襖絵などもきれい。



27日
京の冬の旅シリーズの寺と、千利休居士遺蹟不審庵や百々橋礎石
のある寺之内界隈を散策。晴ときどき曇り&雪。寒かった!
スタンプラリーの特典でお抹茶と和菓子をいただく。
※百々橋は応仁の乱のとき細川勝元と山成宗禅が数度戦った場所。


★三時智恩寺(旧入江御所)(京都冬の旅 善導大師像、狩野
永納の花鳥図屏風、円山応挙筆の襖絵「魞漁図」、応挙の杉戸絵、
歴代天皇からの調度品・御所人形、枯山水庭園「蓬莱の庭」)
近衛家ゆかりの寺。


★宝鏡寺(旧百々御所、通称 人形の寺)
京都冬の旅 円山応挙の杉戸絵、円山応挙と吉村孝敬が描い
た襖絵、光格天皇が開眼された阿弥陀如来立像、日野富子木像など)
伊勢の二見ケ浦で漁網にかかった仏像が膝の上に宝鏡を持っており、
漁師が朝廷へ献上した。その聖観世音菩薩は景愛寺に奉納されたが、
光厳天皇皇女だった第六世華林宮惠厳禅尼が現在地に移し、寺名を
宝鏡寺とあらためた。ご本尊は秘仏のため見られない。
春には光格天皇ゆかりの伊勢撫子(鉢植え)が見られるとのこと。


★妙音弁財天(出町)
★下鴨神社と河合神社、糺の森
四条通りの福寿園で蓮根餅(わらび餅みたいな味)


<2月>
3日
★白雲神社(京都御苑)
神社の近くに立命館大学発祥地があった。
★盧山寺(元三大師節分会)
午後3時から始まる「追儺式鬼法楽」。少し前に行って待機。
楽人の太鼓、法螺貝に合わせて赤・青・黒の三鬼による鬼法楽(鬼お
どり)。腰を落として辺りを窺うようにゆっくりとした動きで堂内に
入ってくる。つづいて追儺師による邪気払いの法弓。5方向に矢を射る。
その後、蓬莱師・福娘・年男・寺侍による福餅・蓬莱豆撒き。
蓬莱豆は白とピンクのきれいな豆で大仏様の螺髪みたいな形。大豆を
砂糖で固めたもので、1粒食べたら3年寿命が延びるそう。1袋買った
ら「全部食べたら死なれしません」と豆売りのおばさんに言われた。
(30粒入りだから90年分ってことか。たしかに・・・)
福餅は1袋2個入り、食べると出世すると言われる。
節分会でのみ見られる降摩面は鎌倉時代のもので迫力ある顔だった。

10日
龍谷ミュージアムで「若狭・多田寺の名宝」展を見て、北野天満宮へ。
※「若狭・多田寺の名宝」展はブログへ。


★北野天満宮(梅苑・御土居)




梅苑の梅はまだまだだった。それでも同時公開の御土居に行ってみた
くて、冬枯れの庭園を歩いてみた。
梅苑を抜けて御土居を歩き、前回行けなかった御土居下まで初めて
下りてみた。下から見上げる御土居もオツなもんだ~。
※このつづきはブログへ。

17日
久々に奈良、西ノ京へ。
※この記事はブログにて。
●菅原天満宮


●喜光寺(ご本尊・阿弥陀如来像、観自在菩薩坐像、勢至菩薩坐像、
行基菩薩坐像、ご神体・秘仏の宇賀神王、石仏群。行基終焉の寺。)


721年、行基菩薩が創建した寺。扁額にもある通り、元は菅原寺だっ
たがのちに喜光寺となった。本堂は「試みの大仏殿」とも呼ばれ、
東大寺造営の際にモデルとなったそうだ。
ご本尊の阿弥陀如来坐像は重要文化財で平安時代の作。間近で拝観
できる丈六の阿弥陀さまにはとてもやすらぐ思いがした。


●唐招提寺


ここまで来たらあのトルソーに会いたいと思い、唐招提寺へ。
残念ながら、新宝蔵館は2月末まで閉館中だった。そういえば東大寺
ミュージアムもそう。奈良観光が始動するのは3月ってことかな。
トルソーのためにまたすぐ来よう!
それでもやはり、金堂のオール国宝スターズは素晴しかった。。
「祈りの回廊」2013年版のパンフももらったことだし、3月は奈良
に通うことになりそう。

<3月>
2日
寒のもどり。梅の花を見に神戸の岡本界隈を歩く。
岡本公園は3分の1ぐらい。保久良山の梅林はまだまだだった。
■岡本公演

■保久良梅林

■岡本八幡神社

■保久良神社

※この記事はブログにて。

3日
★蓮華王院・三十三間堂(本堂、境内回遊)
3月3日は春桃会(もものほうえ)。三十三間堂の無料開放の日。
本堂は意外に空いていてゆっくり見ることができた。
春桃会では特別に、ご本尊の千手観音菩薩さまと結縁綱でつながること
ができる。しっかり紐を握りしめ、どうか想いが届きますようにと。
本堂隅に設けた高台の「東風壇」からは千体の千手観音像が遥拝できる。
千体の仏像がまとまりとして実感でき、美しい~と思った。
500円をお納めすると女性限定の桃の御守と「千体千手観音仏名帳」が
いただけた。仏名帳には千体それぞれの観音さまの名前が書かれてある。
※このつづきはブログにて。





★得浄明院(京都冬の旅 善光寺の一光三尊阿弥陀如来の分身
公開、戒壇めぐり)


10日
今年になって2度目の西ノ京。お天気急変で行動力ゼロに!
※この記事はブログにて。
●薬師寺(金堂の薬師三尊像と薬師如来台座、東院堂の聖観世音菩薩像と
四天王像、大講堂の弥勒三尊像と仏足石・仏足跡歌碑と釈迦十大弟子、
東西両塔特別公開、吉祥天女像特別公開)


●唐招提寺(新宝蔵にて如来形立像など、金堂)


16日
★銀閣寺(春の特別拝観 本堂~釈迦牟尼仏、与謝蕪村・池大雅の襖絵、
国宝・東求堂~足利義政公法体像、念持仏の阿弥陀如来像、四畳半書院
「同仁斎」(書院飾りの再現)、弄清亭~御香座敷、奥田元宋の襖絵)






東求堂の拝観は初めて。その部屋に一歩入った瞬間に感じる視線・・・
義政公の像の光る目だった。まるでその場にいまおられるかのような
感覚!途端にその畳や襖にまで温もりが宿っているように感じられた。
同室に祀られた念持仏の阿弥陀如来像はほっそりとして、その光背は
優美で繊細な印象だった。つづき部屋の「同仁斎」と呼ばれる四畳半
の書院には、義政公が実際に飾っていた書院飾りを再現してある。絵
と文字で記録に残してあるので再現内容は本物。すべてこだわりのあ
るものばかりでそれぞれの配置にもちゃんと意味があった。
書院飾りのことはTV映像では見たことあったが、本物を目の当たりに
してみると義政公の徹底した美意識に感動を憶える。
ここでガイドの方が書院飾りの向こうにある障子を少しだけそっと開
けて見せてくださる。「自然の掛け軸になっています」と。
縦の長方形にトリミングされた空間の中に木々と小さな滝が見えた。
おお~! この部屋で東山文化が生まれた。お茶、お華、お香をはじ
めとする日本文化の源流がこの部屋にあったのだから凄い。
特別拝観料1000円の価値はじゅうぶんにある。

★八神社


★南禅寺三門


★東山花灯路




23日
東寺宝物館は久しぶり。展示替えもあるのでこの機会に訪れた。
金堂、講堂は何度リピートしてもいいものだとつくづく思う。
立体曼荼羅のある講堂は密教を伝えるためのコンセプトルームだ。
庭園の八重紅枝垂桜はそろそろ見頃という感じ。この木は弘法大師の
不二のおしえから「不二桜」と名付けられているそう。その他の桜は
まだまだだったが、五重塔の周辺を日差しを浴びながらのんびり歩く
のは気持ちよかった。夜間ライトアップは今日が初日で4月14日まで。



★東寺(2013春期特別公開~宝物館「東寺と弘法大師信-西院御影堂の
歴史と美術」、兜跋毘沙門天、千手観音菩薩立像、地蔵菩薩ほか。
2013春期特別公開~国宝観智院では五大虚空蔵菩薩ほか。
通常拝観の金堂、講堂、食堂、御影堂、大師堂、五重塔外観ほか)

24日
■神戸南京町の興隆春風祭。高校生たちの群舞がすっごーいカッコ
よかった~!

30日
本満寺で枝垂桜を見てから今出川散策、鴨川散歩。その後、智積院を
拝観してから京都国立博物館へ。締めは祇園白川の夜桜。
白川以外は混雑のないコースでのんびりバースデー花見が楽しめた。
※詳細はブログへ。

★本満寺


★智積院


<4月>
13日
ボストン美術館展
新世界

14日
こんぴら歌舞伎

20日
長谷寺周辺散策。
●長谷寺(十一面観音さま特別ご開帳)




長谷寺のぼたん祭がこの日始まり、献花祭と法要があった。
牡丹の開花状況はまだまだだったけれど、ちょうど特別開帳期間と重なっ
ているので両方を目当てに行ってきた。
長い回廊を通って本堂に向かう。特別開帳の内陣へは横から入る。
ふだんは上半身しか見られない十一面観音さまを間近で拝観し、御足に触
れられる特別開帳。法要の読経を間近で聞きながらの拝観はまさに特別
だった。頭上の桟をくぐって中に入ると本当に目の前に観音さまの体が。
が、どの部分なのか最初はわからなかった。顎を相当上げて見上げると
ようやくお顔が!入ってすぐ目の前にあったのはお膝だった。岩の上に
立つ菩薩さま、その御足に触らせていただきお願い事をした後、反時計
回りに一周させていただく。その途中で見上げると後方にある化仏と目
があった。化仏は斜め下に向かってお顔がついているのでちょうど目が
合う。
あらためて外からも見直してみたけれど、この観音さまはここ以外のど
こにも行かれない、そういう大きさであるとあらためて思った。
脇侍は向かって右が難陀龍王、左が雨宝童子。こちらは外からでないと
見られない。





久々の長谷寺拝観の後、周辺散策。白洲正子さんの『十一面観音巡礼』
にある化粧坂を探したが見つからず。地元のフリーペーパー「やまとびと」
が運営しているカフェで教えていただいた。
化粧坂は初瀬の商店街から伊勢辻を入ったところ、細い道の途中にあった。
愛宕神社付近は素晴しいビューポイントだった。が、『十一面観音巡礼』
に書かれていた風景と決定的に違うものがあった。
もしかして今回訪ねた「輿喜天満神社」と本にある「輿喜天満宮」は別の
ものなのか? 化粧坂は2つあるのか? そんな宿題を抱えた散策だった。



<追記>市販されている地図やガイドブック、ネット上の地図等を調べた
うえでの自分なりの結論。白洲正子さんが書かれている「輿喜天満宮」は
やはり「輿喜天満神社」のことで、以前はこの石段の途中で右に折れる道
があったようだ。現在、地図にうっすらと書かれている道がそれと思われる。
うっすら道をネット上でたどると輿喜浦にたどりつくし、先日登った化粧坂
が近くにある。未確認の疑問=>>輿喜浦に立ってみると「雲をつくような
巨巌」が見えるのだろうか?

●法起院(長谷寺の十一面観音菩薩を造立した徳道上人の御廟と開山堂。)


●輿喜天満神社
●素盞雄(すさのお)神社と巨木「初瀬のイチョウ」


●化粧坂~愛宕神社
●長谷山口坐神社
ランチは長谷路で山菜そば定食。古民家を改装したお店には庭があり、
ゆったりできた。「やまとびと」で食べた蒸したてのお饅頭はお酒の香り
と3層の餡が入ってとても美味しかった。

28日
湖南の油日と櫟野を散策。


■油日神社




■櫟野寺(春の特別拝観~十一面観音坐像、田村毘沙門天ほか平安時代の
仏像が多い。しかも十一面観音さまを含めてほとんどが重要文化財。)
櫟野寺にてご本尊の十一面観音菩薩さま拝観。平安時代に最澄が延暦寺の
根本中堂の用材を求めて甲賀地方を訪ねた際、霊夢を感じてこの地の生木
に彫ったと伝わる日本最大の観音坐像。約3.3mだけれど想像以上に大きく、
写真よりずっと優しいお顔。安心感と神々しさがある。実際に手と脚以外、
つまり頭から胴体の下までは一木で彫り出されたものらしい。
昭和44年に漏電により出火、本堂が全焼したが、仏像は収蔵庫に移されて
いたため難を逃れたそう。おかげで今もこんなにたくさんの美仏、貴重仏に
お目にかかれる。ただGWのさなかなのに、なんとこの日は私たちだけの
独占状態。ありがたいやらもったいないやら。
春の特別公開期間のため事前予約なしで心ゆくまでじっくり拝観できる。
車ならゴルフ場目指して行けばわかりやすいし、駅から歩いても約30分。
<メモ>周囲に飲食店、コンビニはないので、ちょっとした食べ物、飲
み物は油日駅で購入しておくこと。※隣りの甲賀駅前にはコンビニあり。


■阿弥陀寺(阿弥陀如来坐像、貴重な誕生仏、薬師如来立像ほか)

事前にお電話すると、ご住職はちょうどお出かけとのこと。もうお寺に着
いていますと状況を説明すると、すぐに開けて中に入れていただけた。
本堂に入ってすぐ目の前、いきなりのご対面。黒くやや厳しい表情に一瞬
これは本当に阿弥陀さまなんだろうか?と思った。阿弥陀如来といえば、
童顔だったり、とても柔らかな表情だったりするので意外だった。
ただ、とてもきれいな男らしいお顔をしておられる。
聞けば、時代的に浄土の世界観が出てくる以前の阿弥陀さまであるとのこ
と。まだまだ知らないことだらけだ。

29日
穴太~坂本散策。
白洲正子さんが『十一面観音巡礼』の中で霊木、錫杖などの視点から、
長谷寺の観音さまとの共通点を見出しているのが、湖西にある盛安寺の
十一面観音菩薩立像。10日を置かず両方の観音さまの拝観が叶った。
白州さんが盛安寺を訪れた頃は街道沿いの観音堂に祀られていたが、その
後の老朽化により、現在、観音さまは小さな収蔵庫に安置されている。
他では見たことのない4本の手。内側の両手は胸の前で合掌。外側の左手
には花、右手には水瓶ではなく錫杖を持っている。錫杖を持って立つこと
から、この観音さまはお地蔵さまと合体したものではと言われている。
元は近江の都の鎮護寺である崇福寺に祀られていたもの。
寺務所にお声をかけ、拝観料をおさめるとパンフレットと印刷のご朱印を
いただける。収蔵庫はお寺とは道を隔てた場所にあり、GWの間は扉は開
いているため、いつでも誰でも観音さまの拝観ができる。
微笑みをたたえた美しいお顔を見ていると心が安らかになってゆく。

■盛安寺(重要文化財・十一面観音菩薩立像)




■穴太地蔵(さかもとの六地蔵の一つ)
■高穴穂神社、穴太の森
■日吉大社


■西教寺
■大津市歴史博物館(盛安寺の十一面観音菩薩が祀られていた
崇福寺の資料ほか)

<5月>
4日


はじめての<湖北の仏像めぐり>。
GWに拝観した湖北のお寺は高月~木之本にあり、これらすべてが無住の寺
で、地元の人々が代々守ってこられた仏さまを特別に見せていただいた。
多くの仏像が観られたのはもちろん嬉しかったけれど、土地の人のあたた
かい言葉や心に触れることができたことも、今回の素敵な思い出になった。

琵琶湖のまわりに仏像が多いことを知ったのはもう20年位前の新聞記事。
当時は一般公開されているのかどうかすらわからず、そのままにしていた。
最近になって白洲正子さんの著書を読めば読むほどどうしても見たくなり、
ネット、ガイドブック等で情報収集してみることに。
行き先は高月・木之本。そこで、奥びわ湖観光協会(TEL 0749-82-5909)
にまず電話を入れて、行きたいお寺の公開状況・事前連絡の有無を尋ねる
と、とても親切に教えていただけた。これでGWの湖北行きが決まった。
久しぶりにレンタサイクルで回ってみよう!

■渡岸寺




午前10時すぎに駅に着くと、高月駅のレンタサイクルはすべて出払ってし
舞い、1台もなかった。
しかたないので、とりあえず歩いて行ける渡岸寺に向かう。
高月駅から歩いて15分ほど。疎水に沿って進むとお寺の門が見えてきた。
こんな時、事前予約なしにいつでも拝観可能というのはとてもありがたい。
本堂に入るとすでに解説が始まっており、空いている席へ。
わわ。目の前におられるではないですか。国宝の十一面観音立像だ~♪
ひとめ見ただけで惹き付けられる美仏。本やネットの情報を読んで勝手に
想像していたよりはるかに素晴しかった。
解説が終わると観音さまのまわりを自由に眺めることができる。光背がない
ため360度の角度からぐるっと。
腰をくいっと捻り、正面や真後ろからみるとほっそりしてみえる体だが、横
から見ると意外に厚みがある。前傾し、右手が長く、衣は後方に翻る。
特に左斜め後ろからの眺めは本当に美しく、少しでも早く行って手をさしの
べたいという救いの観音さまの慈悲の心をそのまま表したお姿にただただ感
動し、見惚れてしまう。
さらに頭上に十面ある化仏のひとつひとつの緻密で行き届いたつくり。その
いきいきした表情。彫った人のその気魄に圧倒される。事前にアップ写真に
よる解説があった通り、真後ろにある暴悪大笑面の不気味な笑顔が忘れられ
ない。本来なら見られることのないはずの真後ろの顔になぜここまで気持ち
を込められるのだろう。すべてお見通しだ!という笑いなんだろうか。
同じ堂内、隣りには重文の大日如来坐像が。金剛界ではなく胎蔵界のほうの
如来さまは珍しいとのこと。他に小さな十一面観音も。
解説の途中だったこともあり、再度解説を聞き、もう一度ぐるり回って間近
でたっぷり見せていただいた。
※事前予約なしで拝観可能。生解説付き。300円。

●己高庵で食事
とりあえず木之本駅まで移動し、レンタサイクルで自転車を借り、あとの
3つのお寺+1つの仏像館をめぐることに。
レンタサイクルの窓口で行きたいお寺をいうと、地図に書き込んで説明し
てくださった。その通りに行けたので大変効率よく行けた、途中までは。
まずは、己高山のふもとにある己高庵でランチ。温泉のある宿泊施設だが、
軽食だけでもOK。ここで作戦会議をして残りのお寺めぐりへ。


■己高閣・世代閣


たくさんの仏像を安置した「己高閣・世代閣」は己高庵のすぐそばだった。
己高閣には鶏足寺ゆかりの宝物、世代閣には湖北最古の寺である旧戸岩寺
の宝物をそれぞれ収蔵。
鶏足寺の十一面観音立像は頭と胴体の作者が違う。行基が彫ったとされる
仏像の頭を最澄が見つけ、胴体を自ら彫ってつなげたといわれる。鶏足寺は
廃れ、鶏足寺にあった観音さまは飯福寺で祀られていたが、昭和に入って
その本堂も焼けてしまい、現在はこの収蔵庫の宝物が残るのみ。
※事前予約なしで拝観可能。生解説付き。己高閣・世代閣両方で500円。

「石道寺に行くなら、階段があるから手前の東屋に自転車を置いて上がっ
たほうがいい」と己高閣でアドバイスをいただいた。その通りだった。
己高閣からは田んぼの畦道のような道を通って東屋に。
自転車を止め、森の小道を歩いていくと、仏飯寺(鶏足寺)跡への参道や
茶畑があったり、「熊出没注意」の看板も!



■石道寺

森を抜けると観音堂があった。ほんとうにこのお堂だけが建っている。
ちょうど先に入られた人があり、村の人がすでにお厨子の扉を開けてくだ
さっていた。昼間の自然光のため堂内がほの明るく、厨子の中には赤い唇
の十一面観音さまが。暗い厨子の中にぽっと野の花が咲いたような可憐さ
があった。
前へどうぞ、とお声をかけて頂いたので、近づいてみると、まるで生きて
いるようなみずみずしさを感じた。写真や映像で見るより実物の観音さま
のほうが断然素晴しいし、一段と優しい笑みをたたえている。
白洲正子さんの描写をはじめ、多くの人が触れているように、この観音さ
まは右足の親指が地面から少し浮いている。それは少しでも早く救いたい
という気持ちを表現したものなんだろうか。
歌舞伎で親指を立てるのは、このような観音さまの造作から来ているので
はないだろうか。気がはやるといういう思いが親指にこめられている。
ただ、歌舞伎では蘇我五郎のように指を立てることで力強さを見せつけて
いるのに比べ、観音さまたちは親指をそっと浮かしておられることで慈悲
の心が伝わってくる。
とてもお名残り惜しかったけれど、先に進まねば。
※事前予約なしに拝観可能。村の世話方の人がいてくださるので安心。
月曜がお休み。拝観料300円。

■充満寺(西野薬師堂)
到着後に電話すること。そう聞いていたが、遅くなりそうだったので行く前
に電話をしてから向かった。
世話方の人が薬師堂から現れ、声をかけてくださった。お厨子の扉はすでに
開いており、テープによる解説を聞かせていただきながら前を見つめていた。
赤漆を塗った赤い仏像二体。向かって右におられるのが薬師如来さまだが
薬壷を持っていない。江戸時代に修理した黒い手は阿弥陀仏の印を結ぶ。
が、諸事情を考え合わせると薬師如来と判断できるとの解説。
十一面観音さまは男っぽい端正な顔。頭上面のうちのはずれていたものが
数体見つかり、仏像の足下に置かれている。
■赤後寺
到着後に電話。ひと足先に着いて連絡してくださった方といっしょに、案内
されるままお堂に入った。村の世話方の人から先に説明を聞き、テープで
流れる説明を聞いてから扉をあけていただく。
説明でおいたわしいという言葉を使われた意味が初めてわかった。十一面
観音さまの手先がすべてとれてしまっている。聖観音さまの足も。これは
賤ヶ岳の合戦の戦渦を避けるために村人が近くの赤川に沈めて何度も隠し
たため。隠す時に使用した枕石も残っている。おいたわしい、とは私は
思わなかった。土地の人々と苦難をともにし、自らの体に刻まれたお姿に
は心打つものがある。黒漆の肌がつややかに光っていたのが印象的だ。

12日
★藤森神社
★矢田寺

19日
★上賀茂神社
★正伝寺


★常照寺


赤い「吉野門」をくぐって境内へ。
ここは吉野太夫のお墓があり、また灰屋紹益・吉野太夫の比翼塚もある。
二人のロマンスは歌舞伎でも有名、と説明書きにあったが、その演目が
わからない。ネットで調べたら「桜時雨」とのこと。大正の新歌舞伎で、
十一代目仁佐衛門によって初演され、十一代目は主役の灰屋紹由(父親)
役で、十三代目は紹益を演じたそう。
さらにデータを調べてみると、1971年新歌舞伎座の「さくら時雨」が最後
の上演で、そのとき紹由が十三代目、吉野太夫が秀太郎さん、三郎「紹益」
が我當さん、本阿弥光悦が四代目菊次郎、近衛応山公が十七代目勘三郎さん
となっていた。
松嶋屋のお家芸だったとも言われているようで、お寺には松嶋屋の役者さん
たちの名前が書かれた真新しい卒塔婆が数本あり、今なおこのお寺とご縁が
あるらしいことがうかがえた。

26日
★善峯寺






十輪寺(なりひらでら)




<6月>
8日
■箕面の滝 周辺散策

16日
★金戒光明寺
★真如堂

30日
あじさい寺と大和郡山散策。
●矢田寺(矢田山金剛山寺)






7月10日まで開園中のあじさい庭園と、お地蔵さま拝観のため、特別拝観
最終ギリギリの6月30日に矢田寺へ。
ここは日本の地蔵信仰発祥の地。創建は飛鳥時代。
大海人皇子が壬申の乱の戦勝祈願のため矢田山に登り、即位後の白鳳4年
に七堂伽欄48カ所坊を造営したのがはじまり。
特別公開の本堂で、今は脇侍となっている十一面観世音菩薩さまが最初の
ご本尊だったそう。満米上人により地蔵菩薩立像が安置されてからは、
お地蔵さまがご本尊になったとのこと。
このお地蔵さまは杖を持たず、阿弥陀如来の来迎印のように右手の親指と
人差し指を結んでいることから「矢田型地蔵」と呼ばれる。本堂のもう一体
の脇侍は吉祥天立像。三体が特別に拝観できた。
「矢田地蔵縁起」(重文・奈良国立博物館寄託のコピー)を見ながら大変
興味深いお話をうかがった。
(個人的にお寺や神社の縁起・伝承を聞くのが大好き♪)
地獄で審判に悩む閻魔大王のために、小野篁が矢田寺の満米上人を紹介。
上人が閻魔大王に菩薩戒を授けたところ、お礼に地獄を見学させてもらった。
すると地獄にいてもなお人を救済しようとするお地蔵様を見て感激、ぜひ
矢田寺に来てほしいと請うたが、自分は行けないので自分に似せた像を彫り
なさいとのお答えが。上人はさっそく帰って彫ったがうまくできない。
そこへ春日大社から4人の翁の姿に化身した神様が飛来し、代わりに仏像を
彫った。それが現在のご本尊で、本堂のちょうど裏側には満米上人が彫った
とされる試のお地蔵さまが祀られていた。



ちなみに、境内には幾つかの有名なお地蔵さまが立っておられるそうで、そ
のうち味噌なめ地蔵、北向き地蔵、見送り地蔵の三体が確認できた。
参道を下りる途中、背中を向けた像を発見!前に回って納得した。
「矢田地蔵縁起」の4人の翁が帰る際に置いていった見送り地蔵に違いない。
微笑をたたえ人の往来を見守っている姿がなんとも素敵でしばし去り難かった。

●源九郎稲荷神社


前日、地図上に「源九郎稲荷」の名を見つけ、なんだか歌舞伎に関係のあ
りそうな名前! と内容は調べず、とりあえず位置だけ確認しておいた。
というワケで、矢田寺の後は近鉄大和郡山駅の近くをウロウロ。
洞泉寺周辺はもともと遊郭があったところ。いまもその名残りをとどめる
建物群があり、そのうちの幾つかは改装して店舗になったり、現在もとき
おり会食等に利用されているとか。



そんな風情ある町並みの一角にお稲荷さんがある。ここは日本三大稲荷の
一つに数えられ、本殿にはあの「源九郎狐」がお祀りされているそうだ。
説明書きによると・・・
源九郎判官義経を守護した功績により、「源九郎」の名をいただいた『白狐』
を「源九郎狐」と呼び、この神社の祭神としてお祀りしてあります。
とのこと。
4月の第1日曜日には源九郎稲荷春季大祭が開かれている。
神社に掲示されている由緒大要から歌舞伎に縁のある箇所を抜き書きすると
「千本桜の狐忠信とて世に伝うるも此の神の事なり」とある。
天正年間に豊臣秀長が郡山城主の時、深く崇敬し、城の守護神として斎祀し、
戦火の厄災を免れた、という意味のことも書かれている。
絵馬まで白狐さんだ♪





驚いたのは、去年は勘九郎さんが、今年2月には猿之助さんがそれぞれ襲名
披露公演の安全祈願のためにここを訪れていたこと。
勘九郎さんが植樹した桜と梅の木があり、今年も見事に開花したそうだ。
そんな事は全く知らずに来たので、境内にある写真や形跡がうれしかった!
それらの写真を見ると、勘九郎さんは市からの招待で公式に来られた様子
だったが、猿之助さんはラフな服装でプライベートで来られた感じだった。
(写真は境内の、誰でもいつでも見ることができる場所に貼ってある。)
ありがたいことに、さらに社務所でお話を聞くことができた。
現在の猿翁さんが猿之助さん時代にやはり、ここにお詣りされたことがあっ
たそうで、当時の写真はとても若くてきれいなお顔だった。祈願のために
拝殿する姿や、狐の像の足に触れるように手を置かれ、その側に立ってい
たり、源九郎狐の幟を手にされたり。かなりお若い頃のように見えた。
今年1月と4月に現・猿之助さんの源九郎狐に感動し、涙した私は、写真を
通じて二人の猿之助さんに同時にお会いでき、またまた胸が熱くなった。
文楽の文雀さんと和夫さんも、人形といっしょにお詣りされたようだった。
大和郡山の源九郎稲荷神社、なんて濃ゆい場所なんだろう!
いまは宮司さんがおられず、地元の人々がボランティアで守っておられる
とのこと。この日はいろいろとありがとうございました!これからも皆さん
で頑張って守り続けていってくださいね。と、こんなところからですが。
歌舞伎ファンの人にはおすすめの場所ですよ~!!
かわいい狐のお面を買おうと思ったのに話しているうちに忘れてしまった。
いやん。

●郡山城跡と柳澤神社


大和郡山城の本格的な築城は天正年間、豊臣秀長によってなされた。
いまは天守閣がなく天守台の石垣だけなので見つけるのに時間がかかってし
まった。なんと最初に通った柳澤神社の奥にあった。近づくと危ないらしく、
石垣の周囲にロープが張られている。
これらの石垣には平城京羅城門の礎石や石地蔵、五輪塔などが使われ、その
一つが石造りの約90センチの地蔵菩薩立像。逆さに積み込まれているので
「さかさ地蔵」と呼ぶそうだ。他にも数多くの石仏が積まれている。
城内には高校があったり、池やお堀の周りを近所の人々が散歩したり走ったり
している。城下町だなあ。日常生活にお城のある町っていいな。
私も高校まではお城のある町のすぐお隣りに住んでいたことを思い出した。
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