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ふぅん

闇閃閑閊 ≡ アノニモス ≒ 楓嵐-風

二楽章の漸近線

2010-01-30 22:17:06 | 夜々懐想
初めて訪れた
その人の部屋で 
静かに流れていた曲


どうやら 自分が好きな曲を集めて
テープに録音したらしい
まるで 音楽のパッチワーク


「2楽章ばかりだね」
『え? クラシック分かるの?』
「いや 聞いたことある曲だけ」
『へえー 見直した! 男性にしては珍しいね』

 



きっと 僕の仕事を聞いたら たまげただろうな
それに 僕も 2楽章ばかり 集めていたことがあるんだ
でも それは 最後まで伝えなかった


『なんで 職業 教えてくれないの?』
「だって いつまで この仕事してるか分からないもん」
『変なの! 人に言えないような仕事なの?』


探るようなまなざしで
でも 少し 悪戯な笑みを浮かべて
あの時は 僕が先に視線を逸らしたんだ


浜名湖の近くの 若者が集まるダイナー
日中 ピアノ製作の修行をしながら
夜になると 僕はそこで 厨房のアルバイトをしていた


二つ年上の その人は
新人だった僕を よく面倒みてくれて
いつからか 時々 仕事の後
真夜中の遠州灘へ ドライブに連れて行ってもらった


僕は いずれ この街を去ることを知っていた
だから 触れないギリギリの距離で 
その人の優しさに 気づかないフリをして


『ケニーが ゴエちゃんは 手先が器用だって 誉めてたよ』
「へぇ そうなんだ なんだか嬉しいな」
『ねえ 実家は どこなの?』
「あ この曲 ラフマニノフとかいう人じゃない?」


その人の部屋には 
アップライトピアノがあって
本棚には いろいろ楽譜があった


でも 僕は ピアノに関心などないフリをして
なんとなく チグハグな会話をして
ちょっとだけ 緊張してるフリをして


『ねぇ なんで ラフマニノフなんか知ってるの?』
「あ 当たった? 昔から 勘だけはいいんだ」
『うそ! 怪しい! 凄く怪しい!』


僕らに 三楽章は訪れなかった
まるで 漸近線のように
静かで緩やかな 二楽章のまま 離れていった


でもね 二楽章だって
ほどけないくらい からまってしまうこともあるんだ
密度はテンポだけで高くなるものじゃないんだ


あの店は まだ あるのかな
あれから 浜松に行っても あの場所へ行けないのは
あの人にだけ 挨拶もせずに 東京へ帰ってきてしまったから


それでも ずっと 気になってることがあって


あの人の弾いてたピアノは
どんな音が してたのだろう
ピアノを造る街で ピアノを弾いていた人


ふうん