萬蔵庵―“知的アスリート”を目指すも挫折多き日々―

野球、自転車の旅、山、酒、健康法などを徒然に記載

ペットボトル考

2007年07月20日 | 日々の記録

<通勤途中のペットボトル回収状況。皆、言われた通りに分別してるが・・・>

子どもの頃、水はタダ(無料)だった。家や学校でノドが乾くと水道の蛇口から出る水をグビグビと飲んだものだ。いつの間にか、水道の水はまずくて危険とされ、市場にはペットボトル入りミネラルウォーターが蔓延している。最初の頃(1990年代だったと思う)は、水に金を払うのに抵抗があり、お茶などを買っていた。それが今では躊躇無くペットボトル入りの水を500mlあたり120円で買っている。

以前、数人の小学生が駅のホームの水道水を呑めるかどうか“肝試し”をやっているのに出会ったが、それ程、水道水は嫌われている。本当に水道水は危険なのか。企業やマスコミに踊らされて、タダだったものに金を払わされているのではないか、と疑いたくなる今日この頃である。


気がついてみると我々の生活の中に「ペットボトル」は欠かせないものとなっている。分別して週に一回出しているが、ご近所もかなりの量の空きペットボトルをゴミ集積場に出している。回収は週一であるから、それまでは自分の家のどこかに置いておかなくてはならない。結構なスペースを取ってるだろうと想像する。また、見た目も清潔感がないので家の中では邪魔者扱いだろう。

通勤途上の練馬区ではペットボトルの中身を洗って、外側のフィルムを剥がして決めれたケースに収めている。(写真参照)専用ケースは早朝、区の清掃担当者が決められた場所に置いておくらしい。何時間後かにまた回収に来るのだそうだ。住民も区の職員もともに手間が掛かっている。住民はタダ働きだが、区の職員の手間には税金が使われる。

前から気になっていたのだが、全国4000万世帯から出るペットボトルはどう処理されるのだろうか。本当にリサイクルされているのだろうか。

そんなことが気になっていたので、「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」という本を読んでみた。近いうちにご紹介しようと思っている。

「ペットボトル考その2」につづく

コメント
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