アイ•エフェクトじゃけん

　眼球は文字どおり球体じゃけん。

じゃけん、ガスが溜まった部分は丸〜く目に映るけん。

この透過率の低い部分は凸レンズ状で、ピントのあう距離も違うけん。

それで視界の中に、丸く暗い画像が浮かび上がって見えるけん。

このいまの状況を説明するとのう……、



度のあわない片眼鏡をかけとるの、イメージするといいけん。

……、

う〜ん、片眼鏡なんて使こてるひと見たコトないのう。

アルセーヌ•ルパンくらいしかおらんじゃろ。

そもそもなんで、メガネ片方だけなんじゃ。

どうやって顔に貼りつけとるじゃろ？。

まーよう分からんが、なんかオシャレなカンジじゃ。

……、



妄想ちう。

カオがダイジじゃけん

　術後の経過も良好で、やっとフロと洗髪と洗顔の許可が出たーっ！。

それと、これまで２４時間つけとったゴーグルも、外出時だけでよくなったけん。

それで外してみてびっくりじゃ。

右眼のまわりにアザがついとる……。

手術の時についたんじゃろか？。

けっこう力づくでやっとったんじゃなぁ。

まーどうせ外出の時はまだゴーグルせんといかんけん。

わしの素顔をさらけ出せるそのひのために、オハダを磨いておきますけん。



そうはいったものの、まだ目も充血しとるけん。

もちょっと慎重にいかんとな。

それでフロ場に乾いたタオルを置いて、目のまわりについた水滴を拭きとるコトにしたけん。

髪を洗っては拭き、顔を洗っては拭きで、目に水が入らんようにな。

ちょっとメンドーじゃが、１週間ぶりに顔が洗えたけん！。

キモチいーっ！。

あんまりごしごしできんのじゃが、とにかくアカが落ちた。

むふふ、ビューティフルなわし……。

このまま浴槽に飛び込んで、全身磨きあげるけん！。

フロ、サイコーじゃ。



フロ上がりの美しいわしを鏡に映してみたけん。

ああ、やっぱりアザが気になるのう……。

瞳にしみるけん

　この大学病院に限らんのじゃが、外来の待ち時間ホントに長いけん。

このひ１０時の予約だったんじゃが、終わったんは午後1時ごろ。

検査や問診の時間はほんのわずかじゃ……。

術後の経過は良好で、ガスも抜けてきとるけん。

ただ、眼圧が少し高いそうで、眼薬が追加になったけん。

ジツはこれまでの眼薬は３種類、もともとは２種類の予定じゃ。

感染症を抑えるものと術後の炎症を抑えるものじゃが、その炎症がひどいいうてひとつ追加されたけん。

この３つをひに4回、忘れないようにチェックシートに書き込みながら点眼するけん。

キチンとクスリが沁みて流れださんように、それぞれ５分おきに差さんといかんけん。

つまり１回の点眼で１０分以上かかるのじゃ。

それが〜……、



増えたのう……。

５分おきに５種類差していくと、最短でも２０分じゃけん。

ひと仕事じゃなぁ。

それはそうと、調剤薬局で副作用の説明を受けたけん。

眼圧用のひとつは、点眼後にすぐ拭き取らんといかんそうじゃ。

ほっとくと、まつ毛が伸びるらしいけん。



ええっ？。

ユージュアルフィアーじゃけん

　自宅でも安静にせんといかんけん、テレビを見るくらいしかできん……。

だらだらワイドショー観とったら、救急車にあおり運転する事件やっとる。

救急車は確かにゆっくり走っとるけん。

んでも、それは搬送者を衝撃から守るためなんじゃな。

それが理解できんこの運転手は、とっとと捕まえて罰せんといかん！。

剣山を敷き詰めた救急車に縛りつけてＷＲＣラリーをする刑がいいけん。

んでも、救急車ってイマイチ理解されとらんのう……。

以前に同乗して体験したんは、歩行者の横断のためにいちいち停止せんといかんかったコトじゃ。

ゆっくりくるけんその前にと思うて渡るんじゃろけど、もっと気づかわんとな。

歩行者にもそんなマナーが必要じゃけん。



手術から１週間の４がつ７にち、ホントならきょうの検診で退院の可否が決まるけん。

すでに退院しとるわしは、バスや電車を乗り継いで病院にいかんといかん。

久しぶりの外出じゃが、シャバがこんなにキケンとは思わんかった……。

バスの乗降口や駅の階段、立体感がないけん足を引っかけそうじゃ。

慎重に歩かんといかん。

じゃが、イチバンの脅威はナニかっちうと……、



歩きスマホじゃけん。

乗車口や階段と違うて、向こうからぶつかってくるけん避けようがないのじゃ。

わし自身いままで気づかんかったんじゃが、障害のあるひとは日常にこんな脅威があるんじゃなぁ。

マナーちうのは相手を思いやるキモチ。

ちゃんと意味があるけん。



電車で女子高生に席を譲られたけん。

この優しさがうれしいのう〜……。

女子高生サイコーじゃ、世界ぢうのオナゴが女子高生だったらいいのにのう！。

金魚鉢のゼリーじゃけん

　モンダイのない目玉は、硝子体ちう液体で満たされとるそうじゃ。

液体いうても、ゼリー状らしいけん。

コレがあると網膜の手術ができんけん、網膜剥離には硝子体の手術がセットになっとるけん。

要するに、満たしとる液体を抜いてしまうワケじゃな。

ただ、眼球がからっぽだと網膜が貼り付かんけん。

じゃけんガスを封入して、硝子体が元通りになるまで圧力をかけるワケじゃ。

硝子体は時間をかけて回復するけん、その過程でフシギなものの見え方になるけん。

視野が、硝子体とガスの２層になるのじゃ……。

ガスの透過率は硝子体より低いけん、水中メガネで見たようなカンジじゃ。

手術からそろそろ１週間、この層の境界がだいぶ下がってきたけん。



金魚鉢越しに見とる風景に似とるのう……。

しかもその上下でピントの合う距離が違うけん。

この状態を保ったら、遠近両用メガネいらんなぁ。

それはそれでベンリそうじゃが、全体にぼやけて見えるけん。

左右のバランスもとれんけん。

んでも、だいぶクリアに見えるようになったけん、コレでエッチな画像も楽しめるのう！。



ああ、カンジンなトコロに境界が……。

ニジゲンじゃけん

　ニンゲンの眼は左右についとるけん、ふたつの画像を見とるのじゃ。

そのわずかなズレは脳内Photoshopで補正してひとつになるワケじゃあないけん。

このズレで、距離感や立体感を生み出しとるのじゃ。

そんな当たり前のコトを実感するのは、3D映画を観る時くらいじゃけん。

現実にリアルな世界を見とるのを、いまのわしは確実に実感しとるけん。

そりは、バーチャルリアリティーの世界におるようなカンジじゃ。

実際はそれが逆転しとる世界、現実世界にバーチャルなわしがおるのじゃな……。



ココんトコ、タブレットでお絵描きしとるんじゃが、コレがうまく描けんけん。

スタイラスペンが狙った場所に置けんのじゃ。

同様にタッピングも少しズレて、タイプミスを繰り返しとるけん。

かすかに見える右眼を使うても、片目で見ても大差ないのう。

いまのわし、ニジゲンとサンジゲンの狭間におるんじゃな。

この状態じゃあ出歩くのもままならんけん。

じゃけんリハビリのつもりでお絵描き続けるけん。

露出が多いのは、特別カンケーないのじゃ……。



モラルの面で社会復帰できんかな？。

スウィーニートッドの黒いカミソリじゃけん

　退院はしたものの、本来はあとよっか入院せんといかんのじゃ。

家に戻ったところで、安静であるコトに変わりないけん。

首下までのシャワーは大丈夫になったんじゃが、その上は汚いままじゃ。

フロや洗髪はもちろん、顔を洗うコトさえガマンせんといかんけん。

どうせゴーグルしとるし、傍目には汚いのわからんかも知れん。

んでも、ヒゲが伸びとるのははっきりわかるけん……。

洗顔ができればフォームをつけて剃れるんじゃがのう。



買うた……。

電気シェーバーは、わしのダンディズムに反するけん……。

仕方ないと思いながら、刃物に向き合うスリルを捨てた〜。

復讐のために客のノドを切る理容師の有名なミュージカルがあるんじゃが、

この黒いカミソリは、わしのプライドを斬り裂いてくれたけん。

ヒゲくらいでプライドもナニもないもんじゃろうが、とにかく威厳を捨てさった。

金曜日までは、ただのおっさんじゃ……。



この電気シェーバーって、意外とメンテナンスが大変じゃな。

やっぱりT字カミソリを使うけん。

モア シリアスじゃけん

　わしの治療いうたら、眼薬を差すだけじゃ。

じゃがコレが結構難しうてのう……。

なにしろよう見えとらん目に差すワケじゃけん、狙いが定められんけん。

差す量よりこぼれる量の方が多いけん。

四苦八苦しとった昼下がり、院内放送が流れたけん。

救急搬送でヘリコプターが着陸するけん、周辺が立入禁止になるそうじゃ。

空路で搬送とは、どれだけの症状なんじゃろ？。

それは判らんのじゃが、重症には違いないけん。

この病院は救急指定で、エントランス横のERにもひっきりなしに救急車が乗りつけとる。



わしの病室と同じフロアには眼科の検査室があるけん、眼科の病棟だと思うのじゃ。

じゃが、同室の患者さんで眼を患うとるひとはおらんけん。

胆石とか腫瘍とか、消化器の疾患らしいのう。

眼科医から重症といわれたわしが、ココではイチバン軽症じゃけん。

しかし、そんなひとたちがどうしてわしと同室なんじゃろ？。

たぶんじゃが、アレだと思うけん。

新型コロナの病床確保じゃ……。

パンデミックの医療機関への負担ちうのがココにあるけん。

ニュースなんかで目にしとるコトじゃが、こうしてリアルに体験しとるんじゃなぁ。

そしてわし自身も、コロナ禍の影響をまともに受けるハメになったけん。

網膜剥離の入院は通常１週間じゃが、なんとみっかで退院させられてしもうた。



４がつ４にち、冷たい雨に煙るシャバに戻ってきたけん……。

入院食じゃけん

　わしにとって、入院するとどうしても避けられん試練があるけん……。

入院案内を読むと、一応リクエストはできるようなんじゃが……。

じゃが、同室のおじさんが点滴で栄養補給しとってのう……、

何にちも食べとらんその横で、おニクが食えませんとはいえませんけん！。

そんなわしを試すように、次々とニク料理が出てくるけん。

まーざっと、こんなカンジ。

ハンバーグにキノコのソース。

焼豚の野菜あんかけ。

豚肉の卵とじ。

豚肉と野菜の煮物。

ロールキャベツ。

……、

んで、どうしたかっちうと……、

フードロスが叫ばれとる折に許されるコトじゃないんじゃが、残してしもた……。

いや、食事そのものに不満はないんじゃ。

一般的に味気ないといわれとる入院食じゃが、この病院はしっかりした味つけがされとるけん。

それに、あったかい食事はそれだけでココロ癒されるのじゃ。

わしの嗜好にモンダイがあるのは間違いないけん。

せめて、こーゆーメニューが続いてくれたら毎にち完食なんじゃが……。





いや、ゼータクはいえんけん……。

もの足りんけどガマンせんといかんけん。

退院したら、思う存分くるくるスシ屋で食うてやるのじゃ！。

病棟遊泳じゃけん

　絶対安静で１にちの大半をうつぶせで寝とるワケじゃがのう。

それでもトイレにはいかんといかんし、検診は検査室でやっとるけん。

網膜がまだくっついとらんいま、転んで衝撃を与えたりできんけん。

意識して慎重に動いとるのじゃ。

立ちくらみなんかはなさそうじゃが、視野が狭い分足元にはちう意がいるけん。

病棟の廊下は安全に気づかっとるけど、こっちはほぼ片目で立体視ができんけん。

ドアノブが掴めんとか、トイレットペーパーに手が届かんとか、そんなコトを繰り返しとるのじゃ。

コントみたいじゃけん。



目玉に入っとるガスのせいかも知れんのじゃが、右眼の見え方に既視感があるけん。

像の歪み方とか、色調やコントラストがなぁ、どっかで体験しとる……。

はっと気づいたんは、スノーケリングでマスク越しに見た海中じゃ！。

いまのわし、ちょうど海中を動いとるようなカンジじゃけん。

そもそもこの緩慢な動きが、海中っぽさを表しとるのう。

この病棟の中を遊泳して、足腰萎えんようにせんといかん。



も少しフツーに動かんといかんな。

さくさく歩けるようにならんと、退院してからが大変じゃけん。