五高の歴史・落穂拾い

旧制第五高等学校の六十年にわたる想い出の歴史のエピソードを集めている。

四面白衣・・阿蘇道場日誌から

2012-11-03 04:33:14 | 五高の歴史

2012年も11月の声を聞き急に寒さを感じるようになった。ここでは再び阿蘇道場日誌を掲載することにする。昭和十八年の日誌から・・・・

  写真は道場で生徒が書いた勅語と道場室内の様子

この時代文章に美辞麗句を作ることが盛んであったのか、白銀の世界を「四面白衣」と表している。
添野校長の講話は道場では知識を受けるところ則ち勉強するところではなく自分を人間として磨くところであるとの話は、現代にも相通じる所もあるようだ。

旧制高等学校の歴史を振り返ると四月から新学期を迎えるようになったのは大正十年からである。それ以前の新学期は九月からであった。此処では阿蘇道場の日誌を再び掲載することにした。阿蘇道場は精神的な修養の場である。昭和十八年一月九日ではその若者が精神的に苦悶し悩んでいる様子が窺える。

一月九日 晴
数日前飯島先生の作業の時間、先生の「世の中の指導者になり得る自信のあるもの挙手すべし」の言に手を上げたもの文科一年生八名、理科一年生八名、合計十六名(天藤、栗原、森、上野、辻、山根、岩永、牧、安田、荒牧、尾畠、カレノ橋、林、郷、石田、白山、)に対し然らば実際に於て、その実の真偽を試さんと本土曜より、明日曜にかけて、内牧町内一円を試験の道場として、その行動を試すべく、午後二時龍田口発仝三時半内牧着、理科二年三組高橋も自己を試して見るべく又先生のお手伝いをさして戴く可く、同行す、龍田口駅を出発する際にも、内牧駅に到着した際にも先生より種々の御注意があり、指導者であると云うことの意味、八紘一宇とは其処、処との者とに完全に一体になり切る、総ての利害、得失、悲喜が、融通して完全に自他の区別が区別でなく、すらすらとで行ぜられることなど、色々お話になる。


丁度内牧駅に下車した処がプラットホームに一組の老夫婦が八つの大きな荷物に手をこまねいて困っている。吾等一同気がつかなく看過して行く、飯島先生も之を逸早く認めて、その荷物を吾等が運ばせて戴くことを申し入れらる。
此所に於いて先ず吾は指導者たるの資格に見事に落第、「知らずに気が付かず通り過す」と云うこと、即ち「人の困難がそのまま自己の困難にならない」と云うこと自他が完全に離れていることの実際を見せつけらる。持って上げたくならかから、持たなかったのではない。気が付かないのだ。即ち吾々が所謂坊ちゃんだからである。とにかく飯島先生の御指示に依りその荷物を内牧町の老夫婦宅まで届ける。

その後一同は内牧町にある火山温泉研究所に集合、七時の夕食まで約一時間各自、町内の民家へ行き、夕暮の多忙を少しでもお手伝いする可く出かくお寺へ行くもの、宿屋へ行くもの、一般民家に行くなど、一同、真面目に本化して約一時間後再び同研究所に引上ぐ。此処の所長南波さんの御親切に依り玄米食を戴く事であったが、近所の町内の方々からお米を戴いたので所長奥様仕方なくそれをたいて下さる。}(注;先生方の昼食の事也)一同空腹だったので、夕食のタクアンをも全部戴いてしまった。食後高橋一同に「何故吾々は御飯を戴かねばならぬか、何のために吾々は生きているか」を真剣に答えたことがあるかと質問す、一同唯沈黙、夕食後は梨が与えられた。それは先程、老夫婦の荷物を運んで上げたためだろう御礼の一端をとお与え下さったものである。吾々は此所に求めずして自然に戴く迄と知る。果を求めず他のために自己を行じ盡すことの有難さがわかるのである。これから一同は町営温泉に沐浴し、九時頃四方に別れて各町家に投宿す。杉原様方(天藤)、得能薬店(栗原、上野、森)、寺本雑貨店(辻山根)、二の宮文具店(岩永、牧)、満徳寺(安田、荒牧、広島、カケ橋、林、郷、右田、白山、高橋)、今宵から順転まで其処を道端として頑張るのである。
客人ではなく其処の家庭人、家族に完全に成功することが果して出来るであろうか、そしてとゆとりとを以て充分タを生かす仕事が進歩して出来るであらうか。

 

一月十日 晴 暖かし
昨夜十時前四班に別れた一同は、各家に於いて朝の掃除やら種々の手伝いに精を出す。満徳寺に投宿の一同は朝、飯島先生を加え約二時間の掃除の渡佛殿の前に参列、拝礼、歎異抄を読経講釈さる。商家に入っては商家に従ひ、佛に入っては佛に従い・・・そのものになりきる先生の御行動に一同感激する。朝食を戴き一同は再び、火山温泉研究所に集合、内三名は再び町営温泉へ奉仕作業に行き、残りは研究所横の石垣築きの土堀を手伝う、一同話さえするものなく黙々と働く、仕事が見る間にはかどる。十二時にこの奉仕作業も、町営温泉に奉仕に行ったものも此町に帰り、この研究所にてお風呂に入れて戴き、直ぐ昼食をとり一同帰路につく。午後二時内牧駅発。龍田口駅を下車して一同に飯島先生は「まだ皆駄目である。・・・・・・・」之だけで一同は反省三省すべきである。

いわゆる今で言うところのボランテイア作業であろうか、飯島先生は禅の主導者であり道場部長である。阿蘇道場に出席した学生はよく頑張っている