モゲログ

汎発性脱毛症になりましたが元気です。自分のこと、家族のこと、子どものこと。家づくり育児ブログ??になってきました。

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モゲログの真実

2010-11-24 23:16:26 | おわり
2010年11月24日(水)

 今日がどんな日かっていえば、韓国ソウルから100キロほどしか離れていない
ヨンピョン島への砲撃の余波が広がっていて、どこかの県では兄が妹を刺殺した日だ。

 もし何気ない日を過ごしてしまったとしても、それを悲観するのはやめよう。後悔のある一日だったとしてもそれを憂うのはやめよう。自分の生活空間は無傷なんだから。世界の大事よりも、自分の身に大事が起こったとき、やっと人は危機感や絶望感をもつ。テレビのリアルは、本当の自分の感覚に迫ったリアルではないからだ。
 
 大変なことが起こりました。でも、それは隣国のことでした。
 また、大変なことが起こりました。でも、それは隣人の話でした。

 自分のリアルを、他人に求めてはいけない。でも、他人や違った世界のことを切り離してしまっていては、残念ながら自分の大事に対する感覚は鈍化する。それに立ち向かうすべを学んでいなかったからだ。
 自分たちのリアルを他集団に求めてはいけないと思う。
 でも、自分たちという単位が揺らいでしまったとき、他の世界を切り離してしまっていては、自分たちの真理は相対性をもって価値をもたない。

 もっと自分が賢い人間であったならよかったといつも思うんだけれどね。同じように世界中がもっと賢くならなきゃって思うよ。
 

 最近の頭皮 mogerogu38
 明日の予想 38本生えたらいいな
 
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親父さん還暦をむかえる

2010-11-10 19:01:18 | おわり
2010年11月10日(水)

 親父が還暦を迎えた。
 「沖縄に行きたい」と言っていたから、旅行券とちょっとした旅行に招待する計画を弟と考えた。そんな話をすれば、きっと多くの人は孝行息子と自分のことを言うだろうけれど、それは少し違う。
 父親が事故にあったのはいつだか覚えていない。それは、自分が記憶もあいまいな年だったからだ。物心ついた時には、見えにくさを抱えた父がいた。中学生までは自転車に乗れた父も、自分が高校へ上がるころには乗れないほどに視力低下し、大学を卒業することには一人で歩行をすることが困難な状況にまでなっていた。
 でも、父は普段と同じようにできることをし、自分の生活を保とうと努力をしているようにも思えた。自分の障がいを認めまいと、PTAの役員だってやった。
 まあ、そんな頑固親父だ。

 自分にとっての父親は、いつでも対立する「大人」という壁だった。自分の進路や、やりたいこと、すべてに文句を言った。文句を言うのが趣味なのかとさえ思った。時にはけんか腰で、声を荒げながらお互い不機嫌になった。

 今では知識も体験も父とは遜色ない年齢となった。でも、なぜか父親を超えたと実感することはできない。唯一の「大人」を追い越すことは、もし年齢を追い越したとしても、実感として自分には持てないだろうとなぜか思う。

 昔、五木寛之がこんなことを書いていた。
「僕は、親孝行なんてものはいらないと思っている。それは、子供が生まれ、健康に育つ。それがすでに親孝行になっているんだから。」
 もちろんこれは、父親としての意見であるところにパラドックスが隠れている。
 
 しかしながら、今日父へ感じるのは、親孝行の気持ちではない。
「大人」としての父親へのただのお祝いの気持ちだ。でも、それは唯一の気持ち。自分にとっての「大人」は一人しかいないのだから。
 へ理屈と言われればそうかもしれない。でも、自分は親孝行をしているなんて一切思ったことはない。自分は自分のために、自分らしく生きる。親のために生きているわけではない。

 保育園の卒業アルバムにはこう書いてある。

「自分のために生きろ」父より

 もっとほかに書くことはなかったのかよ・・・
 あんまりおもしろくない話。

今日の頭皮 髪の量は負けたぜ
明日の予想 出張だ
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未来予想図 part moge

2010-11-08 21:17:08 | おわり
2010年11月8日(月)

 綺麗なというか、ちょっと不気味な夕日でした。
 仕事終わりに西の空を見上げれば、段々畑のような厚い雲の層が重々しい立体的な姿を見せています。天気は西から、というように先月この写真を撮ったときには、台風が近づいていました。
 西の空を見て天気が簡単にわかるように、ちょっとした兆候や変化から未来を見通すことができればどんなに生きやすいでしょうか。でも、残念ながらそんなに簡単ではありません。産毛が生えたからといって発毛が進むかっていえば違うということですね。

 よく、高度経済成長のさなかに「未来の○○はこうなる」とか、少年誌に「未来予想」といった記事がありましたが、なんと明治時代にも同じような未来予想の記述があったということです。
 1901年(明治34年)の「報知新聞」に掲載された、その未来予想にはこんなものがありました。まず、見事に実現したものから。

 ○無線電話で海外の友人と話ができる
 ○七日で世界一周ができる
 ○馬車がなくなり、自転車と自動車が街にあふれる。
 ○電気の力で野菜が成長する

 明治人のイマジネーションの豊かさが垣間見えます。では、少し面白いいもの

 ○蚊やノミが滅亡する
 ○動物と会話ができるようになり、犬が人間のお使いをする。

 なんだかドラえもんの世界のようですね。当時の人の必要感というか、望みや厄介なものがわかってきたりします。さらには、写真のような不気味な夕日を想ってのことか、こんなものがありました。

 ○台風を一カ月以上前に予測し、大砲で破壊できる。

 私はよく人間の想像力や進歩はもう打ち止めなんじゃないかって、ふと思うことがあります。でもそれは、私たちの便利さや幸福を追求するためだけの技術の分野でそう思うだけ。そのほかの様々な分野において、想像力や良い意味での進歩史観はまだまだ人類の発展のエネルギーでもある。いろいろな犠牲の上に私たちは文明化し、さまざまな技術を享受してきたのだから、今度は、今までの偏った進歩で生まれた歪やほころびを解決してゆかねばなりません。本質的な人類の進歩と進化は、今日的な多くの困難や課題を解決する一助となることは確かです。
 そんなことを考えて、明治人の思考に思いを巡らすのも面白いんじゃないでしょうか。


 未来予想 毛がふさふさになる薬が開発され、ハゲが絶滅する。いや、むしろハゲが貴重でみんなハゲ=かっこいいという価値観が芽生える。(2010年 モゲログ)
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