モゲログ

汎発性脱毛症になりましたが元気です。自分のこと、家族のこと、子どものこと。家づくり育児ブログ??になってきました。

セブンスがあればそれはそれで素敵

2010-09-29 22:42:48 | おわり
2010年9月29日(水)

 ワインは認知症の予防になるそうです。
 ポリフェノールが脳みその奥のほう海馬に刺激を与えるというメカニズムのようです

だから自分の老後は好きなワインを飲んで、ギターでブルース弾いて、スロットに行って若者に交じって、夜は読書。・・・理想やな

 だから何かというと10年後の自分や20年後、老後の自分にイメージを持って日々の暮らしを送っていくってことは、とっても重要なんじゃないかって思うんですよね。少なくとも体感的な人生は半分終わっているような気がするし、見通しを持って常に夢や目標をもっていきたいですね。

 今、あなたの夢はなんですか??

 『僕はカーリーヘアーにすることだよ』


 おやすみなさい

 今日の頭皮 ツイッターってすげー
 明日の予想 寒い日になりそう
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CとFとGが弾ければたいていOK

2010-09-25 22:25:44 | おわり
2010年9月25日(土)

 半そででは肌寒い季節になってきました。日の日差しは強くとも吹く風がとても冷たく感じます。今年はラニーニャ?現象によって「寒い冬」になりそうだとニュースでやっていました。急激な気温の変化は頭皮にもよくないのかもしれません。そろそろニットの準備を始めないと。やく2年近くがたとうとしていますが自分が持っているぼうし類はなんと10個以上。そんなところで楽しめたらと思います。
 3度目のスキンヘッドの冬をどう乗り越え、また自分はどんなことにきづかされるのか。何事も受容する時間は大切ですが、その次の段階を目指していきたい。受容することができればいいのではなく、自分のセールスポイントや能力を積極的に外に向けて発信していくことが必要です。
 つい先日地方番組のキャスターの方と以前仕事をご一緒した縁で飲んだのですが、彼女も「マスメディアは賢く利用するこのが大切だ」と話してくれました。やっぱり人間は究極的に自己肯定感や尊厳、多くの承認を得たいと考えています。そのいくつかを充足させるには自分を外に売り込んでいく。不安定な自分とそんなふうに戦っていければいいな、なんて。
 いくつかわからないこともある。自分が本当におおくの承認を得たいか、不安定なのか盤石なのか。でもそれがわからないってことは意欲的な生き方の選択をする必要があるんじゃないかと思うんですよ。
 わからないことが分かるのは、わからないことを理解するための第一歩であるしね



今日の頭皮 ゆで卵
明日の予想 ひんやり卵
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「思いやり」は富士のごとく

2010-09-21 22:41:45 | おわり
2010年9月21日(火)のち

 今やどんな場所でもユニバーサルデザインにあふれ、バリアフリー化が進んでいる。
公共の施設や観光地、街のあらゆる段差はスロープにとって代わるかもしれない。

 でも、ふと考えると、環境は整ってもそれを利用する人の気持ちや、思いやりはどうなんだろう。ちょっと前までは(といっても20年くらい前かな)段差を前に車いすの人がいればそれを見かけた人がみんなでなんとか段差や階段をこえようと協力したもんだ。環境は整ってなくても、不思議とそんな光景が街のあらゆる場所で見られた気がする。じゃあそっちがいいかといえばそうでもない。多くの人ができるだけスムーズに利用できるデザインやバリアフリーはいろいろな人の自立的な活動範囲を広げることに役立っている。大切なことは設備任せにして、私たちの心を貧しくさせてはならないということだ。
 日本はたしかに多くの場所でバリアフリー化や、誰にでも使いよい環境が整ってきている。でも、それを使う私たちはどうだろう。ふとそんなことを疑問に思う。

 自分だけが良ければいいわけじゃない。本当の思いやりは心の通ったものだと思うし、そのためのユニバーサルデザインだ。そのためのバリアフリーだ。私たちの思いやりはハードとしての環境を超えちゃいけないんだと思う。
 実はこの構造は世界のあらゆる場所で根本的な理念にならなければならない。ODAの問題、発展途上国への支援、あらゆる福祉活動。

 まとまらないけれど、そんなことを敬老の日に考えました。


 今日の頭皮 おばあちゃんに会いに行きました
 明日の予想 秋だね
 

 
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そこに古墳があるじゃない

2010-09-12 21:49:04 | おわり
2010年9月12日(日)

 インドアな自分は、およそ山や川に遊びに行くなんて考えられないけれど、もし目の前に古墳があったら登りたくなる。
 でも、目の前にあったらのはなし。

 景色はとってもきれいだし、空気も都会のそれとは全然違うのも魅力的。
 でも、やっぱり目の前にあったらのはなし。

 
 

 今日の頭皮 髭が黒くなってきた
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ほめられれば1週間幸せに生きられる

2010-09-08 07:07:47 | おわり
2010年9月8日(水)

 おはようございます
 おはようございます
 おはようございました。

 誇れることをしたら自分をほめてあげたいと思います。
 相手を褒めるのも自分を自分でほめる時も素直にほめる。
 
 自分を認められたり、自分で達成感に浸るとこができれば一週間の仕事なんて簡単に頑張れると思うんですよ。

 
 早朝の頭皮 ひげが8本
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パチ屋と僕と時々おっさん

2010-09-05 21:48:56 | おわり
2010年9月5日(日)

 猛暑日が続き、ゲリラ豪雨が頻発しています。日本もこのまま亜熱帯化してしまいそうな勢いです。家にはクーラーがないから、こんな時は煙草を吸えて、涼しいところを探します。
 漫画喫茶?パチ屋?図書館?
 いや、図書館はもちろん禁煙ですね。

 スロット業界も出玉規制の影響で20スロだけではなくて10スロや5スロなど様々なものが出てきています。どうせ休日は回収日だからと5スロや10スロで涼んでいます。何も考えずに無心で回します。回します。ジャグやリノに癒されます。打ちながらの人間観察も面白いです。
 常連の人。年配の人。なぜか手にギブスをしてる人。カップルできている人。ニューパルおじいちゃん。
 どんな生活をしてるんだろうとか、仕事はなんだろうとか。

 でもどんな考えても正解は出てきません。全くの他人だからです。自分もその場の人からすればちょっと怖そうなスキンヘッドなわけで、それ以上の何でもない。 
 昔、「ウォークマンの普及によって個人主義が広がった」なんてことを言っている人がいました。それはきっと自分の空間と他人のそれを分けることをウォークマンが助長したと言うことなんでしょうか。
 でもたまにちょっと年配の人に、「7揃えてくれやぁ」と言われれば、そんな他人とのちょっとした交流に嬉しくなるのは現代のつながりの希薄さを表しているような・・・。

 ちょっと逆説的ですが、現代社会の象徴(?)である、パチンコ屋と牛丼屋なんかは特に人間らしさがあふれる空間のように感じます。自分のテリトリーや少しの居場所を求めながらも、ちょっとした人間関係が心地よい。


 今日のスロット プライスレス
 昨日のスロット +10K 
 今日の頭皮 ちょうど良く冷えた
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早起きは毛三本の徳

2010-09-04 08:34:45 | おわり
2010年9月4日(土)

 今日も暑くなりそうだなぁ・・・
 
 早起きは3文の得らしい。なんでも昔(奈良時代前半くらい)、奈良の都では、自分の家の前に鹿の死骸があると、3文の罰金を科せられたそうだ。朝自分の家の前に鹿が死んでいる確率なんてどれほどのものかよくわからないが、とにかく鹿の死骸があったら3文。そこで都の人々は考えた、「じゃあ朝早く起きて、鹿の死骸がもし自分の家にあればどこか違う家の前に持って行ってしまおう」と。うそかまことか微妙なところだけれど、そこから「早起き(朝起き)は三文の徳」という言葉が生まれたんだそうな。
 東大寺のお坊さんが言っていた話なのでまさか坊さんが嘘をつくまい。

 早起きをして、その分朝から煙草吸っているようじゃ健康とか生活習慣を気にしているとは言い難い。せめて掃除と洗濯とブログでも更新すれば三文の徳になるかな。

 そんなこと考えながら、エアコンの効いた煙草を吸える場所をさがすわけだ。


 早朝の頭皮 変わりなし
 今日の天気 常に
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となりの頭は綺麗だ

2010-09-02 23:30:28 | おわり
2010年9月2日(木)

 観測史上最も暑い夏がもう少しで終わりそうだ。確かに初めてスキンヘッドで迎えた去年の夏は、全く汗を頭にかかなかった。それなのに今年は午後になると生暖かいものが頭を伝う感覚を幾度も覚える。まだ人生2回目の夏っていうのに。

 人を最も卑しくするものは羨望だと思う。それも自分のものと比較したときの羨望だ。それは「隣の花は赤い」「隣の芝生」という言葉に代表される。同じものを比べることは難しいけれど、ないものとあるものの比較はたやすい。相手のものをいいなあと思う感覚は自分のそれと比べるのではなく、自分の持っていないものを羨む感覚だ。まだこっちのほうが健全な羨望といえる気がする。
 とかく自分の持ち物と他人の持ち物を人は比べたがる。でもそれは無意味な羨望だと思う。どんなにねだったって隣の素敵な花は手に入らない。それが素敵だと感じるのは距離をおいてみているからでもある。手入れが大変な、触るとすぐに皮膚がかぶれる花かもしれない。
 
 人と比べることは決して悪いことばかりではないが、同じ持ち物を主観というレンズのみで通し、妬みをこめて眺めることほど非生産的なものはない。
 僕らはしっかりと相手の唯一無二の赤い花を羨まなければいけない。
 
 くだらない妬みと羨望は置いておこう。
 一生の課題になりそうなくらい難しいことだとは分かっているんだけれど。


今日の豆腐 腐る前に食べましょう
最近のひげ 6本黒いのが生える
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「できる」思い込みも「できない」思い込みもいっしょ

2010-09-01 23:22:01 | おわり
2010年9月1日

 エウレカで通算5回目のフリーズを引いた時、自分の心境は複雑だった。
 毎度のことながらどんな魅力ある出来事でもその高揚感はちょっとした状況や心境で激減する。世の中がスロットの基盤みたいに完全確率で抽出されれば、どんなに平等な世の中なんだろうと考えることがある。でも残念ながらそれは平等でも何でもない。自分が世の中に働きかける分を忘れてはいけないし、サイコロで物事が決まるような簡単なことじゃない。自己決定の連続は機械的な確率には支配されないはずだ。
 二歩足で地に立って、息を吸ったり吐いたりし続けるってのはそういうことだと思う。

 物事がうまくいかないことは日常茶飯事だけれど大事なのは自分のイメージだと思う。「できない」と思い込むことと、「できる」と思い込むことは本質的には同じだと思うからだ。

 ある知人の話だ。
 その人は子供のころずっと逆上がりができなかった。体育でやったあれだ。そして、大人になってもずっと自分は逆上がりができないと思い込んでいた。ふと公園にある鉄棒を見かけた彼はきっとできないんだろうと思って手を伸ばして思い切って逆上がりをしてみる。すると、あれだけできないと思い込んでいた逆上がりが簡単にできてしまったそうだ。

 自分の思い込みに反して、いつの間にか自分に物事をなす力が付いているなんて経験をする人は少なくない。そう考えれば「できない」と思い込んでいる人は、自分ができるような力や環境が整っても「できる」ことをやらなくなってしまう。きっと彼は逆上がりが「できる」瞬間をずっと先延ばししてしまったのだろう。

 そんな簡単なことばかりではないのはもちろん承知だ。でも、「できない」と思い込むことは自分の成長ややればできる時期を見誤ることもありそうだ。どうせ思い込むなら「できる」思い込みをしよう。

 じゃあ・・・「生える」と思い込む?

 そりゃ・・・ちょっと違うような気がするけれど。


 
 今日の頭皮 黒い髭が4本に増える。   
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