高山清洲・世界平和 人類みんな兄弟

世界平和に導く為の語録

中国、ソ連、朝鮮が、終戦と同時に日本人100万人以上をなぶり殺した!!

2018-08-11 00:49:43 | 最新兵器

中国、ソ連、朝鮮が、終戦と同時に日本人100万人以上をなぶり殺した!!

   日本政府は、中国、ソ連、朝鮮が、終戦と同時に日本人100万人以上をなぶり殺した歴史のあることをも国民に正しく伝えないのは何故なのか?

 吉林省では、終戦後日本人20万人が厳寒の原野に放逐されて全員が凍死しているというのに・・・・・。

 従軍慰安婦の補償だと!!

 日本人女子は、お前等に何十万人も無理やり暴行されて惨殺されているのだぞ!!

 今現在、韓国から売春婦が日本国内に何人来ていると思っているのか?

 日本政府も、何故この事実を韓国に突き付けない!!

  真実を、教えてやればいい!!

 

従軍慰安婦の真実


当時の資料とともに検証するサイト


「従軍慰安婦」と聞くと、かわいそうな人をイメージする方も多いのですが、

戦争中は慰安行為(性的なサービス)によって収入を得る女性が多く存在しました。当時「慰安婦」と呼ばれた人たちです。



(下) いわゆる「従軍慰安婦」の写真

慰安婦とは?写真・画像・映画のワンシーン

笑顔を見せている「右端の女性」は、歴史教科書では必ずカットされる

(このままでは使用できない)


(下の写真) 日本兵と従軍慰安婦


撮影場所:ミッチーナー(現ミャンマー)



(下の写真) 日本軍の将兵を追いかけて川を渡る従軍慰安婦

川を渡る慰安婦の写真・映画の実態・慰安婦とは、川河を渡る写真画像、分かりやすく説明するサイト

従軍」とは軍に同行する人すべてを指します。


従軍記者従軍看護婦従軍カメラマン」などは存在が確認されています。


上の写真のような従軍慰安婦(自ら志願したと思われる)はいましたが、
強制によるもの?がいたかどうかは「証言」以外に証拠がありません。




慰安婦を募集する広告

(戦中は「従軍慰安婦」という言葉はなかった)

京城日報(キョンソンイルボ) 1944年7月26日


※月収300円以上と書かれている


女性の工場労働者が月収20~50円くらいしか稼ぐことが出来ない時代に、
学歴の無い女性が「京城紡績」で働き始めても、馴れるまでは「月収20円以上」は稼げない時代です。

募集の広告に「売春」とは書いてありませんが、
異常に高い給料で「慰安」といえば普通の仕事ではありません

現代社会でも直接的な表現はしませんが、異常な高給で接待して稼げるのは特殊な仕事だと解るはずです。


以降は、重要な「証言」について記述していきます

「慰安婦問題」の原点となったのは朝日新聞の報道(吉田清治の証言:済州島での慰安婦狩り)ですが、これらは捏造

※吉田清治は、「みずから済州島で慰安婦狩りをした」との証言をしているが、親族の話によると
そもそも「本人は済州島に行ったことすらない、地図を見ながら原稿を書いていた」(長男の証言)



朝日新聞の誤報記事(吉田証言)が韓国に飛び火して、韓国で慰安婦問題が勃発化した


(韓国には、李承晩などの強硬な反日政策を取ってきた大統領がいたが、
朝日新聞が誤報記事(吉田証言)を書くまでは慰安婦問題に言及すらしていない)

以上

中国、ソ連、朝鮮が、終戦と同時に日本人をなぶり殺した歴史があることを忘れてはいないか!!

●北朝鮮との国境の町・通化では、1946年、2千人とも3千人ともいわれる日本人が虐殺された。(通化事件) 日本人がやたらめったら機関銃で虐殺され、死体は河に捨てられて血の河になった。

●「葛根廟事件」=1945年8月14日午前11時過ぎ、興安から葛根廟に逃げていく非武装の婦女子・老人たち1千数百名に対して、ソ連軍の戦車隊が1時間半にわたって砲撃・銃撃を続け虐殺した。

●忘れてはならないのは、日本本土に引き揚げようとする民間の日本人避難民に対し、ソ連軍だけではなく満州人・中国人・朝鮮人らによっても言語に絶する暴行・略奪・殺戮が行われ、それが日本敗戦後の当該地域の責任ある統治機構によって黙認・助長されたことである。

●引き揚げ者の告白(月刊誌「潮」昭和46年8月号)…

◇「2人の子供を背負い、昼間の狙い撃ちを避けて夜通し歩き続けました。年老いた人たちは、足手まといになってはと自ら濁流に身を投げ、幼い子供を絞め殺した婦人も少なくありませんでした」(5歳と3歳の子を持つ主婦)

◇置き去りにされ、狼の餌食になったと思われる子供たちもいた。栄養失調で死ぬ子供が続出した。

◇「これまで親しくしていた満人の友も、匪賊と化して襲ってくる」

◇「日本人は皆殺しだと宣告され、幼児までが中国語で話せと強要されたこともある」

◇「いつのまにか満人の農民に囲まれていた。度重なる略奪に身ぐるみはがされた私たちに、子供を売れと要求するのである。男の子が300円、女の子が500円だという。私は地べたにひざまずいて『助けてくれ、この子は私の命、私の命』と(中国語で)叫んだ」(俳優・芦田伸介)

◇「カボチャ1個と子供を交換した母親もいる。信じられないことだが、事実だった」(俳優・宝田明)
     

●「ソ連軍も満人や中共軍までが日本の女を要求した。集団の生命を護るために身を犠牲にした娘もあった。子供を養う為に身を売らなければならぬ母親もあった。…ある娘はこんな穢れた身を祖国にもち帰っては申し訳ないからと、両親の勧告をさえ切って、満州の土となるべく帰らなかったという」(壬生照順「真理」第11巻第5号 昭和21年12月)

●「北朝鮮に入ってきたソ連軍は…白昼、妻は夫の前で犯され、泣き叫ぶセーラー服の女学生はソ連軍のトラックで集団的に拉致された。反抗したもの、暴行を阻止しようとしたものは容赦なく射殺された」(若槻泰雄「韓国・朝鮮と日本人」) 満州も北鮮も情況は全く同じだったと言ってよい。

●「北満の或る開拓村では敗戦の報の伝わると共に、付近の村落から数百の暴徒が蜂起し、一村一物も残らず掠奪されし上、男女悉く丸裸にされた。
…山中を行軍(負傷後、軍服を脱いで逃避してきた兵士)すると、あちこちにいたいけな日本人の子供が捨てられて居る。道には日本婦人の丸裸の死体がゴロゴロ横たわって居る。始めは一々路傍に寄せて車を曳いて進んだが、余りに数が多いので遂には止むを得ず死体の上を曳いて歩いた。樹木にくくりつけて惨殺されていた婦人も少なからずあったとのことである」(若林松太郎「世界國家」創刊号 昭和22年1月)


●在留日本人の中でも、最も悲惨なのは満州の僻地に入植していた開拓団の人々である。若い男たちは軍隊に現地召集されて既にいなかったので、老人・女・子供たちは荷物を担いでひたすら南へと歩き続けた。
ソ連軍と暴民はこれに襲いかかり、また略奪暴行、殺戮をほしいままにした。一時に200人以上が殺され、または自害した事件だけでも21開拓団もあり、殆ど全滅したものも7つを数える。

●幸いに日本居留民の多い大都市にたどりついた集団は、手荷物がないのはもちろん、文字通り一糸まとわず、やせこけた体をさらしている男、素足で麻袋に穴をあけ首と手だけを出して、新聞紙にくるんだ赤ん坊を抱きしめている婦人、それはまるで「幽鬼の行列のよう」であった。

●これら難民の収容所では、毎日のように何十人もの人が息絶え、ついには死体を片付ける体力のある者もいなくなった。そして収容所のまわりには中国人がむらがった。日本人の子供を買うためである。しかし、この親をどうして責められようか。もし子供を手放さなかったら、数日のうちにその子が飢え死にすることは明らかだったからである。

●こうして満州では20万余、北朝鮮では2万6千人が殺害・自殺・餓死・凍死・のたれ死したのである。
これは一体、誰の責任なのか。日本軍のせいにする者が多いが、日本軍は既に降伏して武装解除しているのである。この責任は占領軍たるソ連軍にある。ヘーグ条約には占領軍は「公共の秩序維持」「占領地の住民の保護」「その名誉、権利の尊重」「略奪の禁止」その他が詳細に定められている。 

●米軍が占領した内地はよかったが、ソ連が担当だった満州は悲惨だった…
彼らは争うようにして日本人を襲った/殺人・強姦・略奪・暴行/日本人の家だけを狙い小銃を突きつけてはやりたい放題/「近いうちにまた連れ戻しにきますから」と言って子供を預ける親がたくさんいた。子を殺すより預けた方がよかった。

●満州では、開拓団単位で集団自決した所が数多くあった。(服毒・ピストルを互いに撃つなど)
   《半藤一利 「ソ連が満洲に侵攻した夏」》

 
●真っ先に畜舎の馬を放馬して、家の内になだれ込んで、我先にと彼らは着る物、衣類が一番尊かったので、それをかき集めて運び出した。棍棒で我々のけつを殴る。たまらず、着の身着のまま家を追い出された。大頂頭山の麓に再び逃げたが、棍棒を持った原住民が追いかけてきて、上着や靴などを奪っていった。68歳の団長は体中殴られて、足腰が立たないほどだった。

●団長は死に、あとには女・子どもが残された。校長先生の奥さん、副団長の奥さんたちが話し合って、自決の道が選ばれた。「ここで私たちが中国人のおもちゃにされりゃ、日本女性の恥だで、それより、潔く、私たちの命を絶とう」と言った。そのうちに赤ん坊をはじめ小さい子どもの順に、我が子の首を絞めて殺し始めた。他の開拓団では青年男子が銃で子どもたちを殺したというが、私たちは銃などなかったため、おばさんたちのモンペの紐で首を絞めるしかなかった。

●さらに残ったおばさん同士が絞め合って、おしまいに残ってきたのが独身女性など。最後に私と友人の中川が残った。周りはとうもろこし畑だけで、首を吊るにも立ち木がなかった。眉間を殴れば死ぬと聞いていたので、小石を見つけ、互いに眉間を殴り合った。そしたら、生ぬるい血がどろどろ出て、失神してしまった。沖縄のような軍の関与はなかった。

●結局、8月16日の夜中から17日の朝方にかけて、開拓団員と家族73名が集団自決に追い込まれた。気絶した私と中川は、夜が明けてから意識を取り戻した。あたりを見回すと、子どもや婦人の死体は殆どが全裸であった。現地住民が着ているものを剥がしたらしい。
   《久保田諫 「昭和の記憶を掘り起こす」

●満州に155万人いた民間人の死亡者は、17万6千名にのぼった。

●満州の居留邦人は、ロシア人、朝鮮人の略奪・暴行の対象にされ、敦化ではロシア兵の慰み物にされた王子製紙女子社員28人が青酸カリをあおって集団自決した。

●またハルビンの東方、麻山では支那人に包囲されて450人が自決、隣の方正では牡丹江から逃れてきた1万5千人のうち、飢餓と寒さで5千人が死んでいった。

●北満州に残された開拓民27万名の運命は、苦難というより悲劇だった。獣の如きソ連兵による虐殺、略奪、強姦は怖るべきものだった。老人、女、子供ばかりの難民の列に対し、丘の上から機銃掃射を浴びせることもあった。

●絶望の中で数十人、数百人単位の集団自決が相次いだ。父親が泣きながら我が子そして妻を撃ち、最後に自らの命を断つ、というような光景が随所に見られたという。

●8月15日に日本が降伏し、三日後に大本営が全軍に武装解除の命令を出しても、ソ連軍は進撃を止めなかった。軍隊や避難民が武器を捨てた後は、ソ連兵に加え、中国人が暴民化して丸腰の開拓団を襲った。死んだ日本人から衣服を奪う、ということまでした。
      《藤原正彦 「この国のけじめ」》

●満蒙開拓団のなかで、最近まで明らかにならなかった悲劇がある。それが秋田県雄勝郷開拓団の集団自決である。「満洲開拓団雄勝郷の最後」(伊藤正編著)と題した小冊子に、その悲劇の一端が記されている。
〈八月九日、蘇聯(ソ連)の宣戦なるに及び、十七歳より五十歳までの男子根こそぎ動員となり、團内は老幼婦女子のみとなり、悲壮の決意を以てその運営に當たらねばならぬ状態となりました〉

●ソ連軍の侵攻とともに、中国人の満州反乱軍が村を襲った。開拓団には銃や手榴弾、日本刀などの武器もあったが、女子供だけでは太刀打ちできない。
〈八月十九日午後四時頃、多少小康を得たるも、手持ちの弾丸残り少なとなり、且つ疲労甚しく、このまま生きて恥を宙外に曝さんより死して護國の鬼と化さんと、老幼婦女子二百六十餘名、遥か東方を伏し拝み、互に相擁し、相勞はり、あわれ痛ましくも手榴弾により、従容悲愴の最後を遂げたのであります〉

●この集団自決のうち15歳以下の子供が、男子73人、女子66人もいる。雄勝郷開拓団の妻たちは終戦も知らされないまま、戦地に向かった夫の足手まといになるまい、と決意し、命を絶ったのだという。「死にたくない」と泣き叫ぶ子供と無理心中した。なかには逃げ出して行方不明になり、残留孤児になった子供もいる。
        《森功 SAPIO 2015/8月号》

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