木浦鉱山への恩返し

宇目町大字木浦鉱山。
鉱業は中止されましたが、地区出身者とともに皆で仲良く・楽しく生活しています。

諸々の近況

2018年10月13日 | 日記

 昨日は稲刈りでした。

 ESDの実践の一環として、半強制で息子にグロ刈りさせました。

 ところが雇ったコンバインの調子が悪く、新米はお預けとなりました。

 

 先日、ジュン君との話の中で、公民館の下のおばちゃんは静岡の息子のところに移り住んだと聞いていました。

 確かに家の全面にカーテンが引かれて「また空き家ができたなんだな」って寂しく思っていました。

 ところが、おばちゃんは毎晩木浦のことを夢に見て、結果木浦に帰ってきたそうです。

 やっぱり故郷が良かったみたいです。

 あんな不便な木浦でも、やっぱり住み慣れた木浦が良いみたい。

 親父さんは荒神のお師匠様です。

 おばちゃんのためなら、無理をしてでも祭りを続けてあげたいなと思いました。

 

 さて、夕方帰宅してみると待望のPCが届いていました。

 初のノートタイプで、試運転がてらの投稿です。

 Windows10使いにくい。

 最悪です。

 

 

 

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写真集の件

2018年10月06日 | 日記

 先日、印刷業者様に写真データをお渡ししました。

 ホントは一ヶ月前にお渡しする予定でしたが、当方のPCがぶっ飛んでしまったため、予定が狂ってしまいました。

 

 表紙の写真をどれにするか悩みます。

 華やかな「THEすみつけ」みたいなカットにするか「THE木浦鉱山」みたいにするか。悩ましい。

 

 そもそも、今回作成する写真集を誰に見てもらいたいのか?

 木浦のみんな、木浦を離れて暮らしている仲間、本祭に興味を抱いて頂いている方々。

 ミッチーに相談しました。

 「お前に任せたんやけお前の思いで作れ」とのアドバイス。

 

 当方としては、表紙はこれ。

 

 これは4年前に当方が自前で撮影したものですが、木浦を一望できる写真です。

 この撮影ポイントを茨城から駆け付けてくれた川崎さんにお教えしていたところ、撮影してくれていました。

 この写真よりもコントラストが寒々しい感じですが、この写真とは撮影範囲が違って「THE山に包み込まれた木浦鉱山」みたいな感じです。

 

 当方は本祭の宣伝のために写真集を作成しようとしている訳ではありません。

 今いる木浦のみんなのために、遠くにいる仲間のために、そして誰よりも木浦にルーツを持つ若い人のために取り組んでいるつもりです。

 自分の子も含め、次世代を担う我々の仲間が自信を持って木浦鉱山を愛しつつも忘れることのないよう、今の木浦鉱山の歴史を残すべく写真集を作っています。

 

 だから、敢えて表紙は「寒々しい狭小谷間の木浦鉱山の全景」。間もなく消滅するであろう木浦鉱山地区。

 でもページをめくる毎に当時の活気を感じられる。

 そして裏表紙は、当日朝の公民館前での集合写真。

 そんなイメージの編纂をしています。

 

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台風の件

2018年09月30日 | 日記

 前評判スゴすぎの今回の台風でしたが、無事にやり過ごしました。

 我が家の稲が倒れることもなく、消防で出動した木浦に閉じ込められることもなく、夕方には無事にマイカーで下山できました。

 雨量も大したことなく、改めて昨年の18号のすさまじさを感じました。

 今回は普通の台風でした。

 クワバラクワバラ・・・。

 

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イベントの件

2018年09月28日 | 日記

 今日はイベントに向けた第2回目の会議でした。

 メンツは、分団長、みっちー、ミッチー、当方です。

 ゼロベースからの組織の立ち上げについて打ち合わせました。

 結論としては、まずは地区出身の宇目在住の仲間に声かけをしてみようと言う話しになりました。

 遠くにいる心意気ある方の顔も浮かぶのですが、ここは一定のルールを定めるために「宇目在住」とさせていただきました。

 でも、当然のことながら多くの仲間の力が必要です。

 何分不特定多数が集うイベントのノウハウはそれなりに自信がありますが、特定多数を集わせた経験はありません。

 今後、多くの仲間にお願いをすることもあると思いますので、ご理解のほどよろしくお願いします。

 

 もう一つ、この組織の役員も決めました。

 会長は分団長、事務局・会計は当方。

 通帳が一つ増えました。

 「お前は言い出しっぺやけ免れんわ」とミッチーから言われました。

 「あんたは、それ以上じゃ」と言えませんでした。

 

 分団長は私よりも2歳先輩の西山出身で、腹は座っていますし冷静に物事を判断できる男です。

 小学校時代は木浦で一緒に過ごしました。

 30年たって先輩とこんな取り組みができるのは嬉しいな。

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謝罪

2018年09月25日 | 日記

 さっきまで11月のイベントの打合せを行っていました。

 実に2時間30分にわたってのガチ会議でした。

 メンバーは、木浦代表のミッチーと当方、落水代表のみっちー、西山代表の分団長です。

 

 会議の途中から難問を抱えた企画であることが露呈されました。

「はたして何人来るんだろう」という致命的なそもそも論。

 当方の皮算用では100人くらいかと想定していましたが、声かけの方法によってはそんなものではない可能性も十分にあるなと言う話しになりました。

 地区住民、家族、学校に関わった先生、エメリーに関わった方、郵便局に関わった職員さん等風呂敷を広げればとんでもないことになり得ます。

 「どげぇかなるっちゃ」とミッチーは前向きでした。

 

 でもみっちーと分団長は冷静に意見してくれました。

 「心意気は分かるけど、その機会を大切に育てるためには、時間をかけて用意周到に慎重に企画した方がいいよ」

 

 結果、将来にわたって三地区の交流の機会としてこの企画を育てるのであれば、地に足をつけて慎重に検討すべきと決しました。

 ということで、イベントは無期延期になりました。

 期待していただいていた方がいたならば、ごめんなさい。

 でも、明日から早速企画の建て直しを検討していきます。

 

 それにしても今日の会議は、当方にとってはとても有意義でした。

 これまでは、木浦鉱山の中だけを見ながらミッチーを中心として故郷を思うような議論をしていました。

 でも、共に故郷のことを思いながら、いざというときには地区を越えて協力しようとしてくれる仲間の存在が確認できたことだけでも大きな収穫でした。

 必ずや成功させなくてはならない企画であることの確認ができましたし、それだけの覚悟をもって取り組まなければならないという自覚が遅蒔きながら芽生えてきました。

 

 当方だけでは、取り返しの付かないクラッシュをぶちかましていたかもしれません。

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情熱大陸のおやっさん

2018年09月25日 | 日記

 情熱大陸のおやっさん、カッコよすぎでした。

 当方は番組を録画して、気が付けば、今現在5回は繰り返し見ています。

 

 このおやっさんとは、少なくとも今年の傾山の山開きでお会いしました。

 でも、多分確実に8年前にもお会いしていたと思います。

 当時、長男が傾山登山の最年少だった時に、おやっさんは「また来年、山で会おう」と気さくに投げ掛けてくれました。

 息子は覚えていないと思いますが、多分あのテンションは「おやっさん」かもです。

 

 来年、傾山の山開きは大変なことになりそうです。

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祭の後の静けさが寂しすぎです

2018年09月23日 | 日記

 昨日と今日は宇目の祭典でした。

 宇目の人にとっては、年に一度のとっても大切な行事です。

 当方も腰掛け程度ですが、伝統芸能団体に所属させていただいています。

 一方、息子は本気で「千束楽」に取り組んでいます。

 

 荒神には見向きもせず「県指定無形文化財」の千束楽が好きらしいです。

 当方の仕込みが足りませんでした。

 

 この祭典、初日は神様を御迎えして二日目はお返しします。

 一夜限りの宴が華々しく執り行われます。

 でも、神様が帰ったあとは凄く寂しいものです。

 

 それと比べて当方の祭、当日は果てしなく盛り上がって翌朝は少し寂しさを感じると同時に、すぐさま「どんど焼き」を楽しみにシフトします。

 そして、一週間明けての「どんど焼き」を通じて、二年に一度の最高の至福を感じます。

 

 こんな魅力的な行事を続けたいのはヤマヤマです。

 でも、木浦に人が住んでいない限り成立し得ないのが本祭です。

 先日も訃報がありました。

 重鎮の一角を担う男でしたが、亡くなってしまいました。

 

 ところで、今から情熱大陸をみらんといけん。

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11月のイベントに向けた会議

2018年09月20日 | 日記

 昨晩は当方がセッティングした会議でしたが、急遽出れなくなったので、木浦、落水、西山の三区長を集めての会議はミッチーに一任しました。

 結果11月3日にイベントを実行することになりました。

 落水と西山区の若手の仲間の確保もできました。

 イベントの参加資格は、区民はもちろんのことですが、この三地区のいずれかに思い出がある有志のみんなです。

 派手にイベントをするつもりはありませんが、志ある老若男女が集える楽しい場になれば良いなぁ。

 そしてこれを機会に、自分たちを育ててくれた「先輩方」が近い将来に「当たり前に迎えるであろう終活」に対して、我々がどんな側面支援をできるのか、なんてことを改めて考える機会になればと思っています。

 

 来週早々には若手実行委員会メンバーで、内容を確定させる予定です。

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カクアリタイ

2018年09月16日 | 日記

 今日は写真集のセレクト作業を行っていました。

 緊急避難的にガンタレpcを調達しての作業です。

 

 安室奈美恵氏が終焉を飾ったそうです。

 樹木希林氏が亡くなられたそうです。

 平成はもうすぐ終わるらしいです。

 

 今があるうちに自ら幕を引くことは、とってもカッコ良いと思います。

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ブログ開設から1001日目です

2018年09月11日 | 日記

 今日は1001日目です。

 1000日目の昨日は、ミッチーが頑張って資金調達に成功したとのこと。

 その資金を財源にして、秋頃にイベントを企てています。

 

 以前もお話しさせて頂きましたが「木浦校区の同窓会」です。

 服案としては11月3日。

 参加資格は「木浦の校庭で想い出を語りながら、互いの近況を確認するために集いたい老若男女」。

 地区民は勿論ですが、木浦・落水・西山地区出身者、木浦の学校や人と少しでも関わりがあって想い出を語ってみたい方に、ご歓談頂けるような機会になればと思っています。

 

 我々が幼少時代にお世話になった校区民への「終活支援」と捉えて頂いた方が分かりやすいかも。

 なので、少しでも多くの地区出身の若手や元関係者の参加が望まれます。

 若いみんなが参加してくれることで、年寄りたちの日々の生活の励みになることは間違いありませんから・・・。

 

 ちなみにpcは未復旧。

 たったこんだけで1時間を要しました。

 メンドイ。

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緊急事態発生中

2018年09月05日 | 日記
最近、当サイトは放置状態です。
特段のネタがないこともさることながら、自宅のPCが壊れました。
同僚の専門家に診てもらいましたが、ハードディスクの物理的損傷が原因とのこと。
要は、PCの記憶領域にアクセスする術を失ってしまった状態になってしまいました。
祭りの写真集用の写真のセレクト作業も吹き飛びました。

最近PCの挙動がおかしいとは思っていましたが、まさかです。
現在、立て直しを検討しています。

なので当面の間は引き続き、サイト運営は放置です。
なにぶん、このスマホからの投稿はメンドクサイので。

2週間後ぐらいに覗いて見てください。
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防災会議

2018年08月20日 | 日記
 近年、台風やらゲリラ豪雨やらが頻発しています。
 木浦も他人事ではありません。

 平成16年の18号の時には、落水の上の林道が崩壊し土石流が茶工場の下県道まで流出しましたが、幸い生命・財産は被災しませんでした。
 昨年の18号の時には、トカキリ淵の県道がブッ飛んで、約3か月間通行止めを食らいました。
 そして今年の7号のときには、落水の上の県道がブッ飛んで落水の民家1件に土砂が流入し、ついに実被害を受けてしまいました。

 木浦名水館ができてからは木浦の人の自主避難場所は「名水館」と何となく決まっていました。
 落水の人の自主避難場所は「落水公民館」と何となく決まっていました。

 一方、行政が指定する避難場所としては、最寄でも小野市の「ふれあいセンター」です。
 行政の指定避難場所に避難すれば、水・食糧・毛布などの提供を受けられます。
 でも、木浦・落水の年寄りに「ふれあいセンター」まで行けとは、なかなか言いづらい事情もありますし、ほとんどの人が小野市まで出るのを拒みます。
 昨年の台風の際に、落水の一部の人が小野市まで非難しましたが、結果県道の崩壊により帰宅を数日待たされた経験があります。


 そこで今晩、木浦と落水の役員を集めて合意形成を図ってきました。
 ①木浦・落水の自主避難場所は、木浦名水館とすること。
 ②木浦名水館に万が一のことが予想される場合は、状況を見ながら地理的条件を鑑みて最も安全であろう正蓮寺に避難すること。
 ③仮に避難指示が出された時には、既に木浦から脱出しようとすること事態が危うい状況になっていると思われること。
 ④仮に集落が孤立したとしても「米はあるし、水もあるし、味噌とたくあんくらいありゃ、1ヶ月は死にゃぁせん。名水館にはビールサーバーもあるし・・・」ということ。
 ⑤それでも被災した時は、恨みっこなし。
 

 万が一に備えて、皆の行動計画を両地区互いに共通認識できて一安心です。
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夏祭り(2/2:2次会・3次会編)

2018年08月19日 | 日記
 例年であれば盆踊り終了後は、我々と地区の男性年寄りで若干の焼酎などを呑みながら、次の祭のこととかについて話しをしていましたが、今回は違いました。
 「焼き鳥屋」に老若男女が集まって、盛大な2次会が執り行われました。
 当方「女性活躍推進法」の精神のもと、女性参加者率の向上については常に心がけています。
 

 和尚も仲間の一員です。
  

 22時半ごろ、ついに台風の雨雲がかかってきたようで公民館に避難です。
 

 お盆にわざわざ帰省してくれた「木浦の美魔女軍団」です。
 都合が合えば、9月に行われる「宇目大字対抗グラウンドゴルフ大会」の時に、応援団「木浦美魔女軍団」として招聘してみようと思います。
 

 3次会はこんな感じ。
 
 この中で木浦鉱山在住区民は4名。
 あとの13名は、お盆のために帰省してくれた仲間の皆です。
 宇目の他地区でもチラホラ盆踊りの風習は残っていますが、これだけの区民外率の高い宴はないと推察します。
 それだけ、木浦出身の皆の結束力とか、誇りを胸にする思いとか、次世代に対するルーツの教育とか、とても高いポテンシャルを「木浦鉱山」は秘めていると感じました。

 当方、記憶は御座いませんが、翌日1時半頃の撤収前の状況。
 


 当方この10年間、木浦鉱山の歴史を守る事は当然のこと、出身者のプライドを守るためとか、その人たちの居場所を創るためとか、それを第一義に思って「すみつけ祭り」を続けてきたつもりです。
 でも、いよいよその祭も次回どうなるか分かりません。
 何しろ、先導候補も見当たりませんし、セットウ唄等々の唄い手もいません。
 神社総代だって、失礼ながらとっても高齢化しています。

 年寄りがいなくなった時、やろうと思えばやれないことはないかもしれませんが、催行したとしても結果「魂を抜かれたすみつけ祭り」になってしまいそうで・・・。
 だから、前回で終わりになってもいいように覚悟を決めて催行しました。。

 でも「祭り」がなくなったとしても今日も木浦を愛してくれている仲間の居場所は、いずれかの形で残さなければならないと「盆踊り」を通じて痛感しました。
 この盆踊りこそが、その最期の砦だろうと確信しました。

 地元に残ることができた人間として、故郷に帰って来たい人がいる限りその受皿を作ってあげるのが、木浦鉱山への恩返しだと思っています。
 ナンチャッテ・・・ 
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夏祭り(1/2:本編)

2018年08月18日 | 日記
 滅多にないことですが、お盆に台風襲来の予報。
 当初は正蓮寺境内でと言う話でしたが、ミッチーが「万が一雨が降ったら悪いから・・・」と心配し、供養祭は正蓮寺で行い盆踊りは例年どおり公民館で行いました。
 当方は、「大丈夫」と思っていたのですが。

 結果論、盆踊りをしている間は雨は降りませんでした。
 まぁ文字どおり「あとの祭り」ですが・・・。 
 
 ということで、雨天を前提とした準備は整いました。
 

 今年は、子供用に桶に缶ジュースを用意しました。
 桶の手前の白い物体は、当方考案の「ソーメン流し機」と「ホオズキランタン」のコラボイベントです。
 お盆なので宇目特産のホオズキの中にロウソクを入れて、水に浮かべてクルクル回してみました。
 

 無料の焼き鳥屋も大繁盛!
 帰省した若手が自主的に盛り上げてくれます。
 

 定番の「アイスタイム『Produced byフジキヤ』」。
 

 木浦音頭の歌い手を一生懸命撮るミワちゃん。
 

 当方、どの業界でも社会問題化している担い手対策にも積極的に取り組んでいます。
 踊り手の輪の中では、ミッチーが瓶君Jr.に太鼓を教えています。
 手前ではアキサンが、ちびっこに「よ~いとまかせ~」を歌わせています。
 


 かくして雨に降られることもなく、無事盆踊りは21時に終了。

 実は正蓮寺の和尚、境内で盆踊りをすることを前提に庭木の剪定をしてくれていたそうです。
 当方は正蓮寺でやれると具申したのですが、意外と心配性なミッチーの一面を垣間見た盆踊りでした。
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盆踊り

2018年08月17日 | 日記
 8月14日は盆踊りでした。

 3次会の仲間たち。
 めっちゃハッピーな様子です。
 この3人は、当方のブログで公にすること前提に肖像権を放棄して頂いたはずですので、あしからず。
 


 参加者全員が目指すところは、木浦鉱山区民と自分たち、そして木浦鉱山出身者自らが互いの繋がりを今後も繋いで行くことだと、宴を通じて感じました。
 なので、当サイトは改名します。
 コロコロタイトルを変えていますが、少しでも志を同じくする仲間と共感できるサイトにしたいので、変幻自在に対応します。

 「木浦鉱山への恩返し」

 こんなコンセプトなら、もっと仲間が共感し易いかと思いまして・・・。

 わずか10年ですが本祭を継続してきたこととか、地区主催の盆踊りを手伝ってきたこと、機会ある毎に木浦に帰省していること、最近では地区の草刈りにまで自ら協力していること・・・。
 これらの取組、結局は自分の親の存在はもちろんなのですが、純粋に「自分を育ててくれた木浦鉱山地区に対してありがとう」の気持ちを尽くすための心のキッカケだと思っています。


 もっと本気で木浦の将来を考えなくてはなりません。
 本気で考えたら、「木浦なんて近い将来消滅するだけじゃん」となるはずです。

 木浦エメリーは潔く消えます。
 でも、故郷の行き先をそれと同じように捉えるわけにはいきません。
 でも、故郷の存続はそれと同類項として捉える必要があります。

 今、皆が帰りたい木浦の家は、近い将来確実になくなります。
 でも、なくなっても後悔しないように、あくまでも前向きに、今できる取組を行うことが故郷に対する恩返しなのかもしれません。
 
 現状において、木浦鉱山地区が消滅してしまうというシナリオは、誰しもが修正できないはずです。


 最近思うこと。
 自分の親を看取ることは当然なのかもしれませんが、自分が生まれた故郷が消滅してしまう瞬間を看取る事って云百年単位でしかできませんよね。
 そんな時代に遭遇してしまったことって、極めて光栄なのかもしれません。
 過去の木浦鉱山の経済的栄光なんて関係なく、自分の故郷が自然消滅していく様を見届ける覚悟を持って、今から準備をして、そのことに実直に向き合っていくこと。

 今の我々にしか体験できない貴重な経験だと思います。
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