木燃人の波止場

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1696 小学同級生達と

2017-12-21 08:00:00 | 旅行記

 私は父の転勤で、四日市市の羽津小学校に、5年生の二学期から転入し、山手中学校を卒業するまで机を並べた友がいる。 上記同じ理由で小学の6年間に6の学校を転々としたが、その中でここが最も長く、幼少時代の最後であったからなのか、ここが”ふるさと”の思いがある。

 この仲間には、40年間に渡って、幹事役を担ってくれる男がいるお陰で、今でも年一度は何らかの形で集まっている。 しかし、寄る年波には勝てず、行事への参加者が減り、内容も体力格差が大きくなり、好みがひとつにまとまり難くなってきた。

 それでも、何とか集まり、おしゃべりだけでもとの、希望があり、今回が最後か?などとと言いつつ、2017.12.17~18に、泊まりがけで、伊勢志摩(浜島)に出掛けたのであった。 今回の参加者は男子8名、女子9名で、人数は5名減少し、内容は昨年と同じく、ホテルに泊まるだけであった。

 13時に近鉄霞ヶ浦駅前を、ホテルのバスにて、四日市東インターから、西名阪、伊勢自動車道を走り、嬉野PAにてトイレ休憩をして、その後、10分ほど走り玉城ICで降り、一般道を浜島に向かった。

 ホテルに着いたご一行様。

 

 出るとき、三重県北部は細かい雪がちらついていたので、車で出るのを止めて、久しぶりに近鉄電車を乗り継いでやってきたが、浜島に来てみると、さすがは南北に細長い三重県の南部は晴れて、海がとてもきれいであった。

 

食事は朝夕共に、バイキング方式、アルコールも飲み放題。

  この年になると、体に傷のないものは殆どいなく、それぞれ何らかのメス跡を体に残し、歩くことさえままならない者もいるので、この状態では、折角、風光明媚な伊勢志摩に来ても、立ち寄ることもままならず、元気で逢えた事だけを満喫する一夜であった。

 食事後、カラオケ部屋を二つ借り、これが歌う最後かもと思いつつ、喉が壊れるかもと思うほどに、大きく声を出し、私なりに心を込めて、歌いまくったのであった。帰ったら、声がかすれていると言われるほどに、久しく発散したのであった。

 このあと、部屋に入り、直ちに眠るものもいたが、おしゃべりに花が咲いて、私たち数名が床に床についたのは、12時を大きく過ぎていた。

 

翌朝、夜明け前。

日が昇り始めた!。

 

帰途につくまえに、ホテルの玄関先にて、全員集合!。

 

 12時半ごろ、霞ヶ浦駅前に到着し、再開を誓って、お開きとなった。

                         おしまい

 

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