木燃人の波止場

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1606 孫の入社

2017-05-05 08:00:00 | その他

  孫が大学院を卒業し2017.04.03(月)、私が長年勤めた会社に入社し、2017.04.27(木)に到着した「社内報」に載っていることを確認し、草稿を思いついたのであった。 今年の新入社員曰く、「大きすぎず、小さからず」とこの会社を表しているがその通りで、一部上場で電磁開閉器などの特定の分野では、国内外市場の先頭をゆく会社である。

 私は退社してから既に十数年経過したので、最近の会社の状況は社内報で見る範囲になるが、私が入った頃は総合電機メーカーをめざし、当時は家電部門もあって私は冷蔵庫、エアコン、ジューサー、クリーナーなどのモーター製造に従事した事があるが、今は自動販売機にその名残を残すも、電気機械器具の専門分野に特化しつつあるようだ。

  嫁いだ娘の子が、この会社に入り、東京の本社で目出度く入社式を終えたのであった。 そしてその社内報の表紙に同日入社した、278人と共に写真が掲載されたのであった。 この社内報は1951年の創刊と書かれているから、私が入社5年目の年であった。 ここに顔写真が載るなど、雲の上の話との理解しかなかった。

 私の身内には多くがこの会社で仕事をしているが、そこに可愛い孫が、 私が長年勤めた会社に入ってくれた事はもう天にも昇る気持ちであり、言葉に言えない程の喜びであるが、何かと当たり障りもあろうかと控えていたが、この快挙により書くことにした次第である。  

 

上記で、身内の多くがこの会社と関わったと書いたので、そのことを少し書き残そうと思う。

  私は四日市の工業高校を卒業し、昭和31年4月2日(月)、この会社の三重工場に入社した。多分今も同じと思うが、大卒は本社で採用され、入社式をするが、高卒、中卒は工場採用なのである。 この時点では、この会社に私の身内では一人もいなかったのである。

  昭和40年私は結婚したが、聞けば妻は二年ほどではあるが同じ工場にいたと事があるという。 私は仕事が現場の係員であったから、妻のいた職場にも再々出入りしていたが、当時は従業員が4000人ほどいたこともあり、全く知らなかった。 (2人)

  妻の父親の姉の連れ合いが、同じ工場に勤めており、また、家内の母の弟がやはり、同じ工場に勤めていた。 時は流れるが、その息子もこの会社に勤務していた。(以上で合計5人)

  昭和41年に長男が生まれた、そして大学を卒業し、この会社に入り、当然本社採用であり、幾つかの支社をまわり、今は名古屋で営業部門に在籍している。 (6人)

  昭和43年に長女が生まれた。 本人は大学に進みたかったようであるが、私は女性の高学歴は結婚の邪魔、金持ちのすることと思い込み、父のドタバタ騒ぎで、娘も相談の機会を失い、気持ちを汲んでやることが出来なかった。 

  それで、娘は高校(進学校)を卒業し、私の勤める会社に入れたのであった。 そして、娘は社内恋愛により結婚した。 (これで合計8人)

  そして、その娘夫婦の子(私の孫)が、この度入社したのであった。 (合計9人)なお、これを書く時点では、この会社に在籍するのは、息子と娘の夫とその子の3名である。

                             以上

 

追記

 本ブログは4月6日以来毎日発行が続き、本日で丁度1ヶ月となった!。 春は花が多いので、俄然元気になるからと思われる。 一日も長く続けたいが、はたして、それが・・・・?。

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