木燃人の波止場

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1288 椋木竪穴住居遺跡(三重県菰野町)

2014-12-17 08:00:00 | 資料館

 2014.12.14(日)伊吹おろしが吹き抜ける寒い午前10時30分、第二名神高速道が通過する、三重県三重郡菰野町地内に椋木(むくのき)遺跡があり、今回発掘され、その結果を説明する会が開かれたので見に来た。

 今日は二年ぶりの国政選挙の日、今回も前回同様、是非とも応援したい候補者も政党もない、気合のまったく入らない選挙、”党議拘束”はせず、どこもよしとする”自主投票”。政治に期待も持たず、ただ漫然と投票をしてからの参加であった。

三重県埋蔵文化センターによる発掘と説明がなされた。

 

  現場付近は、民家が一軒あるだけの田んぼの真ん中、「池底」と呼ばれている辺り。寒い日曜日なのに、近くにある投票場に車をおいて駆け付けた人もいた。60人くらいは集まっただろうか?。

 これまでは、古代・中世の遺跡とされていたようですが、発掘の結果飛鳥時代、今から1600年くらい前の集落遺跡であることが分かったそうです。ただし、奈良時代に入いる前には集落がなくなり、わずか50年くらいしか続かなかったそうですが、やっぱり”伊吹おろし”に参ったのでしょうか?。

 ”釜戸”の跡で、赤茶けている土が、火でやかれたものとの説明がありました。

 住居には4個の穴があり、柱の跡だそうです。

 

住居の形はこの様なものだったと・・・。

 三重TVも来ていた。

住居跡からは、「土師器(はじき)」や「須恵器(すえき)」などで、煮炊きの道具の破片が多数出土したようです。 なお、鉄の道具や木の道具、石の道具はみつからなかったようです。

ちなみに、「土師器」は古来からあり、野焼きしたもので、黄色がかっていますが、「須恵器」は大陸から伝わったもので窯で焼いたもので、黒っぽい色をしています。 なお、一部にはもっと古い弥生時代中頃(約2000年前)の壺の破片が見つかっています。

 

出土したものを、原型はこんな形と推定した説明もあり。

 この遺跡の場所は高速道路になるために、調査が終われば、道路下になり埋められてしまうとのことでした。

 

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