木燃人の波止場

花やお寺や観光地の写真を紹介しつつ、皆さんとの交流を計りたく思ってます、気軽に見て戴き、コメントを戴ければ嬉しいです。

1023 博物館明治村 (3)四丁目

2013-12-28 08:00:00 | 資料館

 未知の世界にどんどん入り込むような感覚。 「明治」という時代の猛烈な変化、改革を改めて感じさせる明治村訪問になりました。ひとつひとつじっくり噛みしめたいと思っています。

 

 4-35. 日本赤十字社中央病院病棟  (東京都) 

 明治10年西郷隆盛が挙兵した西南戦争の際、敵味方の区別なく救護に当たったのが博愛社であったが、明治19年には、政府がジュネーブ条約に加盟を受けて、日本赤十字社と改めた。 その折皇室から御料地の一部と10万円が下賜され、同23年この病院が建設された。

写真下左は、病院の玄関を飾る額であるが、桐、竹、鳳凰が浮き彫りにされているが、これは草創期の日赤を盛り立てた昭憲皇太后のアイデアを基にしたものという。

 

「モチツツジ」

    「花写真館」  http://mokunen.c.ooco.jp/fpkan/flw/motitutuji.html

冬に花を付ける珍しい「ツツジ」です。 つい先日森林公園でも咲いてました。

 

4-36. 歩兵第六連隊兵舎 (名古屋市)

明治4年東北から九州までを四分割し、それぞれに鎮台が置かれた。各鎮台には歩兵連隊が置かれるが、同6年名古屋鎮台には名古屋と金沢に組織され、名古屋が歩兵第6連隊であった。

この兵舎、もとは50mを超える長さがあったが、今は2/3程に圧縮されているが、外側の柱は土台から軒に達する太い通し柱になっているなど、構造は極めて頑丈で、地震、火災にも強く、断熱性も高いとか。

 

 4-37. 名古屋衛戍(えいじゅ)病院 (名古屋市) …愛知県有形文化財

 全国の鎮台配置に合わせて、陸軍衛戍病院が明治6年の東京をはじめに整備され、明治11年に名古屋衛戍病院が建てられた。 当時は六棟が中庭を囲む配置であったが、これは洋式病院の典型的な形であり、日赤中央病院にも踏襲されている。

 

 

 4-38. シアトル日系福音教会 (シアトル市) 

日本からアメリカへの移民は、戌辰戦争に敗れた会津藩士が明治2年にカリフォルニアに入植したことに始まるが、明治の中期からその数を増し、明治29年シアトル航路が開かれたこともあり、大正期にかけて最盛期を迎えることになった。

ここ建物は、当初アメリカ人のものであった。 移民が長い苦労の末に手に入れたものであったが、大戦により家を追われ、戦後は日系一世のための福音教会として使われた。 一世の高齢化と減少により、その役目を終えて、ここに移築されたものだそうだ。

 

 4-39. ブラジル移民住宅 (サンパウロ州)

明治41年 アメリカに代わってブラジルへの移民が開始され、サンパウロ周辺でコーヒー栽培などに従事した。昭和初期の最盛期には、その数が年間2万人にも及んだとある。

この建物は移民が、慣れないコーヒー栽培に苦闘しつつも、密林を切り開いて造ったもの。 入植者の日本人大工の手が入り、現地の堅い木材を使い、和風の工法が使われている。

 

4-40. ハワイ移民集会所  (ハワイ州)

(省略)

 

 4-41. 六郷川鉄橋  (東京都、川崎市)

明治5年、初めて鉄道が 開通したとき、新橋横浜間に22の橋が作られたが、すべてが木材であった。 その後複線化の計画とともに鉄橋への架け替えが進められることになり、明治10年日本初の鉄橋として、この橋が完成した。

この橋はイギリス製で、全長は500mであった。明治45年東海道線の複々線化に際し取り外され、単線に改造の上、大正4年御殿場線に使われ、昭和40年までの合わせて90年間その役目を果たした。

 

 4-42. 尾西鉄道蒸気機関車一号

 この機関車は、アメリカ製で、尾西鉄道が開業に際し購入したもの。 尾西鉄道は明治29年設立、31年には弥富-津島間が、33年には弥富-一宮が開業した。 この機関車は、その後信越線二本木駅に隣接する会社で使われていた。

 

4-43. 蒸気機関車12号 ・ 三等客車

村の北のはずれ5丁目にある「SL東京駅」から、4丁目の中ほど「SL名古屋駅」までの2km(?)ほどのところを営業運転している。 乗車賃は¥500。 なおSL名古屋駅では京都市電に乗り次いで3丁目まで行ける(さらに¥500)。 生憎SLに出会えなかったので写真はありません。

 4-44. 鉄道寮新橋工場・機械館  (東京都)   

日本の鉄道はイギリスから多くの技術を導入した。 明治5年に開業した新橋ステンショ(停車場)には、停車場本屋のほか多くの建物が作られたが、そのなかのひとつが、今ここにある機関車修復所なのである。 この建物は鋳鉄柱をはじめ外壁、サッシ等すべて輸入品で作られた。

現在この建物は、明治の機械類の展示場になっている。 リング精紡機(明治26年アメリカ製=重要文化財)、菊花御紋章付平削盤(明治12年日本製=重要文化財=下の写真中央)など。 下の写真右は蒸気エンジン、つまり工作機を動かす原動機=モーターである。

 

4-45.  工部省品川硝子製造所  (東京都) ・・・登録有形文化財

レンガ造りの建物ですが、今は中で若い女性向きの小物やスイーツを売っていました。 お客に男子は私だけだったので、 外のテーブルでコーヒーブレークとしました。(写真は省略)

 

 4-46. 宇治山田郵便局舎 (伊勢市) ・・・重要文化財

近代郵便事業が開始され、各地に郵便役所がたてられたが、 伊勢の宇治山田には明治5年に小さな役所が開業した。 電信電話事業も行なうなど事業の拡大につれ移転を重ねたあと、同42年外宮前の角地にこの建物が建設された。

木造平屋建銅版葺で、円錐ドームの屋根など、他には類を見ない構造になっている。 入口を入ると円形の「公衆溜」と呼ばれたホールがあり、高窓から光を多くとりいれたり、チューリップ型のシャンデリアがぶら下がるなど、新時代をほうふつさせるものがある。

 

4-47. 本郷喜之床 (東京都)・・・要は床屋

4-48. 小泉八雲の家 (焼津市)・・・中では土産品を販売していた。

以上、2件省略。

 

 

 

 4-49. 呉服座  (池田市)・・・重要文化財

江戸時代の伝統建築の名残を留めるこの芝居小屋は、明治初年池田市に建てられたが、明治25年同市内移転後呉服座と改められた。ここでは歌舞伎をはじめ、芝居や落語などが演じられていたが、尾崎幸雄などが政治活動の演説会にも使われ、マスコミの役目も果たしていた。

 

 4-50. 半田東湯  (半田市)

 現在はここで”足湯”として営業の役にたっている。 (写真などは省略)

 

以上で4丁目の紹介を終えます。

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