木燃人の波止場

花やお寺や観光地の写真を紹介しつつ、皆さんとの交流を計りたく思ってます、気軽に見て戴き、コメントを戴ければ嬉しいです。

863冬の京都寺社巡り(3) 建勲神社

2013-02-07 08:00:00 | 京都の寺社

 いくら京都とはいいながらも、文作能力に著しく欠けるわたしには、真冬の寺社では記事にならないと、躊躇していたが、それではブログは途切れたままであるし、運動不足で健康にもわるいしと、”取材”に出るのを狙っていたのである。

幼馴染の友が同行してくれると言うし、2013年1月31日は前後を較べても格段に天候がよく、逆にこの日しかないと思われる程に、良いので決めたのであったが、それはずばり的中し雲の全く無い見事な青い空であった事も書いておきたいのである。

 堀川通り「天神公園前」でバスを降り、「妙蓮寺」「櫟谷七野神社」を見て、更に北西方向に約500m歩いた所が次の訪問地である。

 

「建勲神社」  (けんくんじんじゃ、たけいさおじんじゃ)  別名:けんくんさん

      京都市北区紫野北舟岡町49

      境内自由

明治2年(1869年11月8日戦国時代を天下統一、朝儀復興などを進めた織田信長を賛えるための健織田社(たけしおりたのやしろ)の創建が明治天皇により決定された。翌明治3年(1870年10月17日、織田信長の子孫で天童藩知事織田信敏の邸内(東京)と織田家旧領地の山形県天童市に建勲社が造営された。

現在地の船岡山は平安京四神相応玄武に位置し、豊臣秀吉によって信長の廟所と定められた地である。その船岡山に神社を移すことになり、明治13年(1880年9月、社殿が竣工して東京より遷座した。なお、この時は現在表参道を少し登ったところにある「大平和敬神」の石碑が建っている場所に本殿があった。明治14年(1881年)に織田信忠が合祀された。明治43年(1910年)に社殿が現在の山頂部分に移建された。

祭神・織田信長の業績にちなみ、国家安泰・難局突破・大願成就の神社とされる。高台にある境内からは特に大文字山比叡山方面の眺望が良い。

ここに上がるにはかなり急な階段をの昇らねばならない。今の私にはこの急な階段は相当こたえる、ぜいぜいと喉を鳴らしながらどうにか登ったが、足の膝と筋肉に大きめの試練となり、またひとつ関門を越えたのであった。

流石は信長公ゆかりの神社だ・・・

 

今回の訪問は好天には恵まれたが、真冬のため実に質素に見えるが、若くて可愛いい知人が紅葉で美しい建勲神社を撮っていたので、ここにそのブログを紹介して、この神社の名誉挽回に寄与したいと思うのである。是非、覗いてやって下さい。

     http://blog.livedoor.jp/shimajirokumagoro/archives/22734198.html

 なお、このブログは”livedoor"のために、時には正しく表示出来ない事があるので、その節は申し訳ないですが、スクロールして、「建勲神社」のブログを探す必要があります。

 

建勲神社を見た後は、「上品蓮台寺」を予定していたが、何を考えていたのか、飛ばしてしまい「引接寺」になってしまったが、それは次回に公開したい。

                                       << 続く >>

 

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