木燃人の波止場

花やお寺や観光地の写真を紹介しつつ、皆さんとの交流を計りたく思ってます、気軽に見て戴き、コメントを戴ければ嬉しいです。

795 竹林寺(奈良)

2012-07-17 08:00:00 | 奈良の寺社

 見て戴く皆さんには大変お手数を煩わし、申し訳ないことですが、ブログはここ(Goo)に引っ越しをしましたのでよろしくお願いいたします。従って、実質このブログがここでの第一号となります。

FC2では僅か1ヶ月余り、15回の投稿だったので、ここにコピーを掲載しておりますが、頂戴したコメントは残してきましたので、ご理解をお願いいたします。


奈良西部の古寺めぐり

 ここは2012.06.22(金)に尋ね、旧のブログ(fc2)に未完成状態で投稿していたものであるが、トラブルにより一切の手が加えられないので、ここに再度やり直しをした。「ブログ索引」などの為に再投稿としたのである。

この日は名阪道「香芝IC]近くの「達磨寺」信貴山にある「朝護孫子寺」、そして、生駒山に来て「金勝寺」、「千光寺」を見てきたのである。そして、ここも小さいお寺ながら、歴史由緒がある寺として紹介されているので、やってきたのである。

「竹林寺」  (ちくりんじ)

       律宗  生駒山

       奈良県生駒市有里町

       境内自由  駐車場無料(2~3台)

      

竹林寺は生駒山の東麓の山中に位置する。奈良時代に架橋、治水などの社会事業に奔走し、東大寺大仏の造立にも力のあった僧・行基の墓所がある寺である。行基が壮年期に営んだ小庵が後に寺院とされたものと思われる。行基は文殊菩薩の化身と信じられており、寺号は文殊菩薩の聖地である中国の五台山大聖竹林寺にちなむ。明治時代以降は廃寺同然となり、本山の唐招提寺が管理していたが、20世紀末から境内の整備が進められている。

約5世紀後の文暦2年(1235年)、寂滅という僧の著した『竹林寺縁起』によると、同年、寂滅らは行基の夢告にしたがって生駒山の行基の墓を掘り起こしたところ、舎利瓶(蔵骨器)や墓誌を発見したという。墓誌の記載内容は唐招提寺文書中に残されており、それによると、行基は菅原寺(現・奈良市喜光寺)で没した後、「生馬山之東陵」で火葬に付されたという。行基の舎利瓶と墓誌は再埋納されたが、銅製墓誌のごく一部の残片が江戸時代末期に発掘され、地元の個人の所有となっていた。これは昭和8年(1933年)11月11日、「銅製行基舎利瓶残片」の名で重要美術品に認定され、現在は奈良国立博物館の所蔵となっている。

 

蓮はこの日(6/22)はまだ蕾野状態、明日になれば開きそう。

 

この後は、本日の最後の尋ね先、すぐ近くにある「円福寺」に向った。

                                    << 続く >>


ここGooのブログは2年程前に採用を検討したが、採用に至らなかったが、今回7社を比較して、最も使いやすいブログであるので、使わせて戴くことにした。

どうぞよろしくお願い致します

 

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