もっきぃの映画館でみよう(もっきぃの映画館で見よう)
年間100本の劇場鑑賞、音声ガイドもやってました。そんな話題をきままに書きます。ネタバレもありますのでご注意を。
 



もっきぃです。

映画の感想は3ヶ月ぶりでしょうか?早いものです。
今日は実家に帰って、今年88歳になる母と映画をみてきました。
数年前まではひとりで京都から東京に行っていた母も、今では映画館に
ひとりでいくことは難しく、体調がよく、他の予定もない日は、
「もっきぃの映画館でみよう」の出番という訳です。映画館までの距離、
上映スケジュール、本人の好み等々を鑑みて、十年連続100本以上の
鑑賞経験を生かして?今回選んだ作品がアキ・カウリスマキ監督の
「ル・アーブルの靴みがき」。こういうときは、巨匠のハッピーエンドであることを、
重要視して選択したのでありました。でもこの監督名前は知っていても実は
はじめて、ちょっと不安もありました。映画館は、久々の京都シネマ。
89席のスクリーン2に、中年以降を中心に40人近く入ってました。

冒頭のシーン。ペンキがはげた壁の前に、老年フランス人と中年アジア人の
男性二人がお行儀よく立って、通行人の足元をみている。通り過ぎてゆく
たくさんの運動靴、次もそのつぎも運動靴。靴を置く特別な木箱に、靴墨、
ブラシ、布があるので靴磨きとわかるが、電車もプラットフォームもでてこなくて、
アナウンスもなし。ただ電車の止まる音と動き出す音、それに伴う人通りで
駅とわかるというわけ。そこに現れるのは、いかにも悪党という感じの革靴を
履いたおじさま。靴磨きの席に座ると、今度は彼を突き刺すような視線で
にらんでいるであろう黒いサングラスの男。もう一人の男もどこからともなく
現れて靴磨かれ席の男をにらむ。睨まれた男は、まもなく席を立ち、お金を
払って歩いてゆくのだが。バーンと銃声。血の海に沈む・・・。否、スクリーンに
映っているのは、靴みがきの二人だけで、男はスクリーンから出て行き、
銃声の音が聞こえただけなのだ。普通なら映像で説明しそうな内容が音、
場合によっては光、それとスクリーンの中に残された役者さんの表現で
あらわされる。スクリーンの外で起こっていることを想像させられるのは
お芝居小屋のようでもあり、さらに結構無表情なことも多いので
役者さんの表情を前のめりになって追いました。

ストーリーは、この靴磨きのフランス人の妻が病気になり死んじゃうのかな?
というのと、ひょんなことからイギリスへ密航しようとしている少年と出会い、
靴磨きが、なんとか少年を助けてやろうとするが、警察も追ってきて、
はたしてどうなるのか?というこの2つの事件をめぐって、いろいろな人が
助け合うという美しいお話。監督も「非現実的」といわれているように、
それはありえないでしょうと思いながらも、のめり込んだ私としましては、
そうあってほしいという内容なので、すんなりと受け入れられました。

また、ひとつひとつの場面が、写真のように印象に残りました。
例えば、序盤で、靴磨きの妻の病気が発覚するところ。テーブルに座って
紫たまねぎをわぎりにしているのですが、数回切ったところで、手をとめ
おなかを押さえてだんだんと前のめりになり、テーブルに突っ伏します。
すると、頭の前にある輪切りの紫たまねぎが、まるでCTスキャンでみた
内臓のようにみえてきました。
もうひとつ印象的だったのは、密航のコンテナが開くシーン。日本で見る
コンテナを2つづないだぐらいの長いコンテナをあけると、そこにはまるで
リビングルームのように、アフリカ人が二十人近く内側を向いて座って
いるのですが、そのときのアフリカ人の怒らず騒がずの無表情な表情を
ひとりひとり別カットだったと思うのですが写してゆき、これまた写真集の
ようでした。
あと、最後の満開の桜の木は、また日本がもとの姿に戻るように
がんばってとののメッセージのように受け取りました。

終わってみれば、みんな困ったときには助けあうような通じあった関係で、
ひとつひとつ行いのかけがえのなさ、ありえないような粋なはからいが、
嬉しく美しく感じられる作品でした。最近読んだヒラリー・クリントンの本に、
うろおぼえながら「ひとりの子供を育てるには村中みんなの協力が必要」
というアフリカのことわざがでてくるのですが、アフリカ少年をめぐる騒動は、
このことわざを思い出させてくれました。

映画を終えてすっかり満足して、母に「どうやった」と聞きますと、
「なんや、さっぱり、わけわからんかった」とのこと。ありゃりゃ。母から
このような感想を聞くのは、7年前の「カンフー・ハッスル」以来。
あのときは、無茶な映画に連れて行ったものだと思いましたが、
今回は???。確かに「非現実的」なところがあり、そこは
わけがわかるとかわからないというより、もともと説明不能。ただ、
私が感動して、母が感動しなかったということは、この映画に
でてくる人間関係を、私は稀で尊いものと感じたのに対して、
母は、そういう人間関係をあたりまえと、あるいはそういうのが
あたりまえの時代を生きてきたということかも知れないと思いました。

それでも、この映画は、今年の私の暫定ナンバーワンです。

PS.祝、日本女子バレー、ロンドンオリンピック出場決定!!
キューバ戦で大活躍した迫田さおりをその後あまり使わなかった
のは温存したものと考えたい。目指せ、金か銀か銅メダル。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )



« 通訳案内士056... 訃報 尾崎紀... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。