もっきぃの映画館でみよう(もっきぃの映画館で見よう)
年間100本の劇場鑑賞、音声ガイドもやってました。そんな話題をきままに書きます。ネタバレもありますのでご注意を。
 



最後に皆殺しになるとわかって見に行くのはやや気が重いのですが
「やがて来る者へ」をみてきました。歴史はあまりわからないので
なんでドイツ軍がイタリアを?日独伊三国同盟じゃないの?と思い
少し調べてみました。

この映画が描いているのは1943年12月から。イタリアは、その年の
7月に連合軍が南のシチリアに上陸したためムッソリーニは失脚、
9月に無条件降伏。一方、北イタリアを掌握したナチス・ドイツは、
幽閉されていたムッソリーニを救出して国家元首としてイタリア
社会共和国を樹立。これによりイタリアは、

北-イタリア社会共和国(ムッソリーニ)-ナチス・ドイツ VS 
南-イタリア王国-連合国 

の内戦状態になったというわけです。映画の舞台である、マルザボットは
イタリア北部の山村なのでドイツ軍の管理下で連合軍はでてこなくて、
パルチザンが地元住民に強力を呼びかけ対抗することになります。

最初は、オリバーストーン監督の『天と地』を思い出しました。あのときは、
ヴェトコン(北)と、南ヴェトナム軍がどちらも生活の中に入ってきている状態が、
何年も続いていましたが、今回は、わずか1年たらずで皆殺しです。その間、
ナチス・ドイツにしても、決して非人間的存在一辺倒に描かれているわけではなく、
最初に村にやってきたときには、緊張したなかにも一種の交流があったことが
わかります。それが、パルチザンが入ってきて、街から避難してくる人がきたり、
物が略奪されるようになったりと・・・生活がどんどん侵食されていきます。


主人公である8歳の少女マルティーナの生活は、弟を亡くして口がきけなくなった
うえに、学校でもいじめられて大変です。あたらしく生まれてくる子供のことも気に
なります。さらには、死が、殺し合いがだんだんと身近なものになってくるので
すが、前述の背景など関係なしに、8歳の少女マリティ-ナの目線でみると、
因果応報。より戦争の本質的なものが、うきぼりにされているように思いました
この小さな村がひとつの宇宙をあらわしており、それがなくなってしまうという
悲しい事実が胸に迫ります。

HP及び他の方のブログで読んだのですが、「やがて来る者へ」は、
「未来に生きる者」を意味し、「マリティーナの弟」であり、私達へ、
このような過ちが二度と起こらないようにという願いが込められているそうです。

最後に、映画が終わってから知って驚いたのが、2007年の軍事法廷。
マルザボット虐殺のナチス親衛隊を率いていた、少佐は1951年に終身刑(1985に恩赦)
となるも、そのときに少佐以外は無罪になったとどっかで見た気がいたします。
しかし、なんと2007年にイタリアの軍事法廷で10名のナチス親衛隊がマルザボット
の虐殺771名を含む1830名の住民虐殺で終身刑の判決がでたというのです。被告は
出廷したこともなく、その後送還されて刑に服するということもないのでしょうし、
なぜ2007年にというのも不明です。戦後60年以上を経過して90代となった被告を
裁くというのは、私は初めて聞きました。イタリア人というと、陽気でアバウトな
印象があるのですが、これが人権に対する意識の高さかなあとも思いました。



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