17日 顕彰式があった。20年以上の功績が認められ、法務大臣表彰の栄に浴した。
よくこの種の表彰のコメントに「自分だけではなく周囲の方々の協力のお陰」というコメントがあるが、今回の表彰こそ「◆」が表彰されるべきと思っている。これで、◆は昨年法務大臣から感謝状を頂いているので、今回の表彰で夫婦で法務大臣からの表彰の栄誉に浴したことになる。
顕彰式当日の天候は式前はどしゃ降り、式終了後は快晴。受賞者の心理を表しているようである。
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我が中学時代のクラス会は、1987年の正月2日に最初に実施し、途中、学年全体での同級会(1997年~2016年まで3年毎)と合流した。同級会の二次会としてクラス会を実施していた。その後、同級会は終わりになったが、我がクラスだけは毎年継続していた。
4年前にコロナ禍の影響で中止にして以来4年ぶりに開催された。今回が最後というコンセプトの下に実施されたが13名の参加者だった。1987年当時は30名の参加だったが、最終回では寂しい人数となってしまった。
幹事も当初から7名で行っていたが、鬼籍に入られたり、都合で参加できなくなったりして、最後の幹事は4名になってしまった。また、51名いたクラスメートも7名が亡くなり、時の流れを感じる。
中学時代の同級生が集まると当時のことが蘇り、すぐに62年前に戻れるから不思議である。こんなに長くクラスメートが集まれたというのもクラスのシンボルでもあった担任の先生がいたことも忘れられない。
最終回は先生の高齢を配慮し、会場には招待しなかったが、サプライズで全員が先生のお宅に伺い花束を贈り、クラス会の終了を報告した。90歳を過ぎた先生も我々同様感動に包まれていた。同時に矍鑠とした先生の言葉、姿に感動した。
誰からともなく「まだこれからも続けようよ」という声もあったが、けじめとしての終了は宣告された。
最終回の記念写真を忘れてしまったのも、大きな反省点でもある。これが年齢のなせることかもしれない。
8日は、昨日の悪天候とはうって代わって秋晴れに恵まれた。千葉の友人を日光を案内するという約束だったので、東武日光駅で9時30分に待ち合わせをしたので真岡を7時30分に出発した。通勤時間にぶつかり心配しながらも約束の時間よりも少し早く到着した。
日光の有名所は見学済みのようなので、日光の隠れた名所を案内することにした。最初は日光金谷家ゆかりの庭園「松屋敷」を案内した。ここの公開は限定され、今回は秋の紅葉時期に限定されての公開だった。広い庭園の紅葉は今が盛りの日光の素晴らしい紅葉を堪能できた。
この「梅屋敷」の後は大谷川沿いにある「憾満ヶ淵」の並び地蔵(化け地蔵)を案内した。十数年ぶりの絶景に自分も感嘆しながら散策した。
昼食は前回の日光行での雪辱を果たすような美味しい蕎麦を食べた。昼食後は隣にある田母沢御用邸の特別拝観で御用邸の最高の紅葉を堪能した。現在、2社1寺に代表される日光市内は最高の紅葉時期を迎えていた。
その後は奥日光の第一のビューポイントでもある明智平のロープウェイ山頂駅から男体山、華厳滝、中禅寺湖を俯瞰した。残念ながら午後の日射しのために絶景を感じられなかったが奥日光の良さは見られた。
午後3時過ぎになり、いろは坂を下り、この時期の日光の名物ともなっている紅葉渋滞に巻き込まれながらも、一路東武日光駅へ友人夫妻を送り、家路に着いた。満足していただいたと同時に、私共も満足の日光行だった。






