コロナ禍のニュースで閉塞感の漂っている今日この頃である。23日は定期健診で宇都宮へ行った。最近、真面目に6kmの定例のコースを継続しているので検診の結果も良くなっているのではないかと期待をしていたが、検診の結果「良くなった」ということではなく「現状維持」で満足しなければならないということをあらためて知った。
24日は、寒さもあったが、天候にも恵まれたので9時から定例のコースを回った。五行川の土手にはナノハナ、シダレサクラが咲きだしていた。また、廃校になってしまった学校にはソメイヨシノの大木5本のうち3本が切り倒され、2本は咲きだしていた。何かの都合で切り倒すことになったと思うが、寂しい限りである。
45分ほどで我が家に戻ってみるとコブシ、スイセン、クリスマスローズが満開だった。西側を走る市道の工事も終了まじかになり、今年度の終わりを告げているようである。
20日 21日 22日は3連休で、20日は春分の日での祝日である。例年の感覚から春分の日いわゆる彼岸の中日は3月23日と思っていたのでちょっと違和感のある彼岸の中日で、快晴ながら風の強い中日だった。
例年の彼岸の中日には、妹夫婦が川口から墓参に来ることになっていたが、今年はコロナ禍の風評で来なかった。父親の21回忌は今年に当たるので一緒に墓参をと考えていたが、残念ながら2人で行くことになってしまった。ここでも例年の平和な生活が乱されてしまった。
墓所の清掃をし、本堂で読経をしていただき塔婆を持って再度墓所へ行き、線香を手向けた。落ち着いて周囲を見回してみると、春爛漫で足元にはボケの花、早咲きのサクラが満開、そして今年新たな発見は我が家の墓所のすぐそばに満開のコブシの花があった。これも暖冬の影響で早く咲いたので発見できたことだと思った。
信じ難い父親の死も20年前の4月7日だったことに月日の経過の速さに驚かされる。今になって余裕があるせいかこんな時はどうする等とゆっくり話したいと思う気持ちにも思い出の不滅を感じる。
17日 友人の宇都宮行きの送迎を頼まれたので、宇都宮での時間8時30分から4時までの時間をどう過ごそうかと考え、9時から古賀志山登山を決行にした。この登山が今年最初の登山となった。
古賀志山(583)は10数年前に登った記憶があるが、十分に思い出せない。最近のニュースでは滑落事故があり、命をなくした記事などを思いだし、あまり気は乗らなかったが、山頂からの日光連山の眺めを想像すると登りたいという気持ちが勝り決行した。
古賀志山への登山口は、城山西小学校の南登山道入口にあり、8時50分ですでに10数台の車があった。平坦なコースもあったが古賀志山直登コースを進み50分ほどで古賀志山山頂に到着した。
このコースは岩場が多く、鎖場もありスリルがあり、楽しい山登りを体験できた。山頂への途中からは宇都宮市街、筑波山などの八溝山系の山々、遠く富士山も眺めることができた。
山頂は、傍らに巨大なアンテナが立っていて興ざめもするが、ちょっとした広場になっていて、樹間からは目当ての日光連山や高原山が見えた。ここからさらに展望のよさそうな御嶽山(546)を目指した。
御嶽山へは鎖場、梯子などを通りながら20分ほどで到着した。ここからの眺めは日光連山を正面に日光白根山、高原山、那須連山、皇海山をはじめとする足尾山系までの大展望を目の高さに見ることができた。その後、赤岩山(536)まで足を延ばそうとしたが、かなりの難所らしかったので下山した。
その後、宇都宮の道の駅「ロマンチック村」へ行き昼食を摂り、宇都宮城址公園の満開に咲くカワズサクラを観て、約束の午後4時前に免許センターに行った。
思い切って、古賀志山を登る機会もないので、この日の古賀志山登山はいい登山だった。併せて、まだまだ足腰にはと、自信をもった一日でもあった。
3月11日 あの悪夢のような3.11の大震災から9年がたった。そして、今、新型コロナウィルスにより世界中がパニック状態である。間もなくに迫る「オリンピック」も延期、いや中止、などと騒がれている。
個人的には、当初から「復興五輪」などという名目に惑わされて実施しようとしていた人達を軽蔑さえしていた。我が家も被災したが、東北の被災地を見れば、五輪にかける費用を復興にかけるというのが「人の道」というものだと思っている。この時期に五輪の誘致に奔走していた人達は現状を見ていない者としか考えられない。しかし、ここで投げ出して諸経費一兆円という金を無駄にするわけにはいかない。何とか実施にと思っているが見通しさえ見えない現状である。
いろいろ考えている中、所属している会の総会が12日に予定されていた。これも新型コロナウィルスの影響で延期だった。延期の時と同じに知人がケガをし、入院したというニュースがあったので、12日に塩原へ行き1泊し、13日に見舞いに行った。入院した病院は、那須塩原市の大きな病院で受付の場所には、時節柄マスクをかけた人達で大混雑で異様な雰囲気だった。当人は、元気で事故当時の模様や入院の辛さなどを話してくれた。元気な姿に会えたのが1番の救いだった。
真岡への帰路は、国道294号線を南下し、途中、波切不動尊として有名な金乗院を参拝した。広い境内にお不動様があり、その前で祈祷加持を行っている様子が新聞紙上で見たのを思い出したりした。さらに南下し「イワウチワ」で有名な那珂川町の富山を回った。15日に開山ということで地域の人が開山に当たっての準備をしていた。許可を得て、開花の様子を見てみると山の上の方に開花している様子も見られた。暖かいといわれる今年ではあるが平年より5日ほどの早い開花だそうである。全山が「イワウチワ」の花で覆われるのは20日過ぎのようである。
12日、13日と春を思わせる日だったが14日は真岡の日中の最高気温が10度を超えないような気温で寒暖の差があまりにも大きく、年寄りには試練の日々が続く。






