25日 26日の両日は、記録的な暑さだった。25日は孫の運動会が横浜であったので、真岡を6時15分に出発し、新国四で五霞まで行き、圏央道と東北道、首都高、東名道をつなぎ運動会会場へ行った。この日の暑さたるや半端なく、真夏の気温だった。学校のこの暑さへの対応は昼食までの間に2回の休憩をとるという方法だった。運動会での孫の活躍は応援団や徒競走、ソーランの踊りで本人も満足していた。孫の元気な姿を見るのは嬉しいものである。これも小学校の時だけの風情かと寂しい思いをしながら帰宅した。
26日には、知人が舘林のバラ園を訪ねたいというので合流した。この日も昨日に続き、暑さは異常だった。過去にも多くのバラ園を訪ねたが、ここは種類、規模ともに素晴らしかった。バラは香り、姿など花の女王にふさわしいところがある。
バラ園の後は、県立舘林美術館で開催されている熊谷守一展を鑑賞した。帰路には釣りのメッカでもある多々良沼公園の夕日をみて帰った。
所属する会の今年度最初の定例会が23日に塩原で開催されたので、22日に出かけた。 22日の午後の案内所の当番がいなかったので、22日の午後は当番業務に協力した。
案内所の当番をしてみると観光客の動向とともに塩原の最新の情報が得られるので大変楽しい。新緑の時期と妙雲寺のボタンの最盛期ということもあり、多くの観光客を期待していたが観光客も少なく期待外れの感が強い22日の午後だった。
この時期の塩原は新緑から深緑に変わる時期で、花も紫色のキリの花やフジの花から紅のツツジの花への移行時期でもある。自然郷での生活も暖房いらずで、温泉につかり本に目を通す優雅な時間でもあった。翌朝は5時に目覚め、自然郷の散歩と掃除で定例会の開始時間9時30分まで過ごした。毎度の事ながら今回も開始時間を10時からを30分ほど早く会場に到着してしまった。30分の時間を妙雲寺門前の散策で楽しんだ。歩くということは新しい発見があり楽しい。
今回の定例会は「大正天皇と塩原御用邸」ということで塩原もの語り館の企画展に関わる話だった。この話から大正天皇に対する認識が大きく変わった。特に和歌や漢詩に優れ文学的にもそして平和主義であり素晴らしい天皇であったことや一夫一婦、摂政など大きい発見があった。
定例会の後は季節の昼食を摂り、今を盛りに咲いているであろうクマガイソウを見に行った。クマガイソウは期待通り満開だった。クマガイソウの見頃はあと一週間ぐらいかもしれない。塩原の「トロかぶ」として有名なかぶを購入しニュー塩原で入浴し帰宅した。
13日 数年前からの念願だった袈裟丸山のヤシオツツジを見に行った。真岡出発が7時半と遅かったので出勤時間とも重なり、登山口到着が10時を回ってしまった。駐車場は満杯で路上駐車をせざるを得なかった。
数年前、栗山の月山で、圧倒的なヤシオツツジの群落に感動していたところ、ここより素晴らしいヤシオツツジは袈裟丸山の群落という情報を得て、やっと実現でき、気分的にかなり嬉しく思っていたところ、路上駐車ということに不満も大きくなってしまった。
登山口から20分ほど歩くと、見上げる稜線に、憧れのヤシオツツジが見え始めた。1時間ほど歩き、稜線上に立つと、そこはヤシオツツジツツジの大群落だった。噂通りのヤシオツツジで大満足の山歩きとなった。
残念ながら目標にしていた袈裟丸山(1878)山頂の踏破は諦め、小丸山(1676)までで下山した。小丸山からの展望も素晴らしく、正面に袈裟丸山、皇海山、白根山をはじめとする日光連山を目にすることができた。
下山はのんびりとヤシオツツジをみながら、同じような環境にありながら、花の色の濃淡に違いがあることを考えながら下山した。
下山後は再度、、96メートルの落差のある小中大滝と斜度44度もある吊り橋のけさかけ橋を通り、わたらせ渓谷鐵道の水沼駅の温泉に浸かり、北関東道を通り帰宅した。
出かけると思いがけない発見がある。今回は袈裟丸山の折場登山口と小中大滝へは道路が周遊になっていることも今回初めて気がついたことでもあり、さらに、同じような色のヤシオツツジには、ムラサキヤシオとアカヤシオがあり、栃木県の県花はアカヤシオであることも新しい発見だった。






