23日 所属する会の定例会があったので、しばらく振りの塩原行きとなった。急な用件が入ったので日帰りとなってしまったが、春間近の塩原はとても良い。特に日留ガ岳と会津の山々の雪化粧は圧巻でもある。
塩原へ行くたびに日留ガ岳を遠望する場所が塩原八幡宮と国道400号線の日塩道路分岐の中間点である。手前に杉の木があるが日留ガ岳の雄姿の全貌が見える。
今回の定例会は、コース別の研修で自分はチャレンジコースを選択し、天狗岩に登った。
天狗岩へは春、夏、秋に10回程登っているが、今回は冬の天狗岩の眺望を期待した。3月下旬では冬の眺望には、季節外れだった。
このチャレンジコースへの参加者は4名と少なかったが、会話をしながらの登り30分、山頂での30分、下り15分は楽しい時間でもあった。
帰宅は、午後5時15分だった。
2011年3月11日の東日本大震災から7年が経過した。自分たちの年代以下の者たちにとっては、将に未曾有の大災害であり、忘れることの出来ない大事件である。
未だに、故郷から離れて生活せざるをいない人たちも多くいる。さらに、この災害から7年も経過しながら、復興の見えない地域もあるやに聞いている。情けない思いで一杯である。国民のためならオリンピックを返上してでも何とかする位の気概が欲しいものである。2年後、仮設住宅や行き場のない放射性物質の積んである傍らでオリンピック観戦、これでいいんですか。寂しい限りである。
我が家でも塀が倒れそうになったままになっている。修理に要する資金がないということもあるが、大震災の記憶の一端でもある。
この震災後、我が家では真岡を離れて生活している子どもたちに安否を知らせるために、このブログを始めた。このブログも、本日をもって開設から2553日になる。
今までこのブログに泣き言を綴った日は無いが今回だけは綴らせて貰った。
10日 娘夫婦の安産祈願に雨引の観音様へ行ってきた。昨年の6月にも3人目の孫の安産祈願に行ったので半年ぶりの雨引であった。
当日は娘夫婦と10時の祈祷時間に間に合うように待ち合わせたが、大安、土曜日、10時からと条件が良く、境内一杯に咲き誇っている満開のカワヅサクラに誘われるように、多くの安産、子どもの成長、厄除けなど祈願者で賑わっていた。
雨引から帰宅の途中休憩し、娘夫婦と別れ、北関東道を利用し、栃木、佐野方面に咲いているというセツブンソウ、ユキワリソウを見てきた。栃木の星野、佐野の三かも山どちらにどの花が咲いていたのか間違うほどの花々であったが、小さく取るに足らない野草である。そんな野草に感動している姿を不思議に思いながら、佐野からの帰路は一般道を利用し帰宅した。
これから本格的な春にかけて花ばなのニュースに振り回されそうである。
今年始めての塩原行きが、7日の所属する会の総会に併せて、2泊3日で6日に行った。今年は雪が多く塩原はどうだったかという不安の中での出発となった。真岡から関谷までは、高原山に冠雪があり、遠く那須連山と流石山の雪の屏風が遠望できるくらいで、道端にも残雪が無く、春を感じさせていた。
塩原の温泉街の福渡に入る頃から、渓谷の北側斜面や道端に残雪が見えるようになってきた。上塩原の自然郷にはいると道路上には雪は一切無いが木々の間や道端には大量の雪があった。しかし、確実に春めいていた。
2ヶ月振りの自然郷での雪の被害は雪によるテレビのアンテナ線の切断があり、テレビ視聴は不可能になってしまった。
他の住宅では雪の重みに耐えられなくなったベランダが崩壊した住宅もあった。今年の塩原は、例年にない豪雪と寒さで自然郷にも被害が多くあったようだ。
8日の塩原は、朝から雪が降ったり、雨が降ったりと雪と雨とのせめぎ合いが続いていた。
真岡はしっかりした春の雨だった。






