22日 かねてから計画していた雨飾山(1963)登山の前日、今ブームでの「真田丸」の拠点でもある、上田城を見学して、その後善光寺と対になる「北向き観音」を参拝した。
上田城は大河ドラマの好調な視聴率からウェークデーにも拘わらず多くの観光客で賑わっていた。大軍の徳川勢を2度に亘って敗走させた上田合戦を彷彿とさせる堅牢な城郭を予想していたが、今やその面影はない。しかし、当時を合戦を連想させるのには、このぐらいの城址が丁度いいようである。このようなところからも信憑性の薄い真田十勇士などの脚色物が出てくるのかもしれない。現在放映中の「真田丸」を思い致すと言うよりも、子どもの頃の「真田十勇士」のワクワク感を追体験してきたような気がする。
今年の秋に再度上田城を観光する機会があるので、今度は別の観点から楽しもうと思っている。この上田城の観光は同じ思いの人もいて雨飾山へ登山する仲間も一緒になった。一緒に食べた昼食信州蕎麦も旨かった。さすが本場である。
「北向き観音」は以前から気になっていた観光スポットであったが、来る機会もなかったが、やっとお参りができたという安堵感で一杯である。これで、善光寺のお参りと両参りになり多くの御利益も期待できる。
北向き観音の近辺の曹洞宗の寺安楽寺では、国宝八角三重塔をお参りした。妻は、この塔を非常な感嘆をもって眺めていた。建立年代は、鎌倉時代末期で禅宗様式の唐様で我が国最古の禅宗樣建築であった。
近辺にある常楽寺は、天台宗の寺で北向き観音の本坊でもあった。上田城、北向き観音を観光した後、一路明日の雨飾山登山の基地ともなる、宿泊地小谷村の雨飾荘へと車を進めた。 この日の歩数は17000歩であった。
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4 真田家は家紋 六文銭ばかりでなく州浜・雁金も使用していた