27日の大政山登山に続いて、今日28日は、浅間山(せんげんやま)に登った。登山口は、旧南高岡分校現在の南高岡公民館だった。
40分程で山頂につき30分程で下山できた。55年ほど前に分校の最上級生の4年生で登ったような気もあるが、すっかり記憶も飛んでいた。
山頂からの景色は、まさに絶景で日光連山、雨巻山、加波山、筑波山の八溝山系、さらに天候に恵まれれば富士山さえも展望できるのではと思われた。
登山口に地区の人がいたので話をすると、昨日イノシシが畑を悪戯したので駆除の仕方を考えていたようだ。今、南高岡では、イノシシの被害が増えているようだ。
1 登山口の公民館にあった二宮金次郎の銅像 2 整備されている登山道 3 4 山頂の祠 5 山頂前の鳥居 6 山頂からの加波山、筑波山 7 下山口
故郷の山頂極め 過去を見る
真岡の最高峰も二宮町との合併で変わってしまった。合併前の最高峰は、南高岡の標高236.2メートルの浅間山(せんげんやま)だったが、合併により三谷の標高283.5メートルの大政山(たいしょうざん)になってしまった。
真岡の住民として地元の最高峰に登ったことがないというのは寂しいと思い、27日午後単独で登った。登山口から山頂まで40分ほどであった。なお、以前にも登頂しようと思ったが、南高岡側から登ったため、あまりの長丁場で断念した経験もある。
大政山は、二宮の人特に物部地区の人々にとって、昔は小学校の遠足などで登る山として誰もが知っている山のようである。しかし、我々昔からの真岡の住民にとっては、北関東自動車道路の大政山トンネルの開通によって始めて知った山で馴染みがなかった山である。
登山道は、地元の人たちが整備されていて、一人で登っても十分楽しめる山である。山頂の展望はないが少し下った所に日光連山、筑波山が目の高さに見える場所があり休憩するには最適地もある。
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1 きれいに整備されている登山道 2 東の加波山方面 3 大政山山頂 4 南東の筑波山 5 西の日光連山
枯れ草に足をとられて春を待つ
塩原まちめぐり案内所の当番をしていると、観光客の減少が気になる。塩原の魅力には春夏秋冬の自然と温泉、明治以来の文化人の来塩の足跡などはあるが、文化財など施設の文化資源には恵まれているとはいえない。
先日、市の行事で大正天皇御用邸跡と天皇の間記念公園の説明会があった。個人的には数回見学して概略は知っていたつもりではあるが、このように素晴らしい史跡があるにも関わらず、まちめぐり案内所で扱わなかったことを反省した。塩原の史跡として積極的にPRしようと思った。
22日塩原からの帰路、宝積寺へ立ち寄った。現代的な新居が完成していた。
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1 バイパスからの温泉街 2 天皇の間御座所 3 天皇の間縁側 4 御用邸跡の防空壕入り口 5 完成間近の宝積寺新居
新しき史跡脳裏に忍び込む
春、夏、秋の三依経由での塩原行きは何度も経験があり季節ごとの良さを感じていたが、冬の三依経由は雪や凍結の心配で利用しないでいた。
今回は、鬼怒川温泉のホテルに用事があったので、三依経由での塩原行きとした。鬼怒川・川治・五十里・三依を通る道路は、会津西街道であり江戸時代の主要な街道であった。現在も、この地方の生活道路であり、除雪もされ通行に何ら問題もなく、雪の山間地の様子も観察でき素晴らしい塩原行きができた。
特に、今回は五十里湖の氷上に積もった雪の様子に感動した。四季折々の良さがある会津西街道であった。残念だったのは、三依そば街道と名乗っていながら、蕎麦屋さんがほとんど閉店していることだった。
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1 3 五十里湖の結氷した上にのっている雪 2 野岩鉄道の線路 4 塩原でみた氷柱 5 雪の日留賀岳
静寂は寒を引きずる水の上






