野々池周辺散策

野々池貯水池周辺をウォーキングしながら気がついた事や思い出した事柄をメモします。

こうも暑い日が続くと嫌気がさす

2016-08-13 06:40:24 | 野々池周辺
  「あまりの暑さに、野々池貯水池はカメが甲羅干し、近くに白鷺が休止」
何故だか朝5時ごろの気温は涼しく、寝ていてもやや寒いぐらいで、タオルケットを胸近くまで掛け直した。
でも、この涼しさも朝9時頃までで、以降、昼間は暑い日が続き、熱中症注意のテロップがテレビに流れ、救急車の患者数が毎日の話題。
この暑さに雨でも降ってほしいと願うが今年は台風も来ない。やっと台風5号、6号が発生するも本土へは上陸せずでかすめもしなかった。
それにしてもこの暑さ。これが本来の夏の暑さだと言っても部屋に籠っていると、熱中症になったような感覚でボーッとしている。

午前中、リオ・オリンピックの男子卓球を暫く観戦した。
日本卓球陣としては、水谷選手が初めての銅メダル。この3位決定戦、息詰まる戦いで、勝ったから良かったものの卓球観戦は体に悪い。
男子がこんなに息詰まる試合なんだったら、とてもじゃないが、福原愛の試合などライブでは見られない。

その後、野々池貯水池に上がってみた。秋空のような景色になってきて、むーっとするような暑さではなく、爽やかな風が通り過ぎている。
野々池貯水池の草刈りは数日前に終了したようだが、長い期間掛かったので、一番最初の草刈場所はすでに草が伸び放題。
空は雲一つなく青空だが、全体的にぼやーとした空模様で、いつもは綺麗にはっきりとみえる明石大橋も今日は霞んでいる。
改めて、兵庫県南部の過去の天気を調べてみたら、7月に入って晴れマークばかりで、約8割が快晴だった。
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勝負は歴史の延長上にあるからこそ、頑張れる。

2016-08-12 06:19:02 | スポーツ
     「産経ニュース」
今年の夏はリオ・オリンピックの年で、暇を見つけてテレビ観戦している。
そんな中、日本代表が体操団体競技で金メダルを獲得。今年の日本体操は絶対王者(と新聞にはそう書いてある)内村航平を中心に、
団体の金獲得が悲願で、その可能性は非常に高いと報道されていたので、体操は問題なしと思っていた。ところが、その日本代表が予選でミスを連発し、
これはあかんと案じていたが、本番ではロシア・中国を辛うじて抑えて金メダル獲得となった。表彰台後の内村航平との一問一答が産経ニュースにあった。
内村航平が何を語るか非常に興味があった。

リオ体操団体で3大会ぶりの金メダルを獲得した内村航平との一問一答(産経ニュース)。
 --金メダルを今手にしているがどんな感触か。
「めちゃめちゃ重たいです」(太字:内村航平)
 --胸にかかった瞬間、驚いたような表情を見せていたが
「北京、ロンドンとメダルを取ってきて、一番重たいので、それプラス僕たちの頑張りという、なんかよく分からないものも入っているので、倍以上に感じていると思います」
 --表彰台の「君が代」はどんなふうに聞いていたのか
「声が裏返るまで歌ってやろうと、みんなでいって、すごくゆっくり流れたので、ちょっと歌いづらかったですけれど、すごくみんな大きな声で歌えてよかったと思います」
--(体操男子団体総合で日本が金メダルを獲得した)アテネのシーンにあこがれ続けて、今度は自分が今その中にいるわけだが、実感はあるのか
「やはり、アテネは僕たちの中では超えられていないのかなと思うのと同時に、僕たちは僕たちの歴史というものがあると思うので、
 それは、結果がオリンピックで金なので、それはそれでいいんじゃないかなと思います」

 --日本が勝った理由はどこに感じているのか
「ここまですごく努力をしてきたので、その努力じゃないでしょうか」

内村航平、オリンピック3大会に出場し個人総合2連覇を含む7つのメダル(金メダル3、銀メダル4)を獲得、世界体操選手権でも個人総合での世界最多の6連覇を含む、
19個のメダル(金メダル10、銀メダル5、銅メダル4)を獲得している、体操の世界歴史の中で燦然と輝く戦績を得て、絶対王者と言われている。
団体総合で2004年アテネ以来、3大会ぶりに「世界一」の座を取り戻し、「僕たちは新しい歴史を作ることができた」と満足感を漂わせたと報道されている。
内村航平のような絶対王者と称される世界的にも稀有の選手が、体操日本のアテネ金メダルを超えること、歴史を作ることを頭の中に描き続けてきたことに驚く同時に、
スポーツの世界では、歴史を塗り替える、歴史を作ることは最も重要なことで、それが選手活動の精神的支柱になっているなんだなー改めて思った。

アテネ超えを目標にして、表彰台の真ん中で、高らかに「君が代」を歌い上げる。表彰台で国歌を歌う選手が少ない中で、表彰台の5人は口を大きく開け、
「最高でした。声が裏返るまで歌おうって、みんなで言っていたんです」と。世界最高のスポーツ観戦をこんなに気持ち良くみられるとは、最高の場面だった。
  「リオデジャネイロ五輪:体操男子団体総合では日本が2004年アテネ大会以来、3大会ぶりの金メダル。
                                   1960~70年代の5連覇と合わせ、この種目では通算7回目の優勝になった。「新しい歴史作った

世界最高の頂点とは比ぶべくもないが、モータースポーツ競技を含むスポーツ競技でも、看板を背負ったチーム(チーム○○)の旗の元に出場する場合も、
戦った結果は歴史として残る。一般的に、黎明期から出発したチームは、彼らが経験した辛苦や成功の歴史は次に世代に引き継がれ、またその次の世代に引き継がれる。
それらは、チームやその所属する社内外の環境にも大きく影響を受け、全く勝てない苦労の連続な時代がある一方、レース運営が巧く機能し、
当時のモータースポーツ界を牽引した時代もある。しかし、これは前世代から引き継いだ置き土産を周到に分析した結果で、前世代の成せる技が後輩の時代に成功した証し。
誰でも他社競合チームに勝ちたいと思って一生懸命なるも幸不幸の時代は背中合わせで、それは時の運不運のなせるものかもしれない。
勝者の歴史や成功体験は連綿と後輩に受け繋がれているのも事実であり、否定しようもない。そして、その結果がチャンピオンとして華開き評価される。
だがそれも歴史のなかでは一瞬に過ぎない。その一瞬の成功も黎明期から連綿と続く歴史の流れの中であり、そして、これ等を次の世代へと歴史を
継続させているのは今の現役世代の仕事。往々にして、チーム○○が不遇な時代、勝てないことが続くと、マスメディアそして外野席や関係先からの苦情や心配の声が
上がる場合がままある。それに真摯に答える努力をして結果に繋げるか、あるいはそっぽを向いて内に籠って勝てない自分のふがいなさを逆にすねて反発するか、
それは結果に明確に残るから面白い。同じモータースポーツの歴史に長く接し観察していると、そんな場面に度々出くわす。
アテネの金を超えようと真摯に努力して答えを出し、やっと自分等も歴史を作ったと胸を張った内村航平、表彰台にトップに立ち国歌を歌う内村航平を見ながら、
こんなことをふと思った。

         




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ビデオメッセージ

2016-08-10 06:26:35 | その他
   「NHK NEWS WEB」
8日のNHK NEWS WEBに「天皇陛下のお気持ち:ビデオメッセージ全文 」が掲載されている。
8日の午後3時から放送され、NHKも含むほとんどのテレビが同じ内容で報道していたので、その解説を含めて注視し聞いた。
天皇のお言葉の中で、個人的にやはりそうかと気になった文章は次の2点。「高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、 国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。既に八十を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。」

「天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。 また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。 しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。」

今上天皇は82歳と高齢で、過去に前立腺がんや心臓のバイバス手術などの病歴もあり、多くの公務を務めなければならない状態が大きな負担になっている。その前提の上で、天皇として本人が理想とされる象徴天皇を全うするには、今は健康だが、近い将来にまで理想とする象徴天皇の役割をこなすことに約束ができない。また、天皇の業務を担える摂政を存命中には設置を望まないと表明された。注目されていた天皇のビデオメッセージは、予想どおり間接的に「生前退位」を強く示唆したものだった。天皇の生前退位は皇室典範に規定されていないようで、また、生前退位がもしあったとしても、それが日本政治や経済に実質的な影響を与えることもないと思うが、天皇のお言葉が報道されると、安倍首相は8日午後、首相官邸で記者団に「天皇陛下が国民にご発言されたことを重く受け止めている」と語ったとある。天皇のお気持ちを尊重したうえで、「生前退位」へのスムーズな移行につき、有識者会議をすでに着手していると報道にあった。

我々は終戦後直ぐの生まれだが、我々が抱く天皇像には強い尊崇の念を抱くものがある。陛下が被災地に赴けば、被災者たちは大きな勇気を与えられ、どんなスポーツでも天覧試合は歴史に残るような名勝負になることが多い。そうした場面を数多く見てきたし、そのことで天皇の役割をしっかりと目に植え付けてきた。ところが、今回改めて報道された記事を読んでいると、憲法で天皇は世襲と定められている以上、即位を拒むこともできないし、職業選択の自由など何もない。一日8時間だけの拘束ではなく、24時間を拘束される重労働を生まれながらに課せられ、しかも、一度即位してしまえば、退位もできず、政治的発言も規制され、かつ亡くなるまで天皇としての役割を全うすることを義務付けられると解説されている。今上天皇は何一つ疎かにできない性格で、それ等の義務に忠実に接しされたとあった。

戦後直ぐ生まれの我々にとっては、我々が天皇に抱いている印象はすこぶる高貴で別格な存在だった。だけど、故郷である島原・普賢岳の大噴火に際し、避難してきた人達に、天皇・皇后両陛下がひざを曲げ直接話を聞かれていた際の印象は、それまで持っていた天皇とは違うものだった。また、天皇の象徴天皇としての役割が素直に国民に深く認知されていると認識された案件が5年前の福島震災での出来事で、テレビ放映されたのでよく覚えている。当時の、戦後最悪と言われた民主党の菅直人元首相が避難所を訪問した際、スリッパ姿で突っ立ったままで話した菅元総理に、「もう帰るんですか」「無視していくんですか」と怒号の声が響きわたった。ところが一方、天皇・皇后が慰問された際は、まず両陛下は海に向かって黙礼され、犠牲者が出た近くの住宅地でも、目を閉じ頭を下げられた。避難所での両陛下はスリッパを脱ぎ、腰を折り避難所の人達の思いをしっかりと耳で聞いておられた。陛下が避難所の声を聞いて直接どうこうできるものではないが、陛下に直接聞いて頂いたという事で、避難所での今後の苦労を安心して背負っていけるはずと思ったに違いないとテレビを見ながらそう思った。政治を動かす当時の総理と比べること事態が恥ずかしくなるほどに、陛下へ抱く尊敬の念はこれほどまでに深いものかと実感した場面だった。陛下へ抱く尊敬の念は、長い歴史の中で育んだDNAみたいなもので、国内の一部に天皇を否定しようとする動きもあるようだが、歴史の重みにある天皇に対す尊敬の念はごく自然に継続されつづけ、このDNAは消しようがないものだと、今回のビデオメッセージ「生前退位」希望への天皇発言を見ながら、そう思った。

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真夏の西明石・上ケ池公園

2016-08-08 06:10:42 | 
「花と緑の学習園入口」
真夏の西明石・上ケ池公園には行ったことがなかったが、西明石駅に行った帰り、寄り道して上ケ池公園内の「花と緑の学習園」に立ち寄る。
今日も外気温は32度、暑い。公園内は、大きな樹木に日差しが遮られ涼しい風が通るが、ちょっと道を外れると照り返しが強く、木の日陰を歩く。
公園真ん中の噴水も止まったままで、公園を訪れる人は僅か。近接の「上ケ池公園」も暑すぎて、普段はいっぱいのサッカー少年を一人も見ず。
真夏の花に豪華さはなし。明石の気温は31~32度の範囲だが、神戸や大阪は35~36度で、この状態がここ一週間は続く見込みとの予報。
 
 
 
 
 

  公園脇に、かってJR神戸線にあった、小久保こ線橋がある。
西明石の北と南を結ぶ橋で、西明石の北側から川重明石工場西門へ出勤するには必ず通る橋だったが、
今は登録有形文化財として指定され、この公園にある。青色塗装は昔のままに保存されている。
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新しい戦略機を得る

2016-08-06 06:25:43 | その他
4日、興味ある記事が報道されていた。
ヤンマーとヤマハ(発)はアメリカにおけるROV事業での業務提携について合意し、ヤマハは自社生産のROV(Recreational Off-Highway Vehicle)「VIKING(バイキング)」と「VIKING VI(バイキング6)」をヤンマーにOEM供給するとのこと。ヤンマーは2012年、創業100周年を迎えたのを機に、1兆円企業に向けた成長戦略をスタートしたと報道されており、その一環としてブランドイメージの向上を目指し、「ヤンマープレミアムブランドプロジェクト」の本格展開を既に発表している。このときの発表されたヤンマー製のトラクターは斬新なデザインで、超コンサバの農業分野に革新的デザインのトラクターが登場したのでびっくりしたものだった。ヤンマー本社はJR大阪や阪急梅田に近い、茶屋町の一等地にあり、総じて品の良い会社と言う印象がある。
そんなヤンマーがヤマハ(発)から注目の新製品の供給を受けること分かった。
   「ヤマハVIKING VI」
ヤマハ(発)とヤンマーとの業務提携のニュース「ヤマハ発動機・ヤンマー両社が米国ROV事業に関する業務提携で合意」が発行されている。
「ヤマハ発動機株式会社(以下ヤマハ)とヤンマー株式会社(以下ヤンマー)は、このたび、米国におけるROV(Recreational Off-Highway Vehicle)事業での業務提携について合意しました。 両社は年内に契約締結を完了させ、2016年12月からヤマハROVの マルチパーパスモデル「VIKING(バイキング)」および「VIKING VI (バイキング シックス)」(いずれもヤマハ名)を ヤンマーにOEM供給し、ヤンマーは米国での農家向け販売網を活用して2017年1月から同製品の販売を行います。 今回の業務提携の目的は、ヤマハの技術力・製造ノウハウと、ヤンマーの米国での農家向け販売網という両社の強みを生かし、拡大する米国ROV市場での販売を拡大することです。 両社は、ものづくりを通して市場を創造、開拓するという同じ価値観を共有し、これまでにも、産業用無人ヘリ・発電機・除雪機での取引実績があります。 米国市場におけるROVの需要は年々増加傾向にあり、農業や酪農などの業務からレジャーまで幅広い用途で使用されています。このうちヤマハの「VIKING」は実用性と快適な 走行性・居住性を兼ね備えた3人乗りマルチパーパスモデルとして2013年に発売、また、「VIKING VI」は多人数乗車時の快適性と優れた走行性能を高次元で達成する6人乗りモデルとして 2014年に発売されました。また、ヤンマーにおいては米国のROVを含む農業用運搬車両市場に対して長年ディーゼルエンジンおよびドライブユニットのみを供給してきましたが、今回の業務提携を皮切りに次のステップとしてROV製品販売に参入します。 このたびヤマハからヤンマーにOEM供給されるこれら2機種のROVは、カラーリングやグラフィックなどの外装デザインをヤンマー仕様として一新しており、 ガソリンエンジン搭載の新製品としてヤンマーのブランド、モデル名で販売します。なお、生産は米国ジョージア州のYamaha Motor Manufacturing Corporation of Americaで行います」

ROVは日本の二輪企業ではヤマハ、カワサキ、ホンダが生産しているオフロード専用の多目的レジャービーグル車のことだが、その流れの最原点にあるのが、ホンダが開発の先鞭を付け販売した三輪ATV(全地形対応車:All Terrain Vehicle)で、ATVが米国訴訟問題を契機に衰退し、その後四輪ATVが活況を呈してきた。この四輪ATVを更に多用途に供すべく開発されたのがKawasaki”MULE"で、その発展機種の一つにヤマハのSide-by-Sidesがある。
今現在、呼称は各社異なるが多目的運搬車(side-by-side)は広く米国市場で高く評価され、米国企業を含む多くの海外企業も、この分野に進出している。多目的に使用されるので、米国の大市場である農業分野や工事現場で大いに重宝されており、日本の二輪企業外の生産では、大阪のクボタが2005年”Kubota RTV900 Utility Vehicle”を発表し、瞬く間に米国市場に受け入れられ、初年度の販売台数、16000台。市場投入初年度に16000台の販売台数は驚異的な台数だが、このことは多目的車市場は限りなく大きいと驚嘆したものだった。その日本のクボタの工場とは線路を挟んで目の前にある、同じく農業分野を得意とするヤンマーの工場が多目的車市場に参入しないのを長年、不思議に思っていたが、来年2017年にヤマハ(発)から供給を受けて米国市場に初参入するという。米国の大市場の農業分野は世界最大手のJohn Deere社の寡占状態にあるが、そこに日本で最も競争の激しい戦いを生き残った浜松企業が参入しつつあるも、今だJohn Deereの牙城は崩せずと言う処に、日本の農業分野の最大大手クボタとヤンマーがこの分野に参入してくるので、二輪以上の活況を呈していくに違いない。




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芙蓉の花@王塚公園

2016-08-05 06:17:19 | 野々池周辺
王塚古墳は周濠周りをぐるっと迂回せねばならないので、車で通りながら、公園のその時節の花や新緑・紅葉を楽しめる。
普段は、桜や銀杏並木はシーズンになると大勢の人が弁当を広げる公園だが、こんな暑い日だと蝉が飛んできて鳴くぐらいで誰も来ない。
丁度今、芙蓉の白と濃いピンクの花が咲き始めた。
       
 
       
直径10-15cm程度の花で、朝、車で通っていると一番に見える場所に咲いている。
1日花だが、花の周りは蕾をいっぱ付けているので、次から次へと咲き、とても一日花とは思えず、当面は楽しめる。
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涼しく過ごす

2016-08-03 06:28:51 | 日常生活
   今日(2日)は、昨日とはうって変わって朝から涼しい。車が示した朝の外気温は28度。
それでも、日が照り始める同時に鳴く蝉が煩くてうっとうしくなるが、朝は野々池貯水池からの風が室内を素通りして流れ涼しい。
家の前後が道路と野々池貯水池に面しているので遮るものがなく、風の通りはよく、新築した時から大工さんが涼しいと好評だった。
でも、ここ2年ほど、日中は暑くクーラーをつける時間が多くなった。しかし、クーラーをつけると、体がその温度に慣れて、
クーラーに頼ってしまう毎日が続き、これではいかんと、2、3日置きぐらいは野々池に登って汗をかくように心がけしている。
ブログを書いている部屋は、一階の西側。東西の窓を開け広げると風が通っていくので、それに扇風機で少し風を加えると快適。

今日、ネットを読んでいると、こんな記事に出会った。「エアコンだけに頼らない涼の取り方。風鈴、打ち水、すだれ、ハッカ油など日本の涼の知恵
よく知られる在りふれた話ばかしだが、エアコンだけに頼らず、家の中でできる自然な涼の取り方の解説だった。
★「風鈴の音やすだれなどで感じる涼」
 ・夏の風情といわれて思い出すのは風鈴だ。風鈴が鳴ることで屋内に風が入ってきたと実感できる。
 風鈴にはさまざまな素材があり、鉄のものならチリチリと高く細い音が涼しげだし、ガラス製のものは澄んだ長い音がいかにも風情を感じさせる。
★「窓に「すだれ」や「よしず」をかける」
 ・真夏の強い日差しや日射熱を遮るには、窓に「すだれ」や「よしず」をかけるのも涼を感じる一つの方法。
 すだれは主に葦(あし)や竹を、よしずは葭(よし)を素材として使っているから、自然素材ならではの清々しい香りも楽しめる。
 すだれやよしずに水をスプレーすることで、風が通るたびに、水が蒸発する際に周りから熱を吸収する"気化熱"が発生し、さらに温度を下げてくれる。
★「網にアサガオなどを這わせて、グリーンカーテンを作るのも効果的」
 ・植物からは水蒸気が発生しているから、水をスプレーしなくても温度を下げる効果があり、見た目に美しい。
 江戸時代、盛んに品種改良されたアサガオは、夏の風物詩として愛されてきた、昔ながらの涼を取る方法の一つなのだ。
 ヘチマやキュウリ、ゴーヤなどのつる野菜を植えて、収穫した実を食卓に乗せても良い。水分の多い夏野菜は体の中から冷やしてくれるから、一石二鳥だ。
★ 更に効果的なのが「古くから行われてきた打ち水」
 ・水が蒸発する際の気化熱で温度が下がることを利用した打ち水
 現代の道路はアスファルトが多く、太陽に熱されることで、陽炎(かげろう)が立ち上るほど熱くなる。
 この暑さを少しでも軽減するために、朝の涼しいうちから水を撒いておき、気化熱で温度の上昇を抑える。
 ただし、真昼の日向に打ち水をするのは逆効果。湿度があがって不快さが増してしまうからだ。
★「ハッカ油を利用する」
 ・肌に直接に塗布して涼を得る方法の一つがハッカ油だ。薬局へ行けば20ミリリットル500円程度で販売されている。
 入浴前に、浴槽に数滴入れれば清涼感のあるミントの香りが立ち上り、肌にも涼感が得られる。風呂上りに扇風機にあたれば、寒さを感じるほどだ。
 なぜハッカ油を入れると涼しく感じるかというと、ハッカに含まれるメントールが、皮膚に分布しているTRPM8(トリップエムエイト)を活性化するから。
 (ハッカ湯の別の効能資料

で、風鈴と言えば、今も100円ショップで買ったガラス製の風鈴、南部鉄の風鈴に陶器製の風鈴と3種類をもっている。
ガラス製の風鈴の音色がもっとも心地よくて庭のバベの樹につるしていたが、野々池からの風が強い日は煩くてしかたなかった。
また、夜中にチリーンとなると、これは風流の良さ処を飛び越え気持ち悪いので、以来納戸にある。その風鈴について、5年ほど前、当ブログにもこう書いていた。
「台風2号が来た際、取り外していた風鈴を再び取り付けた。
 今の季節、そんなに強い風は吹かないので快い感じに鳴ってくれる。
 取り付けた風鈴はガラス製なので、なんとなく頼りないが、返って心地よい。チリリ~ン、チリリ~ン。
 以前は、南部鉄の風鈴で、良く鳴ってくれたが、逆に風が強いと煩かった。
 振り子を取り外して、梅の木に唯ぶら下げているだけだが、これも風流ありか。
      
 
 風鈴で思い出すことがある。 約25~30数年頃前だが、明石のマンションに住んでいた頃、リヤカーに一杯の風鈴を積んで売りに来た。
 子供たちが集まってきた。 まさに、江戸時代の売り子の様だった記憶がある。

 これもだいぶ話が飛躍するが、江戸時代に遡って暮らすことができるかという談話が、原発事故の後に話題となっていた。
 江戸時代は当時の欧州に比べても遥かに文化的な暮らしぶりだったというが、もう後戻りは出来ないだろう。
 明治以来、何とか欧州や米国に負けないように、また、米国人の豊かさを我々も暮らしたいと思って経済発展をしてきた。
 そして、暮らしは少しだけど豊かになった。
 昭和の頃、扇風機のある家は少なかったが、今は、節電のためにクーラーを消そうという運動もある一方、熱中症になる人も多いとの報道もある。
 ノスタルジックに昭和の頃をなつかしむ心情は無いとは言えないが、それはノスタルジックでしかない。
 もう前に進んで行くしかない時代を我々は経験してしまった。

 日本がこの経済発展を足止めすれば、 それは中国やブラジルなどの新興国の国民が、米国人のような生活をはじめる時代に入る。
 より多くのエネルギーを消費し、より多くの文明の利器を享受することになる。
 そして21世紀も半ばに差し掛かる頃には、今度はアフリカがアメリカ人のような生活をはじめる。
 人間というのは、より豊かになりたいものであり、そのことを誰も止めることができない。

「衣食足りて、礼節を知る」・・・「管子」
「一国の為政者の仕事と言えば、計画をたてて経済を豊かにすること。
 豊かな国から逃げ出す人民はひとりたりともいない、むしろ近隣から集まってくる。 
 生活が豊かになり、衣食が十分になって初めて、自分の名誉や恥とかを重くみるようになる」
豊かになって礼を知るどころか 傍若無人に変貌する国だってあるので何とも言えず、
風鈴の音色を聞きながら、少し飛躍しすぎたが、そう思った。」
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今年もヤマハワークスの圧勝@2016鈴鹿8耐

2016-08-01 10:35:32 | モータースポーツ
2016年鈴鹿8耐第39回大会(7月31日)はヤマハワークス「 YAMAHA FACTORY RACING TEAM」の圧勝で、昨年に続き2連勝、あっぱれ!
   「鈴鹿8耐、2連勝のヤマハワークスチーム」
BS12で実況放送を見ながら、傍のパソコンでライブタイミングを見ながらの8時間で、8時間もテレビとパソコンをつけっぱしはこの日だけ。年を取ると8時間を見るのはさすがに疲れたが、贔屓にしているカワサキの準ワークスチームも参戦していたのでテレビ席を立つわけにもいかず。それにしても、幾つになっても鈴鹿8耐レースだけは格段に面白い。(**8月2日追記:観客動員数:鈴鹿サーキットの発表によると木曜日:1万人、金曜日:1万1500人、土曜日:3万3500人 日曜日6万9000人、4日間合計12万4000人)

レースは、残り1時間を切って、安定した走りを見せた中須賀選手からアレックス・ローズにバトンが渡され、2連覇に向けてのアンカーを担当。終盤のナイトセッションに突入し、残り30分を切っても後続では転倒マシンが発生する中、ローズは2分11秒台までタイムを落とし、無理な走行をすることなく、着実にチェッカーを受けるべく安定した走行を続けたレース展開とマインドコントロールした頭脳は見事だった。午前11時半までに針を戻すと、ヤマハワークスのスタートライダーは全日本チャンピオン中須賀選手だが、昨年同様に無理にトップを取ることなく、終始トップに肉薄しながら2位の位置でスリップについた走行で、この時点からすでにチャンピオン走行だった。事前走行から合同テスト等トップトライヤルを含めた全ての走行パターンでトップの位置を決して譲らず完璧なレース展開だった。昨年の課題としてあった、ピットタイムも15~16秒と昨年より著しく改善され、ヤマハが掲げた「最強の挑戦者たれ」ではなく「最強の勝利者」だった。

2位以下は混戦を生き残ったカワサキが2位、スズキヨシムラが3位表彰台。
    
2位になったカワサキ「Team GREEN」はスタートライダーの柳川選手がトップより50秒前後遅れ、順位も5,6番手になった時点で優勝の可能性は既に無く、前を走行するチームの転倒等の自滅を待つしかない状態となったが、我慢のレースで結局2位。3位の「ヨシムラ」は「Team GREEN」との2位競争に敗れ我慢のレースだったように見えた。4位にはヤマハワークス体制を取った「7YART Yamaha Official EWC Team」。#7の「YART Yamaha Official EWC Team」は事前走行時点からマシンとピレリタイヤとの相性が悪く、日本人ライダーのタイムがトップより5~6秒遅れと七転八倒していたが、終わってみれば4周遅れの4位。スズキの「Team KAGAYAMA」もピット作業時のミスや転倒等が重なりライダーのタイムの速さを生かしきれず。それにしても、あっけなかったのは、ホンダ系の「F.C.C.TSR Honda」と「MuSASHi RT HARC-PRO」の2チーム。 両チームとも鈴鹿8耐優勝経験豊富なチームだが、昨年に続き転倒やマシントラブル発生と最悪の結果となった。レース序盤の7周目、トップから好位置につけた2位走行の#5「F.C.C.TSR Honda」が転倒し優勝の戦列から離れると、ヤマハワークスに徐々に引き離されながらも50秒差で踏みとどまり唯一食らいついていた、2位走行中の#634「MuSASHi RT HARC-PRO」は75周目にヘアピンを立ち上がったところでマシントラブル発生しリタイア。マシンから白煙があがり、ライダーのニッキー・ヘイデンの困惑した表情がTV画面にでる。#634「MuSASHi RT HARC-PRO」は昨年2015年もMotoGpチャンピオンだったケーシー・ストーナーがスロットル固着と言うマシントラトラブルでの転倒リタイアがあり、2年続きのマシントラブルにニッキー・ヘイデンも怒り心頭だと報道にあった。HRC直系のマシンがまさかの2年続きのマシントラブルとは、世界の二輪レースを実質牽引していると自負しているホンダHRCにとっては、正に屈辱以上の何物でもないものと類推される。昨年の屈辱から打倒ヤマハを目指してきたはずのホンダは再自滅と言う返り討ちにあって、結局ホンダの最上位は8位のアジア系のチームだった。出場68チームの約半数が転倒し、生き残ったチームだけがヤマハワークスに大きく遅れてゴールすることとなった。

2016年の鈴鹿8耐は、ただただヤマハワークスチームが強くて速いという印象のみが残った。ヤマハワークスを脅かすチームが全く無く、上位チームの転倒やマシントラブルだけが目立ち、最後まで残るまいと思っていたチームが上位入賞と言う、面白味に欠けるレースだったというのが個人的な全体的印象。昨年、ヤマハは鈴鹿8耐に向けて唯一ワークスチームを構成し圧倒的な強さで優勝した。他チームがマシンのセットアップに苦戦している中で、今年もヤマハワークスの実力は群を抜いており、万が一のアクシデントがない限り、今年もヤマハの圧勝は固いと幾多の報道にあったがく、そしてその通りとなった。ワークスチームの鈴鹿8耐再登場により、それまでワークス不在の中では機能していた有力販社チームや有力プライベータもワークス相手では全く歯が立たず、今年と昨年のレース結果により、その差はあまりにも歴然としていることが、テレビ桟敷の観客にも手に取るようにはっきりと分かった。

過去、かってはホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキから 計11~12チームのワークスチームが出場し、それこそ激しい火花を散らす強烈なインパクトを持つ時代があった。少なくともワークスチームであればどのチームも勝つ可能性はある。それぐらいワークスの実力は拮抗していたので、最終的にはリスク回避の目的のために、必勝を狙うメーカーなら複数チームを参戦させ、勝つ確率を高く設定していた時代だった。爾来、十数年たって、昨年、今年とヤマハワークスに2年続いて煮え湯を飲まされたホンダ。いつになったらこの仇を返すのだろうか。みんなでワイワイガヤガヤのレースも良いかもしれないが、少なくとも世界選手権レースにおいては、やられたらやり返す試合をせねば日本のモータースポーツのブームに再来は来ないと思う。テレビのアナウンサーも懇願していたが、来年はヤマハ、ホンダ、スズキ、カワサキの各ワークスが火花を散らす状態になれば、8耐は更に盛り上がるはずだと。同アナウンサーの弁だが、1994年の鈴鹿8耐、ホンダワークスとカワサキワークスの戦い、優勝したホンダとカワサキのゴール差は0.288秒差。これが鈴鹿8耐の記録だそうだ。


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