元カワサキ全日本モトクロスのワークスライダー多田さんのFBに投稿された写真がこれ。
多田さんがFBに投稿すると、当時関係したライダー諸君等から多くのコメントメッセージが投稿されている。誰でも昔、少しでも関与した仕事を懐かしく思えてくるのは当然で、暫く眺めて読んでいると知らないことが一杯出てくる。・・・懐かしい。
詳しい年月日の記入はされていないが、US MXワークスライダーの日本テストの様子で、三田にあったMXコースでの写真。当時、毎年開催していた、日米ワークス活動の一環で来季マシンの合同テスト兼意見交換会であるが、今期レースが終了し、来季のスーパークロスが開催される合間、アメリカのモトクロスワークスライダーの殆どが来日した。 当時は、兵庫県の山奥、三田にあったモトクロスコースをカワサキが契約し耐久テスト等に頻繁に使用していた。コース脇にはかなり長い直線路をも設定し、スタート比較や練習ができるように改造しており、日米合同テストの主コースだった。
加えて、当時の米国「Kawasaki Racing Team」のMXワークスライダーの写真がこれ。
左から、Kent Howerton、Jeff Ward、Billy Liles そして Goat Breaker。USモトクロス界を代表する有名ライダーばかりだが、改めて見ると当時の超一流ライダーがカワサキを選んでくれたことに感謝。米国では、どのスポーツ選手にも一般的に当てはまることだが、一流に成ればなるほど勝てる可能性の高いチームと契約する。そのことでチャンピオン獲得の可能性が高くなり、契約金も相対的に高くなるからだ。だから何処のチームの出身かを論ずること事態は余り意味をなさず、現在の力量を評価してくれるチームと契約する。それでも、リタイヤ後は、チャンピオンになった時に在籍したチームやリタイヤした時に在籍したチームへのロイヤリティが高い傾向にあるようだ。
★スズキから移籍してきたKent Howertonからは貴重な意見を得たという意味で思い出がある。
彼がカワサキに来てからKXの評価が一変し良くなったのだ。Howertonの仕事は当時のUSワークスライダーの指導とマシン開発へのアドバイスが主契約だったと思う。ある時を境に、特に大きな仕様変更もしていないのに、日本に伝わってくるのはマシンの悪い面ばかりが強調されてくる。不思議に思っていたが、Kent Howertonがテスト来日した際に理由が判明した。Howerton の答えはこうだ。「KXは何も基本的に悪い事はないし、他社と十分な競合力がある」「あえて挙げる改良点はこれだけ・・・」と非常に明快。そのことが開発部門に正しく伝わって来ず、どこかでショートしていただけの事だった。Howertonとは机を前にして直接話した。互いにコミュニケーションの重要さを認識できたし、事実を正しく伝達することで組織の風通しが良くなった。その時以来、KXのマシン評価は一変した。ウソのように良くなったのである。
★Goat(Todd)Breakerがカワサキに居たことを知らない人も多いので、参考までに書いておこう。
KMC R&Dがオレンジカウンティ空港近くに単独の事務所を構えていた頃、確か1970年代中盤頃、その事務所で会ったのが最初だからかなり古い。Goatの兄、Brain Breakerは当時、有名なデザートライダーで、度々カワサキのマシンテストを引き受けていた。Goatは兄の後にくっ付いてカワサキの事務所に度々遊びに来ていたが、まだ10代中盤で勿論頭髪はふさふさしていた。GoatがまだToddと呼ばれていた時期だからかなり前の事だが、テストで山に出掛ける際、いつもBrainの車に同乗しており、たまたま一緒に同乗させたもらったが、悪行ぶりは今も書けないこと多く、その賑やかなこと。その後兄を超える有名ライダーに成長したが、その時以来の縁だからカワサキとは相当の長い付き合いだ。
★Billy Liles。ただただ実直で真面目なモトクロス選手で、懇親会にネクタイ姿で来たGeorgia州出身のナイスガイだ。
彼の人柄は、アメリカで2ヵ月間一緒に暮らした元カワサキワークス立脇選手が詳しい。「84年1月、2月、ニューポートビーチで、Billyと一緒にアパート借りて、CMCのレースや練習をしてたのを思い出しました。 英語が得意でない僕にゆっくりわかりやすく話してくれたナイスガイでした!」との立脇さんのコメントあり。
多田さんがFBに投稿すると、当時関係したライダー諸君等から多くのコメントメッセージが投稿されている。誰でも昔、少しでも関与した仕事を懐かしく思えてくるのは当然で、暫く眺めて読んでいると知らないことが一杯出てくる。・・・懐かしい。
詳しい年月日の記入はされていないが、US MXワークスライダーの日本テストの様子で、三田にあったMXコースでの写真。当時、毎年開催していた、日米ワークス活動の一環で来季マシンの合同テスト兼意見交換会であるが、今期レースが終了し、来季のスーパークロスが開催される合間、アメリカのモトクロスワークスライダーの殆どが来日した。 当時は、兵庫県の山奥、三田にあったモトクロスコースをカワサキが契約し耐久テスト等に頻繁に使用していた。コース脇にはかなり長い直線路をも設定し、スタート比較や練習ができるように改造しており、日米合同テストの主コースだった。
加えて、当時の米国「Kawasaki Racing Team」のMXワークスライダーの写真がこれ。
左から、Kent Howerton、Jeff Ward、Billy Liles そして Goat Breaker。USモトクロス界を代表する有名ライダーばかりだが、改めて見ると当時の超一流ライダーがカワサキを選んでくれたことに感謝。米国では、どのスポーツ選手にも一般的に当てはまることだが、一流に成ればなるほど勝てる可能性の高いチームと契約する。そのことでチャンピオン獲得の可能性が高くなり、契約金も相対的に高くなるからだ。だから何処のチームの出身かを論ずること事態は余り意味をなさず、現在の力量を評価してくれるチームと契約する。それでも、リタイヤ後は、チャンピオンになった時に在籍したチームやリタイヤした時に在籍したチームへのロイヤリティが高い傾向にあるようだ。
★スズキから移籍してきたKent Howertonからは貴重な意見を得たという意味で思い出がある。
彼がカワサキに来てからKXの評価が一変し良くなったのだ。Howertonの仕事は当時のUSワークスライダーの指導とマシン開発へのアドバイスが主契約だったと思う。ある時を境に、特に大きな仕様変更もしていないのに、日本に伝わってくるのはマシンの悪い面ばかりが強調されてくる。不思議に思っていたが、Kent Howertonがテスト来日した際に理由が判明した。Howerton の答えはこうだ。「KXは何も基本的に悪い事はないし、他社と十分な競合力がある」「あえて挙げる改良点はこれだけ・・・」と非常に明快。そのことが開発部門に正しく伝わって来ず、どこかでショートしていただけの事だった。Howertonとは机を前にして直接話した。互いにコミュニケーションの重要さを認識できたし、事実を正しく伝達することで組織の風通しが良くなった。その時以来、KXのマシン評価は一変した。ウソのように良くなったのである。
★Goat(Todd)Breakerがカワサキに居たことを知らない人も多いので、参考までに書いておこう。
KMC R&Dがオレンジカウンティ空港近くに単独の事務所を構えていた頃、確か1970年代中盤頃、その事務所で会ったのが最初だからかなり古い。Goatの兄、Brain Breakerは当時、有名なデザートライダーで、度々カワサキのマシンテストを引き受けていた。Goatは兄の後にくっ付いてカワサキの事務所に度々遊びに来ていたが、まだ10代中盤で勿論頭髪はふさふさしていた。GoatがまだToddと呼ばれていた時期だからかなり前の事だが、テストで山に出掛ける際、いつもBrainの車に同乗しており、たまたま一緒に同乗させたもらったが、悪行ぶりは今も書けないこと多く、その賑やかなこと。その後兄を超える有名ライダーに成長したが、その時以来の縁だからカワサキとは相当の長い付き合いだ。
★Billy Liles。ただただ実直で真面目なモトクロス選手で、懇親会にネクタイ姿で来たGeorgia州出身のナイスガイだ。
彼の人柄は、アメリカで2ヵ月間一緒に暮らした元カワサキワークス立脇選手が詳しい。「84年1月、2月、ニューポートビーチで、Billyと一緒にアパート借りて、CMCのレースや練習をしてたのを思い出しました。 英語が得意でない僕にゆっくりわかりやすく話してくれたナイスガイでした!」との立脇さんのコメントあり。