母が彼岸に旅立ってから七日目、今日は初七日だった
死去の知らせが入ってからは、嵐が吹き荒れ砂塵が舞い・・体も心も混乱の極みだったが、一週間たってやっと、嵐もおさまりそうな気配になってきた。日常を取り戻すまでにはまだまだ日にちがかかるだろうが、自然にソフトランディングしていくだろう
死去の知らせが入ったのは、最後にグループホームに面会に行ってから4日目のことだった。面会に行った時には元気そうでみんなと体操したり、筆談で(難聴なので)話もできていたのに、たった4日で急変するとは思いもかけなかった。長患いもせず、私たちとお別れする時間だけは生きて、静かに旅立っていった。95歳になったばかりだった
人生で一番輝いているはずの青春時代を戦時下で過ごし、戦後の混乱期を生き抜き、母の人生は本当に波乱に満ちた一生だった。晩年は施設での暮らしになったが、スタッフの皆さんに親切にしてもらって、いつも感謝していた。入所して以来、家に帰るとか一度も言ったことがなく楽しく過ごしていた。コロナ禍で私たちともなかなか思うように会えなかったが、不満も言わず過ごしてくれた。
「終わり良ければすべて良し」というが、穏やかに晩年を過ごし、静かに逝った母は、良い人生を送ったと言っていいのではないかと思っている。
やっと我々の元に帰ってきた母と、納骨の日まで一緒に、静かに過ごそうと思っている






