曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・登記所めぐり  東京本局

2012年01月03日 | 連載小説
 
《主人公の敬太が、登記所のある町を巡り歩く小説です》
 
 
東京一極集中は登記所もそうだ。関東甲信越の県はすべて「地方」の文字が付く。東京都に対する地方、ということ。神奈川県なら「横浜地方法務局○○出張所」、栃木県なら「宇都宮地方法務局○○出張所」、など。
 
その東京都の中心の登記所、本局は千代田区の九段下にある。敬太は年末のとある平日に訪ねてみた。
 
地下鉄の出口を上がると冬晴れの青空が広がっていた。高い建物に邪魔されて空を見渡せない都心だが、九段下の交差点から靖国神社へ向かっての九段坂は、都心にしては遮るものが少ない。
本局はこの交差点から内堀通りをちょっと進んだところだが、大通りを進んでも味気ないので、一本ずれてコーヒーショップの角を入っていく。都心では路地でも飲食店が並んでいて、それが和食の店であれば、なんとなく老舗に見えてしまう。ランチはともかく夜に入ればいい値段に違いない。
路地を進むと内堀通りへ出る。左側にガラス張りの千代田区役所の新庁舎、通りの向こうは閉鎖された旧庁舎。さらに進むとあおぞら銀行があるが、象のあおぞーらはもういない。ゆるキャラ全盛の今なら、そこそこ人気を集めていたのではないか。
 
その先に合同庁舎があって、ここの3階と4階が本局となっている。敬太はエスカレーターを使わず、入口からすぐの細い階段を上がって行った。
と、階段の踊り場におもしろい案内を発見。そうか、ここは食堂があるのかと気付く。役所に食堂は付きものだが、登記所には、単独の建物となっている場合は食堂が付いてない。合同庁舎に入っているところだけだ。
17時以降も営業しているところがユニークだ。練馬区や文京区のように展望レストランになっていれば夜間営業も分かるが、ここは地下。残業する職員用なのだろうか。宴会も承っているらしい。公的機関内で宴会というのも1回くらいは経験してみたいが、果たして民間人でもOKなのか。
画像におさめた敬太は階段を上って3階へ。
この階は不動産と商業登記だ。一般的には不動産の方が混みあっている登記所だが、ここは場所柄、さすがに商業の方が人が多い。商業の相談窓口もすべて埋まっていた。
そして4階へ。こちらは成年後見登記。この階の方が混んでいる。なにしろ出張所や支局では取り扱っていないので、どうしても混みあうことになるのだ。
 
敬太は今度、一気に階段を降りて地下に行く。まだ11時前で食堂は開いていなかったが、一応どういうものか、実際に確認した。なんだか暗いなぁというのが正直な印象。ここで宴会というのもちょっとなぁと思う。
 
暮れも押し迫っているというのに、登記所はそれほど混雑していない。不景気だからだろうか。それとも、本局は毎年こんなものなのだろうか。
地上に上がって建物を出ると、通りの向こうで何人かがお濠と清水門を写生していた。空気は冷えているが、風がないので日なたなら寒さはそれほどでもなさそうだ。お濠ではなく合同庁舎の方を向いて写生している人がいたら通りを渡って話してみたいと思ったが、当然そのような人はいなかった。
 
敬太は、せめて昼食くらいはマニアックから離れようと、神保町方面へカレーを食べに向かっていった。
 
 
(おわり)
 
 


小説・立ち食いそば紀行  立ち食い熱

2012年01月01日 | 立ちそば連載小説
 
《主人公の「私」が、各地の立ち食いそば屋を食べ歩く小説です》

 
師走に入り、大晦日が日、一日と近付いてくるにしたがって、巷にはギャンブル熱が高まりだす。
競艇の賞金王を皮切りに、中央競馬の有馬記念、公営競馬の東京大賞典、競輪のグランプリときて、〆に宝くじの年末ジャンボと、それぞれのギャンブルの大一番が勢ぞろいする。首尾よくお小遣いを増やせれば、いい年越しになるというものだ。
 
私もその雰囲気に乗って暮れの東京競馬場に行ってみた。もちろん立ち食いそば屋めぐりを兼ねてである。
中山開催なので人が少ないだろうとタカをくくっていたら、けっこうな混みよう。スタンド4階の「馬そば」を覗いたら、まず注文するところから並ばなくてはいけない状況だ。テーブルも埋まっていてゆっくり食すことが難しそうだったので、私はその場を離れてエスカレーターを下った。
1階の立ち食いそば屋は閑散としていた。少ないメニューだがなんとなく迷う。ようやくコロッケそばに決めて財布を出したのだが、直前で思いなおして私はくるっとUターンした。なにも無理して競馬場で食することはない。最近でこそ格段に味がよくなったが、さすがに週2日の営業では向上にも限度がある。私は競馬より立ち食いが主で寒いなか出かけて来ているのだ。せっかくならギャンブル場から出て、毎日営業している店で食するべきだろう。そう考えた私は、まだメインレース前だというのに競馬場をあとにした。向かうは府中駅である。
 
私にとって師走と言えば、ギャンブル熱より立ち食い熱だ。立ち食いそば屋は都内なら一つの駅に複数あり、早朝から営業も、深夜まで営業も、はたまた24時間の営業もあってコンビニに近い業種だ。しかしコンビニと大きく違いが出るのが正月で、年明け数日は休みに入ってしまう。これは立ち食い業界すべてと言っていい。駅そばもそうだし、大型チェーンもそうだ。一番の客層であるサラリーマンがいないし、年の瀬はそば! という慣習の反動で年が明けると世間はそばにそっぽを向くからだ。
ということで私はいつも年明けにさみしい思いをする。せっかくの休みで時間はたっぷりあるというのに立ち食いめぐりができない。だから私は、せめて年の瀬に思い切り立ち食いを詰め込んでおこうと思うのだ。そのようなわけで、私にとって師走は立ち食い熱なのだった。
 
府中駅の南側に何本か路地があり、その一つに立ち食いそば屋がある。店名は「元禄そば」。
ここは入るときにちょっとためらう。なんというか、一般的な立ち食いそば屋と比べるとなんとなく高級感ある店構えだからだ。
木目調で、看板も暖簾も幟も汚れがない。開け放してあるのだが、大きな衝立があって内部を見通せない。看板に「立喰」と出ていなければ普通のそば屋と思ってしまうところだ。
 
入れば当然券売機があるのだが、店の人がピタリと横に付いている。そして客が購入した食券を受け取りながらそばかうどんか訊き、調理場に伝える。さらには、「お席でお待ちくださいぃ」とハキハキした声で客を促す。明快でよいが、ちょっと気圧されてしまう。
ここは着席型で、私は壁に向かって座ったのだが店内観察のため首を回して内装や客の様子を見た。隣の男は買った馬券を確認しているし、後ろの2人組みは競馬の話をしながら食している。さすがに府中ということで競馬色の強い立ち食いそば屋だ。
店の人がそばを運んできて、私はテーブルのねぎを多めに入れて食べ始めた。温かいそばは競馬場で冷やされた体を、中から温めてくれるのだった。
 
 
(おわり)