曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

【短編小説】  無人車

2009年12月08日 | 連載ミステリー&ショートショート
 
湖岸にある小さな駐車スペース。深夜だったが、月明かりと、ポツンポツンと点在する街灯に照らされ、湖面が少し波立っているのが分かった。山の木々も風にゆられ、さざ波のような音を響かせていた。
 
「いいから代われよ」
 
車内では押し問答が続いていた。
 
「だからなんでだよ。理由を言えよ」
 
急に車を停められて運転を代われと言われた浩は、理由をまったく言わない啓一郎に苛立ち、意地でも代わるものかと突っぱねていた。しかし、どうも啓一郎の言い方と表情が尋常じゃない。最初こそ売り言葉に買い言葉で、言い方も荒く断わっていた浩だが、次第に啓一郎の態度に薄気味悪さを感じてきた。
 
「とにかくさ、理由を教えてくれよ。さっきも言ったけど、おれ今免許ないからさ」
 
いつものようにフラッと啓一郎が訪れてきて、どこに行くともなしの気ままな夜のドライブだった。だから財布も免許証も持たずに、部屋の電気だけ消して乗り込んでしまったのだ。
 
「わかった。じゃ言うけど、バカバカしいって笑ったりすんなよ」
 
「え、ウン、約束するよ。まぁとにかく話せよ」
 
「ほら、浩ん家の近くに、やたら信号の長い五差路があるだろ。最初はあの場所で、そのことに気がついたんだよ…」
 
 
この場所に停まってから、車は一台も通っていない。先ほどより風がさらに強まり、啓一郎の低い声と相まって、浩は気味悪さから背筋がブルっと震えた。
「前の車がさ、誰も乗ってないように見えたんだ。最初は、小柄な人が乗ってるのかな、なんて、あまり気にしてなったんだ。でもさ、確かに乗ってないんだよ」
 
「運転手がか?」
 
「そう。気味悪いから、ちょっと車間取ったんだよ。そしたらその車、黄色から赤に変わる寸前の五差路に突っ込んで行って…」
 
「あそこ一回引っかかると長いからなぁ」
 
「そうだよな。で、その車、交差点で横からトラックに突っ込まれて、ぶっつぶれちゃったんだよ」
 
「……」
 
「車を停めて、事故の様子を見てたんだ。救急車が来たり警察が来たりさ。もちろん車に人は乗ってたよ。けっこう大柄な人だった。そのあと新聞で知ったけど、その人死んじゃったらしい」
 
「そうか……」
 
「で、それからすぐなんだけど、高速道路の料金所で、また前の車が無人に見えたんだ。その車の運転手も事故で死んじゃったんだ」
 
「え、どうして分かったの?」
 
「その車、すごく覚えやすいナンバーだったんだよ。それでほら、よくサービスエリアなんかに『このような死亡事故が起きています』とかなんとか、パネルにした写真がかざってあったりするだろ。注意してください、みたいな。で、その写真がその車だったんだよ。写ってたナンバーも日付も同じだった……」
 
啓一郎はその他にも、それと同じような体験を話した。いずれも、フッと見たときに運転手がいないように感じたとき、その運転手が死亡するのだ。
 
 
車が一台、横を通り過ぎていった。走り屋の車のようで、大きな音をたてるマフラーに話がさえぎられた。轟音は原始的な恐怖感を体の内側から沸き立たせる。浩は全身に鳥肌が立った。
再び静まったところで、啓一郎が話し出した。
 
「もしかしたら、だけどさ……、死ぬ少し前って、他人からは存在が消えちゃってるんじゃないのかな」
 
「……」
 
「さっき浩がさ、腕がミラーに当たってずれただろ。そのときミラーがこっちに向いたんだけど、俺が映ってなかったんだよ…」
 
「……」
 
「バカバカしいか?」
 
「……」
 
「俺もバカバカしいと思うよ。でも、これだけ重なると、とても笑って済ませられないんだ。免許不携帯の罰金くらい俺が何倍にもして返すから、代わってくれよ」
 
「……」
 
「だめか。まぁ急にこんな話しても、信じられないだろうな」
 
「いや、信じるよ。でも代われない」
 
「どうして、不携帯くらいなら……」
 
「いや、そうじゃなくて……、実はあのあとミラー直したとき、おれ自身が映ってないように見えたんだ。そのときは、どうしてだろうって思った程度だったけど、光の加減かなんかかなってさ。でも、こんな話し聞かされたんじゃ……」
 
浩の言葉が途中で遮られた。走り屋の車が、啓一郎たちの車の手前のカーブでスピンを起こしていた。その車は制御を失い、それまで走っていたスピードのまま二人の乗っている車に向かってきていた。
 
突っ込まれる一瞬前に二人が同時に見たのは、猛スピードで向かってくる無人の車だった。
 
 
              ―了―
 
 

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