上に続く道には、石段が整備されている。少々急だが、段ごとに平地になっているので山道よりも歩きやすい。
以前、夏に来たときには鬱蒼としていたが、この時期は枝に葉がなく、空や周囲がよく見える。石段の両側も枯れ草で、ひんやりした空気がより寒々しく感じる。
その枯れ草のところに、一つカンバンが立っていた。「著莪群生地」と書かれている。私は草木に疎いのでどういうものか分らないが、その文字と語感が古刹に合っている。
なんとなくハスの葉のようなものを連想したが、帰って調べたらアヤメの一種とのことだった。
それにしても、この現代においてもこの地は山深くて気候が厳しい。673年に開基したと案内に書かれていたが、それ以降ここに住んだ人たちは苛酷な寒さにも耐えていたのだろう。いつもは下界でだらしなくすごしている私だが、冬にここを訪れると、さすがに日々の生活を反省してしまう。最も帰ればすぐに忘れてしまうのだが。
ここを上がりきると観音堂になる。