曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・立ち食いそば紀行  東京競馬場(2)

2011年10月20日 | 立ちそば連載小説
 
《主人公の「私」が、各地の立ち食いそば屋を食べ歩く小説です》
 
 
東京競馬場(2)
 
その日はまだ秋の開催も始まってなく、日曜でメインに重賞が組まれていたものの、さほどの混みようではなかった。
私は正門から入り、広い敷地の中、さてと考え込んだ。競馬場内にはいくつもの立ち食いそば屋があり、どの店舗にしようかと悩んだのだ。
 
とりあえず馬券を買う。モニターでオッズを観ながらマークカードを塗りつぶし、発売機にお金、カードの順に挿入し、吐き出された馬券とお釣りをポケットに押し込む。そしてスタンドの空いているイスに座り、レースが始まるまでぼんやりと馬場を眺めていた。
レースは私が軸にした1番人気が順当に勝った。私は気分よくそばを食べられるよう、配当は無視して送りバントのような手堅さで人気馬から流したのだが、2着に人気薄が入り、総流しのおかげで高配当を当てることができた。
――やった、ホテルオークラか! 神田川か! winか! 鳥駒か! 
普段は寄らない高級店が一瞬よぎる。でもそれでは、なんのためにここまで来たのか分からない。私は浮気心が肥大する前に立ち食いそばを食ってしまわねばと思い、最も近いスタンド4階の「馬そば」に駆け込んだ。
 
パドックを見下ろす場所にあるこの「馬そば」の味はなかなかで、競馬場という立地を考えればじゅうぶん合格点だろう。メニューも多い。
席がなくて、立食用のテーブルがいくつかあるのみだ。立って食べるという本日の目的に適っている。私は当たって少々気が大きくなっていたので、温玉も入って見た目が最も豪華に見える、牛すじカレーそばを頼んだ。
お金を払ってそばを受け取った私が振り向くと、困ったことにテーブルがすべて埋まっていた。しかもそれを取り囲むように、ドンブリを持って食べている者もいる。いやぁまいった。これがかけそばだったらドンブリを持って食べることもやぶさかではないが、今回はカレーそばでドンブリの放つ熱が違う。重量もかけそばの比ではない。私は仕方なくガラス扉をスライドさせて表に出て、石段に座り込んだ。
 
ここでも座って食することになるのか、という残念な気持ちのなか、箸を割って一口目をすする。カレーに囲まれて伸び気味のそばが喉を通っていくと、体の中を熱い物が落ちていく感覚があった。
座っているのでパドックは見えないが、電光掲示板は見える。そこには先ほどのレースの配当金も出ていて、それを見た私は残念な気持ちがスッと吹き飛んだ。それに、べつに席に座っているわけじゃないのだ。地べたに座っているようなものなのだ。
 
カレーと言ったらうどんでしょ、と邪道扱いする者も多いが、私はけっこうカレーそばが好きだ。もちろん麺は伸びてしまうので一般的でないことは承知している。しかし好きなのだ。
この日も私は汗をかきながら短時間で平らげてしまった。私は立って中に入り、ドンブリを返却すると払い戻し窓口に向かって行ったのだった。
 
 
(東京競馬場・おわり)
 
 

最新の画像もっと見る