曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・立ち食いそば紀行  ハシゴそば

2012年01月07日 | 立ちそば連載小説
 
《主人公の「私」が、各地の立ち食いそば屋を食べ歩く小説です》

 
立ち食いそばの魅力の一つに、ハシゴできる、というものがある。
大食漢ならともかく、一般的にはラーメンや定食、丼物はハシゴが不可能だ。それらの店では、味わってもらうだけでなく満腹になってもらうことも念頭に入れて客に提供している。よほど客がセーブしてサイドメニューだけで抑えないかぎり、次の店を訪ねようという気にはならないだろうし、もし客が次の店に向かうようならそれらの店は失格でもある。
いや、100万軒以上の外食店がある日本のこと、もしかしたらハシゴが可能なほどの盛り付けの悪い店だってあるかもしれない。「小食専門店・小盛屋!」というような。しかしまともに考えればダーウィンの進化論のごとく淘汰されているはずである。ラーメン屋や定食屋では量が多いという言葉は褒め言葉で、そういう価値観の支配する業界なのだから。
 
立ち食いそばは外食全体で考えればラーメン屋や定食屋と類する系統なのだろうが、しかし業界に存在する価値観は、それらとは明らかに違う。大盛り賛美の概念はなく、だからハシゴが可能となる。一般人がオーソドックスな一品を完食したとしても、次の店で味わえるくらいの余裕がある。
池袋の「田舎そば」で食したあとの私がそうだった。どちらかというと食の細い私だが、食した後にすぐ、次に行ってみようという気になっていた。
私としては、立ち食いそば屋が複数ある池袋にせっかく来ているのだから一杯だけではもったいないという気が、元々あった。だから当日は昼食を軽めのものにして池袋に向かったのだが、2軒寄るからといって1軒目の「田舎そば」でかけそばに抑えるようなことはしなかった。そんな小細工をしなくても立ち食いでハシゴは問題ない。「田舎そば」ではしっかりと具も味わったのだった。
 
「田舎そば」を出た私は、書店でちょっと時間をつぶした。これはいらぬ小細工だったかもしれないが、まぁ2軒目をより味わうために万全を期したのだ。西武百貨店地下のLIBROと、そこからちょっと歩いたところにあるジュンク堂に寄った。どちらも大型店なので、店内をうろついているだけでそこそこ時間もつぶれるし腹ごなしにもなった。
 
小一時間たっただろうか。そば一杯食するくらいなんということない状態になり、私は東口から西口に渡って駅から離れるように進んでいく。劇場通りを渡って、丸井の先の三叉路へ。その鋭角部分にあるのが弁天庵だ。ターミナル駅周辺は人の流れで思うようなペースで歩けないので、これくらい離れた場所にあるとかなりの時間を要する。
 
うすくジャズのかかるモダンな造りの店内に客は5人。テーブルに女性同士と壁に向かって設置されたカウンターにも女性が2人。調理場も女性で店内は女性中心。ここは最も女性の入りやすい立ち食いそば屋かもしれない。立ち食いもすっかり変わってしまったなぁと嘆く向きもいることだろう。奥にいるおじさんだけが、既存の概念を踏襲していた。
 
私はレジで注文をしてカウンターで待つ。ラーメン業界が重要な価値観を置く「盛り」。立ち食い業界でそれに当たるものとしては、「速さ」である。速いということは、褒め言葉なのだ。
しかしここではそこそこ時間を要するだろうと、私は文庫本を読み出した。立ち食い業界ではいくつか法則があり、駅からの距離と待ち時間が比例している。駅から遠ければ遠いほど待たされることになる。さらにもう一つ、店がきれいなほど待たされるという法則もある。駅からけっこう歩かされる、瀟洒なお店。そんな条件を鑑みると、ヘタをすると10分待たされるかもしれないと私は思ったのだった。
 
しかし予想に反して5分かからず出てきて、店の人がにこやかに私の前に置いてくれた。注文方法と値段を抜かせば、ここはもう立ち食いそば屋じゃないなと私は思った。
湯気が私の顔を包み、私は水を一杯飲んでからこの日2食目を食していったのだった。
 
 
(おわり)