曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・立ち食いそば紀行  立ち食い熱

2012年01月01日 | 立ちそば連載小説
 
《主人公の「私」が、各地の立ち食いそば屋を食べ歩く小説です》

 
師走に入り、大晦日が日、一日と近付いてくるにしたがって、巷にはギャンブル熱が高まりだす。
競艇の賞金王を皮切りに、中央競馬の有馬記念、公営競馬の東京大賞典、競輪のグランプリときて、〆に宝くじの年末ジャンボと、それぞれのギャンブルの大一番が勢ぞろいする。首尾よくお小遣いを増やせれば、いい年越しになるというものだ。
 
私もその雰囲気に乗って暮れの東京競馬場に行ってみた。もちろん立ち食いそば屋めぐりを兼ねてである。
中山開催なので人が少ないだろうとタカをくくっていたら、けっこうな混みよう。スタンド4階の「馬そば」を覗いたら、まず注文するところから並ばなくてはいけない状況だ。テーブルも埋まっていてゆっくり食すことが難しそうだったので、私はその場を離れてエスカレーターを下った。
1階の立ち食いそば屋は閑散としていた。少ないメニューだがなんとなく迷う。ようやくコロッケそばに決めて財布を出したのだが、直前で思いなおして私はくるっとUターンした。なにも無理して競馬場で食することはない。最近でこそ格段に味がよくなったが、さすがに週2日の営業では向上にも限度がある。私は競馬より立ち食いが主で寒いなか出かけて来ているのだ。せっかくならギャンブル場から出て、毎日営業している店で食するべきだろう。そう考えた私は、まだメインレース前だというのに競馬場をあとにした。向かうは府中駅である。
 
私にとって師走と言えば、ギャンブル熱より立ち食い熱だ。立ち食いそば屋は都内なら一つの駅に複数あり、早朝から営業も、深夜まで営業も、はたまた24時間の営業もあってコンビニに近い業種だ。しかしコンビニと大きく違いが出るのが正月で、年明け数日は休みに入ってしまう。これは立ち食い業界すべてと言っていい。駅そばもそうだし、大型チェーンもそうだ。一番の客層であるサラリーマンがいないし、年の瀬はそば! という慣習の反動で年が明けると世間はそばにそっぽを向くからだ。
ということで私はいつも年明けにさみしい思いをする。せっかくの休みで時間はたっぷりあるというのに立ち食いめぐりができない。だから私は、せめて年の瀬に思い切り立ち食いを詰め込んでおこうと思うのだ。そのようなわけで、私にとって師走は立ち食い熱なのだった。
 
府中駅の南側に何本か路地があり、その一つに立ち食いそば屋がある。店名は「元禄そば」。
ここは入るときにちょっとためらう。なんというか、一般的な立ち食いそば屋と比べるとなんとなく高級感ある店構えだからだ。
木目調で、看板も暖簾も幟も汚れがない。開け放してあるのだが、大きな衝立があって内部を見通せない。看板に「立喰」と出ていなければ普通のそば屋と思ってしまうところだ。
 
入れば当然券売機があるのだが、店の人がピタリと横に付いている。そして客が購入した食券を受け取りながらそばかうどんか訊き、調理場に伝える。さらには、「お席でお待ちくださいぃ」とハキハキした声で客を促す。明快でよいが、ちょっと気圧されてしまう。
ここは着席型で、私は壁に向かって座ったのだが店内観察のため首を回して内装や客の様子を見た。隣の男は買った馬券を確認しているし、後ろの2人組みは競馬の話をしながら食している。さすがに府中ということで競馬色の強い立ち食いそば屋だ。
店の人がそばを運んできて、私はテーブルのねぎを多めに入れて食べ始めた。温かいそばは競馬場で冷やされた体を、中から温めてくれるのだった。
 
 
(おわり)