気まぐれ徒然なるままに

気まぐれ創作ストーリー、日記、イラスト

たしかなこと 2 (18)

2020-09-22 12:04:00 | ストーリー
たしかなこと 2 (18)






…え?


宣隆さんは虚ろな目で駆け寄る私を目で追っていた



慌ててナースコールで知らせると看護師さんが入ってきた


看護師さんが彼に話しかけてるのに何も答えず 私の方をただぼんやりと見つめるばかりで戸惑った


もしかして

「宣隆さん!?聞こえない!?声が出ない!?」



息で抜けるような言葉にならない声を出した




「先生を呼びますね。」

看護師さんは医師を呼びに行った



宣隆さんの目に私が映っている
ただそれだけで胸が熱くなった



「良かった… 意識が戻って」

涙が込み上げてきた




それから医師が手足を動かすよう指示した
指示したように少し動かす

ちゃんと耳は聞こえているようだけれど



虚ろな目で私を眺めるように見ていたのは

ただ私が何者なのかわからなかったからだということがわかった




ーーー ショックだった




他人を見ている

そんな遠い目が私の心を刺した



「本当に… 思い出せない?」



何も喋らない

医師の言葉は理解しているようだけど



きっと

見ず知らずの女が話しかけていると思っているんだろう…




万結ちゃんが病室に駆け込んできた

「パパ!?」

泣きそうな目で彼に話しかけた


宣隆さんは万結ちゃんのことがわかるのだろうか…


「あ… 」何か言おうとした


「え?何? パパ喋れないの!?」

確かめるように私の顔を見た



「今は… でもその内 話せるようになるって(笑)」


「良かった… 良かったぁ」

泣きながら宣隆さんに微笑んだ





万結ちゃんのことは… 覚えてるの?


すると紘隆さんが病室に入ってきた


「香さん、連絡ありがとう。兄貴はどう?」

宣隆さんの顔を覗きこんだ



「ひろちゃん、、」

万結ちゃんはホッとした表情をした


「やっと目ぇ覚ましたか。」

宣隆さんは無表情で万結ちゃんと紘隆さんの顔を見ている


どうなの? 二人のことはわかってる?


「パパは今は喋れないんだって… でもその内喋れるようになるみたい(笑)」


「そうなのか。でも声は聞こえてるんだろう?」

胸がズキッと痛みが走った



「はい、、聞こえてます、、」

そう答えた私を紘隆さんは何かに気付いたような表情をした


しばらくして万結ちゃんはまた明日来るからと嬉しそうに帰っていった





「香さん。どうか、したんですか?」


宣隆さんが私のことを忘れてしまったことを打ち明けた


「やっぱり辛いですねぇ(笑) まさか忘れられてるなんて思いもしてなくて(苦笑)」



ダメ… 宣隆さんの前で泣いちゃダメだ

ダメだと強く思うほど涙が溢れてくる



「大丈夫。その内必ず思い出すよ。」


私に話しかけるその声
私に向けるその瞳も
肩に触れるその手も

やっぱり宣隆さんのようで…



紘隆さんは寄り添うようにが私の肩を抱いた



「辛いのによく耐えて頑張ってたなと思うよ。泣きたい時は我慢しなくていいよ(笑)」


優しく語りかけてくれる声も言葉も本当に宣隆さんのようでポロポロと涙が溢れた



すると…

服を少し引っ張られる感覚がして

振り替えると宣隆さんが私に手を伸ばし軽く服を摘まんでいた


宣隆さんは私に何かを訴えるような表情で
「… はっ、」と声を出した



「香さんだぞ。わかるか?」

宣隆さんは少し眉間にシワを寄せ不安そうな表情で弟の紘隆さんを見た



「俺のことはわかるか?」

少し頷いたように見えた



「じゃあこの人は?」

やはり
ただ 私をじっと見つめるだけだった


やっぱりわかってない様子だ…


「何故香さんだけ…」

眉間にシワを寄せた




これは一時的なことだろうからあまり気に病まないようにと私を励まし紘隆さんはまた来るからと帰ってしまい

二人きりの病室は静かで

少し居心地が悪かった




「私はあなたの… 」

言葉が詰まった


ここで私は “妻” だと言っても混乱させてしまうだけのような気がした


「身の回りのお世話をさせてもらってる者です。」


理解したようで 彼は少し頷いた




本当に他人のようで

切ない




「あ、私もう帰りますね(笑)」

また少し頷いた


「じゃあ、お大事に、、」

宣隆さんの着替えを持って病室を出た




やっと意識が戻ったのに…




ーーー




母にその事を報告すると
意識が戻ったことを喜んだ

しばらくは見舞いは控えて欲しいと伝えると 困惑した声で母は了承した



その夜
彼の着替えやバスタオルを洗濯機に入れた



「…いつからの記憶が無くなっちゃったのかな… 」


インターホンの音が鳴った
誰かが訪ねてきたようでディスプレイを覗いたら兄だった


“よっ!”


「えっ?どうしたの?」


“早よ 開けろ~。”


あ、あぁ、、

ドアを開けるとムスッとした顔で入ってきた


連絡もなくいきなり夜にウチに訪ねて来たことなんてなかったから驚いた



「腹減った。なんかないの?」

キッチンに入って行き筑前煮が入った鍋の蓋を開けた


「なに?どうしたの?」

「なんだ、旨そうなもんあんじゃん(笑) 」


突然訪ねて来た理由を聞くと

「お前さぁ。なんで “アタシがアンタの嫁でしょうが!寝過ぎてボケたんじゃないの!?” って言ってやんないの?」


兄のその女口調に思わず吹き出した


「いやいや、お前~。笑い事じゃないだろう?」


「だって、、あははははっ(笑) 」


「お前はそれで良いワケ?それにやっと妊娠したんだろ? あ、それもオカンから聞いた。おめでと、、」


「あ、ありがと… 」なんか照れくさい…



「その妊娠も知らないままだろ。これからどうすんだ。」


筑前煮をお皿によそって ご飯もこんもりと盛って冷蔵庫を開けて漬物が入った容器を取り出した



「で? お兄ちゃんは晩ご飯を食べに来たの?」


「なにぃ!? どこをどう見てそう思うんだっ!失礼なヤツだな!」


失礼なヤツって、、

こんもりとご飯を盛って食べだしたじゃん

誰がどう見てもそう見えるよ




「あのねっ、心配して来てやったのっ!俺のこの兄妹愛をお前はいつになったらわかんのかねぇ… 全く冷たい妹を持ったもんだ。兄ちゃんは悲しいっ!

しかしこの筑前煮 “は” 旨いな。」


「“は” って強調するのやめて?それに、、意識が戻ったばかりの今の宣隆さんに本当のことを言ったら混乱しちゃうよ。」


「なんでだ。んなのわかんねぇだろ… それにその腹だってあっという間にデカくなっちまう。いつまでも隠しておけねぇだろ。」


「そんなこと、わかってるよ… 」


わかってるけど…

涙がポロポロ流れ落ちた



「そら見ろ… やっぱ辛ぇんじゃねぇか。」

箸を置いて水を飲んだ



「お前、ほんとアホだねぇ。俺はさぁ、お前のダンナより、お前の方が大事なんだよ。昔っから気丈に振る舞うけど一人で抱えこんでは辛い思いする奴だからよ。

お前は俺のことなんも知らねぇアホだとでも思ってたか? (カッカッカ!笑) なんでも知ってんだよ!お前の兄ちゃんだからな(笑)」



「ほんと、バカじゃないの?(笑)」

いつものふざけた性格の兄ちゃんがとても優しくてますます泣けてきた


「生まれてくる子供にちゃんとダンナのこと、父親だと言えるようにな。」


「…わかってるよ。」


「ダンナにお前の作ったこの旨い筑前煮食わせりゃ全部思い出すんじゃねぇか?(笑)」



品のある宣隆さんとは真逆の兄ちゃんは

子供の頃からいつも私の盾となって助けてくれるガキ大将だった


そんな頼もしい兄だった

こんな年齢になっても励まし助けてくれる



「また… あの人に私を好きになって貰えるよう頑張ってみる。」


「そんな悠長なこと言ってる時間はねぇぞ。」



わかってる

だから私は…





ーーー





翌日病室に向かうと検査で部屋にはいなかった
彼の眼鏡を持ってきた



しばらくすると車椅子に乗せられた彼が看護師に押されて戻ってきた


看護師さんが私に声をかけた

「あ、奥さん、こんにちは(笑)」




結局 こうして病院でわかっちゃうよね…


「こんにちは、、」


頭を下げた

宣隆さんは困惑顔で私の顔を見ている



「宣隆さん、眼鏡です。」


彼に優しくゆっくり眼鏡をかけてあげると私がハッキリ見えたのか

驚いた表情をした



「さ、さ、 …」


今、私の旧姓“笹山”と言おうとした!?
部下だった頃の私を思い出した!?



「良かったですね(笑) 奥さんずっと心配されてましたよ(笑)」

そう言いながら看護師さんは彼をベッドに座らせ寝かせた


彼は痛みで眉間にシワを寄せた


「これからリハビリを始めていけるそうです(笑) しばらく動かしてなかったので骨や筋肉の衰えもあるので徐々にですが動かすことでまた歩けるようになりますよ(笑)」

その報告に安堵した


「ありがとうございます(笑)」


「では何かあったらナースコール押してくださいね(笑)」


看護師さんは病室を退出した




宣隆さんは難しい表情をした


「笹山、君、、」



彼はゆっくりと話し始めた


どうしてこうなったのか
何年間の記憶が無いのか
何故部下の私と結婚したのか

当然知りたい事だろう…




「わから、ない、、なにが、どう、なった、のか、、」

動揺している




「私達がお付き合いを始めて6年になります。」


「…え」

6年間分の出来事を完全に忘れていることにショックを受けた




何故 私なんかと結婚したのか、あり得ないと思ってるようだった…


私はこの人を愛しているけれど
今 目の前にいるこの人は私を愛してはいない





ーーこれは完全に私の片想いだ



たとえ記憶が一生戻らなくても
また愛しあえるのかな…



私達の距離が近くなるきっかけになった
あの偶然の電車で会ったことから

プロポーズをしてくれるまでのいきさつを丁寧に語った


彼は真剣な表情で私の話を静かに聞いていた


「… よく、わかり、ました。しかし… やはり、思い出せま、せん。すみま、せん、、」


申し訳なさそうに視線を落とした



「いいんです、いいんですって(笑) 今度は私があなたを振り向かせます。ふふっ(笑)」



「僕は… 僕も、努力、します… 」



“努力する”



その言葉に胸がチクッと痛んだ

好きになるよう努力する…か



「努力なんかしないでください。私のこと愛せないなら… 」


お腹が大きく目立つまでにあなたを振り向かせられなければ



「もう離婚、しちゃいましょう?(笑)」




宣隆さん
困惑してる…




ーー それは私の決意だった


赤ちゃんは私一人で育てることになっても




「離婚は… 駄目…です。」


「どうして?」


「わから、ない… でも、したく、ない、、」



弱々しい声でそう言った


宣隆さんの言葉に
少し 心が救われた



「じゃあ私と恋愛できますか?」


「…恋…愛?」

困惑の表情をした






ーーー






長く眠っていたことは目覚めて直ぐにわかった

ぼんやりと白い天井が見える


物音のする方に目をやると女性らしき後ろ姿がぼんやり視界に映った

その女性は僕の傍に駆け寄って声をかけてきた



眼鏡がないからぼやけてよくわからない…



この声
聞き覚えがある

誰だっただろう



思い出せない…



ここは一体何処だろう

どうして僕はここにいるんだろう



僕に問いかける内容からすると僕は病院にいるということは理解した

しかし声が上手く出せない…



僕はどうして病院にいるのか…


変だ

身体を動かそうとすると激痛が走り動かせない



聞き覚えのある親しげに話しかけるその女性の声は若いようだ

本当に誰なんだろう



でも…

何故か心は落ちついた





そして万結の声がした



「連絡ありがとう。兄貴はどう?」

この声は紘隆…



女性と話している
親しい関係のようだ…



“意識が回復” “事故の後遺症”

二人の会話で僕は事故に遭ったということを理解した



この女性は “カオリ” という名なのか

カオリ?
誰なのか思い浮かばない…




なんだ?

“カオリ”という女性が泣いてる?


ぼんやり見えた



えっ…


ぼんやりと
肩を抱いているように見えた



ーー イヤだ


咄嗟に沸き上がったその感情がその “カオリ” という女性の服を掴んでいた

あれだけ痛くて動かせなかった腕が動いていた



僕は何故 咄嗟にそう思ったのか理由はわからないけれど

強い焦燥感を感じたのは確かだ




ーーー



翌日 動けない身体の僕に眼鏡をかけてくれたのは部下の笹山 香だった

そして彼女は僕の“妻”になっていた



慎重な僕が再婚をしたということは
余程 この笹山 香を愛したのだろう


もう10年以上、いやもっともっと長い時間
僕は誰かに想いを寄せたことはない


恋なんて若いからこそできるもので僕の人生の中ではもう無縁のものだと思っていた


笹山君の印象は確かに会社では明るく愛嬌のある女性だったが

だからと言って個人的な感情はなかった



僕と彼女に一体何があったんだ…

何がきっかけで どうして恋仲になり結婚をしたのか気になって彼女に問いかけた



彼女はきっかけから結婚に至るまでの出来事を幸せそうな表情で話してくれた


その話は
自分に起こった出来事だとは思えず まるで他人の恋愛話を聞いているようだった



でもこれは僕達の話

昨日 咄嗟に彼女の服を掴んだことが
“イヤだ”と感じたことが彼女を愛している証拠だろう


なのにどうして“愛している”という実感が湧かない?



彼女は僕を振り向かせると言って笑顔を向けたことが逆に僕の胸を締め付けた



“努力します”

今の僕にはそれしか言えなかった…



「努力なんかしないでください。私のこと、以前のように愛せないなら… 離婚しちゃいましょう(笑)」




ーー “離婚”という言葉に胸が痛んだ




「離婚は、駄目、、です。」


「どうして?」


「わから、ない… でも、駄目な、気が、します。」



ハッキリと理由は言えないけれど
きっと僕は後悔をするだろう

こんなにも胸がズキズキと苦しく痛むのだから


この痛みは忘れてしまった記憶と感情の中に彼女への愛情が残っているからに間違いはない



「じゃあ、私と恋愛できますか?(笑)」

少し瞳を潤ませて眉尻を下げ微笑んだ彼女


本当は泣きたくなるくらい心が張り裂けそうな想いで“離婚”という言葉を発したのだろう


健気に笑顔を作った彼女に
僕はますます胸が痛む



ーー 早く思い出さなければいけない

そう強く思った










ーーーーーーーーーーーー