しろみ茂平の話

郷土史を中心にした雑記

占守島 「終わらざる夏」より

2018年02月12日 | 占守島の戦い

浅田次郎署「終わらざる夏」に、占守島旅団長、個人の話は載ってない。
小説より転記する。

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未明に攻撃が始まると、師団司令部は大本営宛ての電文を起案した。
札幌の方面軍の頭越しに打たなければ間に合わぬという緊急電である。


今十八日未明 占守島北端に敵(現地の報告不明成なるもソ軍なるか如し)の一部上陸し 第91師団もまたこれをむかえて自衛的戦闘実施中なる処 敵はさきに停戦を公表しながらこの挙に出つるは甚だ不都合なるを以って 関係機関より速やかに折衝せられたく上甲す  


少なくとも大本営は、この実情をただちに連合軍に対して訴えたはずである。
アメリカからソ連へという手間を差し引いたところで、前線部隊の錯覚ならばとうに戦闘は中止されていなければならなかった。
米国が日本の電文を無視したのか、ソ連が米国の要請を無視したのか、そのどちらかということになる。
こんな孤立無援な戦いがあるものだろうか。
世界大戦は三日前に終わっている。状況によっては止めても止まらぬ戦線もあるだろうが、終わったあとに始まったのだ。

攻められたなら迎え撃つほかはない。
敗れた国家がこの戦闘を命ずるはずがない。世界中の悪意を敵とみなして戦うほかはなかった。
まさに孤立無援の戦いである。
だが、これだけは言える。
死にたくないから戦う正当防衛の戦いではない。
千島列島はかつて平和的な外交条約によって定められた日本の領土である。
たとえ世界中が、あるいは仮に日本政府や大本営までもこの企みに加わっていたとしても、九十一師団はすべてを敵に回して戦うほかはなかった。
領土ばかりではない。この島には明治の昔から住みついている、開拓団の数家族がいた。彼らのふるさとを奪われぬために、二万三千の将兵は命を投げねばならぬ。軍人の務めとはそういうものだからである。




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