マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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再発処置

2012年03月24日 07時34分02秒 | むびょうそくさい
昨年の8月に十津川に出かけたときは何でもなかった。

9月もそうであったが10月に異常が認められた持病。

秋祭りの取材ではお渡りが多くある。

結崎、額田部と続けさまに行ったときに変調が見られたのだ。

引き続いて出かけた松尾では最高潮に達した。

いつか再発するのではと思っていた。

一昨年の5月に出血したことがあった。

それは数日で治まった。

手術を施したのは平成21年6月だった。

あれから2年半も経つ。

異常な症状は10月以降も続いたが、しばらくすれば正常に戻る。

そんな日々を繰り返していたが出ぱっなしになったのが12月18日だった。

忘れもしない、冷たく強い風が吹き飛ぶ日だった。

その日からの毎日は下着に汚れをつける症状になった。

長距離を歩いたり、長時間も立ったままの姿勢であれば顕著にそれが発症する。

これは完ぺきな再発であると自己診断して覚悟を決めた。

前回はでっかい痔核の除去手術だった。

それは数週間の入院治療に専念することであった。

今回もそうであるのか、ないのかと心配しつつ一週間前に病院の玄関を潜った。

診療の結果は・・・。

当時の手術前の症状はこうであったと医師から写真を見せてもらった。

その映像ははっきりと覚えている。

あふれんばかりの真っ赤な苺色の内痔核だった。

上下左右向にあったでかい異物。

そのときの手術は負担をかけまいと左右にあった小っちゃい二つを残された。

それが今回の症状にあたると診断された。

またもや大手術かと思えばそうではなかった。

麻酔もいらない一日限りの治療で済むという結果にほっとする。

そうしてやってきた処置室前。

パチン処置は痛いと言う人もいればそうでもないという人も。

そんな声を聞いていた。

そして扉は開いた。

ベッドに横たわり患部を開方する。

器具が嵌められ医師の手が動くが、痛みは感じない。

医師は心配そうに声をかけるがなんともない。

だが、身体は緊張の塊。

息をはけば緊張は解けるらしいが、そういう気持ちは起こらない。

およそ5分で治療を終えた。

十数分後に状況を確認された医師。

順調な処置であったが普段の暮らし方はどうなのか。

お風呂も食事も荒いことをしなければと但し書き。

自転車、バイクは厳禁。

小さいうえにガタゴト道の振動が患部に影響を与えるという。

来週にその様子を診るので来てくださいと伝えられて帰宅した。

痛みも痒みもまったくない処置に感謝する。

その三日後に内痔核がでてきたように思える。

量的には少ないが下着は再び汚れがつくようになった。

そして六日目の朝。出血を伴う便が出た。

これは医師が言っていた通りだった。

処置したパチンが外れるときにはそうなるのだ。

処置後の内核痔はどうなっているのか。

不安な面持ちで病院を訪れた。

診断の結果では処置は問題なく奇麗に除去できているという。

ただ、傍には少しだけ内核痔があるという。

それが違和感になっているのだ。

それを処置するかは3週間を経なければならない。

処置した部分は堅くなる。

それが引っぱられるようであれば処置した部分に影響を与える。

だから期間を開けなければならない。

その後も下着を汚す毎日の症状から解放される。

待ち望んだ日々を送った3月6日。再発処置をしてもらった。

2回目の体感は変わらない。

ハフーと息を吐く。

処置時間は数分間。

パチンと患部を嵌めたときには少々の出血を伴った。

これはなんでもないのだが、それ以上の処置はもうできない。

お尻が固まってしまって排便も難しくなるという。

手術も諦めたほうがいいと伝えられた。

(H24. 2. 7 SB932SH撮影)