まろちゃ日記

ねこ、料理、バンド、友、ビーズなど

かけはし 慈しみの人・浅川巧

2021-05-09 12:23:00 | 読書・マンガ
作者 中川なをみ  新日本出版社

1891年山梨県に生まれた巧(たくみ)は、農林学校に進学。その後、秋田県の大館(おおだて)営林署に就職した。兄の伯教が、母と朝鮮に渡ったらことから、巧も、朝鮮行きを決意。朝鮮で植林事業の職を得て、樹木の発芽や養苗(ようびょう)に情熱を注いだ。仕事の傍ら巧が心惹かれたのは、朝鮮の白磁という焼き物や膳、家具だった。朝鮮の人が関心を持っていない日常的な道具に、ぬくもりやすばらしさを感じ、それらを古道具屋をまわり買い集めて行った。彫刻家になりたかった兄の知人柳宗悦(やなぎむねよし)と出会い、朝鮮の焼き物や家具の素晴らしさを共有した。1924年巧は林業において世界的にも評価されるべき偉業を成し遂げ、その年、巧と柳宗悦の念願だった朝鮮民族美術館を開館。このとき、巧が美術館に寄付した作品は300点を超えていた。そして1929年巧は初めての著書『朝鮮の膳』を出版した。



巧が朝鮮にいる間、朝鮮と日本の関係は悪化しました。しかし、巧は、人を国籍で分けることをせず、そのまま朝鮮に住み続け林業を研究し、焼き物や家具を尊び尽力しました。家族と別れて暮らすことがあっても、その生活は変わりませんでした。そこには、自分の命をかけてもやり遂げるという強い決意を感じます。


山梨県北杜市にある浅川教隆・巧美術館や

世田谷にある日本民芸館に行ってみたいと思いました。






コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする