セコロジストの旅の変遷

最初山登り、次が国内中心の旅、その後海外を旅する。頭と体を最大限使って倹約の旅で現在130ヶ国を旅した。65歳から豪華旅

アラスカ・クルーズ(4/7)

2006年10月27日 | Traveling
7泊8日のクルーズはヴァンクーバーを出航してからアラスカの州都ジュノーやケチカン、スギャグウエイ、シトカに寄航して最終地ウイッテアーまで行った。
寄港地ではグループツアーに参加しないでガイドブックを参照にして歩いた。すべての町は非常に小さな町で昔は金鉱山で栄えたみたいだが、今はクルーズ客で賑っているみたい。それと元ロシアの町の雰囲気が残っているところもあった。
いつもそうだけど、お土産もたいして買わず、アルコールも安い日本酒が寿司バーで売ってたのでクルーズ中はあまりお金を使わずにすんだ。
船の9階にフードコートがあり、そこで景色を見ながら食事をすると気持ちが洗われるような気がした。
アトラクションは英語が分らなくても楽しめる。例えば催眠術ショーとかダンシングと音楽など半分以上あったので、但しトークショーはお呼び出なかったけど。
最大の見所はカレッジ・フィヨルドの氷河で、手を伸ばせば届きそうぐらい氷河の近くにより、氷河の崩れる地響きを聞くと温暖化が進んでいるのかと、本当はこれは関係ないみたいだけどすごい迫力であった。ここの氷河の2つの名前はイエールとハーバードである。今回のクルーズで昔の北欧の悪い印象が払拭できた。これからの旅はクルーズ中心に変えようかと思っている。
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アラスカ・クルーズ(3/7)

2006年10月26日 | Traveling
クルーズのチェックインは約2,000人が乗客するのに大変効率よくスムーズに行われた。日本人は約10人で若いファミリーと私達より年配の夫婦が3組であった。
全体的には2~3割が若者であって、海の上を動く老人ホーム(日本のクルーズ)とは大いに違っていた。

最初のディナーのドレスコードはエレガント・カジュアルなのでブレザーを着て行ったら大部分の人はジーパン程度のラフで来てたので驚いた。私はフォーマルとカジュアルの2着のスーツを無理して持参したのにと思った。何故ならクルーズの後にアラスカを旅して回るので荷物はなるべく少なくしたかったから。
後で分かった事だが初日は大部分の乗客はスーツケースなどの個人用荷物が部屋に届いていなかったみたい。私達は最初の方でチェックインしたのですぐ荷物がきたけど。
次の日のキャプテン主催のウエルカム・パーティはドレスコードがフォーマルで今年タイに行ったときに作ったスーツを着て参加した。
昨日と違いタキシードを着た人とか着飾った人が沢山いた。
無料のカクテルを5~6杯飲み、ステージでダンスを5~6回踊った。このホールは約1,000人以上入る大きさで、一回だけダンスをワンマンショーで踊った。
クイックの曲をジルバとブルースのステップで軽快に踊った。
反響が大きく、パーティの終わった後も、クルーズ中も毎日数人の外人からナイスダンスと声をかけられた。大変気分が良かったが、英語が苦手でサンキュー以外の返事ができなかった。戻ったら英語に絞ってこれから勉強しようと思った。


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アラスカ・クルーズ(2/7)

2006年10月25日 | Traveling
アラスカ・クルーズの出発点はヴァンクーバーで、ここに来たのは2回目である。
帰りがフェアバンクスからなのでノースウエストを利用した。
シアトルでコミュータ・エアーと思われるような小さな飛行機に乗り換えた。
その時一人の乗客が騒ぎ(暑いから水を飲ませろーーー離陸しないと飲み物は出せない)、そのオバンを降して約40分ぐらい遅れて離陸した。他の乗客はとんだ迷惑をかけられたものだ。
ヴァンクーバーの町は昔よりはるかに活況があるように感じた。
初日は友達のお父さんが1日案内をしてくれて、主にノース・ヴァンクーバーを案内してくれた。地元の人でないとなかなか行けないような所であって良かった。
車の運転は譲り合い精神が徹底していて私でも楽に運転できると感じた。
例えば割り込みをしなければ運転できない中国や中南米と比較すると、雲泥の差である。
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丹東、上海とパリ(3/3)

2006年10月25日 | Traveling
パリには今回が5回目だと思う。
前回と同じモンパルナスの駅の近くのホテルに泊まった。
ここは交通の便が良く、近くに空港へのシャトルバス、列車・地下鉄と安い日本食レストランが沢山あり、気に入った所である。
今回は凱旋門賞の次の日にモンサンミッシェルに行った。
ネットでTGVの割り引きチケットを事前に購入して、レンヌで直通バスに乗った。
客は前日に引き続き日本人が沢山来ていた。
有名な観光地は最近敬遠していてあまり行かないが、今回来て見て来なくても良いところかなあ、と思った。但し、一回は行くことにしているので。
確かに建物はドイツのノイスバンシュタイン城と同じく絵になるが、他はあまり目に引くところがなかった。
帰りはローカルバスを乗り継いで早めにレンヌに戻りこの町を散策した。
オイスターの産地が近いのでレストランで注文したが7時以降でないと料理は出せないとのことで諦めた。
テレビで世界遺産の番組を見てたら、視聴者投票のベスト5はマチュピチュ、モンサンミッシェル、イグアスの滝、九寨溝、ピラミッドの順であったので大変驚いた。
No2のモンサンミッシェルならイスラム圏のペルセポリス、ペトラやパルミラの遺跡の遥かに素晴しいと私は思った。ここは番外ではないかと感じたけど。

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丹東、上海とパリ(2/3)

2006年10月23日 | Traveling
今、新聞やTVで北朝鮮に繋がる橋の写真をよく目にする。その橋のある丹東市は中国側の約70%の貿易を通過させる拠点である。
町の大きさは長野市や松本市ぐらいと思う。海、山、川と平野が隣接した住みやすそうな所に見える。
飛行場や歩行者天国もあり、鴨緑江に平行してシーフードレストランが数十件あり、近くに北朝鮮の土産物屋もあった。
私達は友達の姉さんの家に招待され色々な種類の蟹、海老、貝、魚など食べた。
ワイフが生の海老か蟹に当たったみたいで3時間後には救急病棟に行ってた。
友達の妹さんが看護婦なので要領よく病院で治療ができた。
沢山の人が食べたのに一人だけ当たった。
味噌でなく内臓の所を食べたみたい。
この時分った事であるが、お粥は下痢に大変有効であった。
白湯を飲んでもすぐ下痢したのに、お粥を食べたら良くなるのが分かった。
家に帰ってから炊飯ジャーでお粥を炊いたらおいしかった。
今まで、お粥は水の入れ過ぎのご飯と思ったが、米粒がしっかりしていて、いままでの考えを改めなければと思った。
今は毎週一回はお粥を食べている。
上海のエアポートから静安寺までバスに乗って市内を見てたが、3回目の上海はビル群が立ち並び、もし東京にお台場がなければあまり変わらないのかなと思った程であった。

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