ゴビンダチャクラヒーリング

ヨギヒーラー・ゴビンダの記事とお客様の体験談を掲載しています

個別遠隔の体験談 海外在住・男性 2020年1月

2020-01-31 11:29:05 | ゴビンダ遠隔ヒーリング

○○様
色々な臓器にかなりの疲労が溜まっていたようです。
終わりごろに、疲労の気がなくなったのを確認しました。
(ゴビンダ)

松本先生
本日は個別遠隔、有難うございました。
先刻、用事で出掛けておりましたが、身体がとても軽い感じがしました。

平素から臓器に疲労が溜まらないようにする秘訣はございますか。
基本的には無理をしないように早寝をして、疲れたときは休養を十分取るように心掛けているのですが。

「ヨギヒーラー・ゴビンダ」、とても良い響きですね。
感覚的にすんなりと入ってきました。
これからも、どうぞよろしくお願い申し上げます。


○○様
やはり、セルフ整膚と手当が一番よいです。
○○さんにもハンドパワーが伝授されていますので。
(ゴビンダ)


3日間のグループ遠隔体験談 千葉県・女性 2020年1月

2020-01-25 15:25:27 | ゴビンダ遠隔ヒーリング

松本さん

お世話になっております。
○○の○○です。

○○日からの3日間の遠隔治療をありがとうございました。

1日目の治療後はまだ大分足を引きずる状態でした。
2日目と3日目の遠隔治療中に、痛めている足に違和感を感じる箇所が出てきました。
その箇所は気の流れがか何かが滞っているように感じられ、整膚をせずにはいられない感覚でした。
2日間それぞれ別の部位でしたが、それぞれ整膚をして次の日からは違和感は大分なくなりました。

また昨日はほんの数分でしたが、何ヶ月ぶりに痛みや違和感がなく歩く瞬間がありました。
これには本当に驚きました!!とっても嬉しかったです♪

もちろんまた痛みや違和感が全て解消されたわけではないので、何十年もかけて積み重ねた歪みを焦らず治していきたいと思っています。

○○日の就職の面接も無事に終えることができました。
まだ結果は来ていませんが、良いご縁があることを願っています。

これからもどうぞよろしくお願い致します。
ありがとうございました。


安らかに余生を過ごせている肺腺癌ステージ4の母親 千葉県・女性 2020年1月

2020-01-24 14:00:00 | ゴビンダ遠隔ヒーリング

遠隔を送って頂きありがとうございます。

  母が昨日入院をしました、先々週から肺に痛みがあって週ごとに主治医の診察を受けつつ自宅療養で様子をみていましたが、胸の痛みは肺がんが原因ではなく心筋梗塞だったようで心筋梗塞や薬の副作用で腎臓の機能が一気に低下して、昨日の主治医の説明では腎臓機能が回復しても体に水分が供給されるようになると肺にも心臓にもふたんがかかるようで癌の薬は使い果たしているし心臓の治療も体に負担がかかるのでできないようで、腎臓機能が低下して意識がなくなるのが一週間ぐらいなので会わせたい人がいれば今のうちにといった説明を受けました。

 腎臓機能が低下して先に意識がなくなり痛みも感じなくなるので苦しむ事もないそうで、以前私が恐れていた癌で苦しみぬいて亡くなるといった心配もなくなりました。

 母は気付いた時には肺腺癌のステージ4で手術も放射線治療もできない状況中で多くの方々に支えられて生かされていて、丸々5年間手を焼くといった事もなく自立した状態で恵まれた生活ができていて、3年過ぎた頃に危くもうダメかと思った時期もありましたが松本先生ご夫妻とのご縁があって遠隔治療を行う事によってその後2年間遠隔+抗がん剤治療を行いながら寿命を延ばす事ができていて、母は薬の選択肢がなくなるほどに薬に頼った闘病生活をおくりましたので本来ならば薬害(腹水が溜まる・苦しみぬく)といった帳尻合わせのような仕打ちを受けなければならないところが安らかに余生を過ごせるようでこの状況も恵まれていて、松本先生ご夫妻に感謝すると共に多くの方々に感謝をしたいと思います。


肺ガンの母親を持つ方の体験談 千葉県・女性 2020年1月

2020-01-18 14:19:27 | 施術

遠隔を送って頂きありがとうございます。
  母に動きがあって、11月に薬剤耐性に効く2世代目の薬に変更したのですが、先に3世代目の薬が使用していたので効果が薄かったようで12月26日の診察ではそれでも以前と比べて変わりなく問題もなく肺に水も溜まっていなかったのに、先週から肺に痛みと吐き気を伴うようになって先週の半ばに肺に溜まった水を抜いて痛み止めを飲みようになり、来週始めには別の抗がん剤に替える事になりました。
 昨日の診察時には不思議な事に医者が以前の肺の画像と比較しても悪くなった様子はなく痛い場所も画像を見ている限りには特定できないと言われたそうで、しばらく様子を見ていきたいと思います。
  今月始めに私が体験談の長文の文章を作成して掲載するにあたり私自身が吐き気を伴いながらも浄化してその後は体の調子がすこぶる良いのと間が物凄く良くなって自分におかしな事が起きているので、もしかしたら今回の母の肺の痛みや吐き気も関係しているのかもしれないと思いつつ、母の癌の闘病生活は今までが快適に過ごせていたのでそれに係る方々に感謝をして、闘病生活6年目を迎え何がおきてもおかしくない状況なのだと認識したとともに、それでも幸せに生きると決めてできる限り頑張ろうと思いました。
  肺に効果がある整膚は母に一日1回~2回を続けてコミュニケーシとっています、母が肺が痛むと顎が痛くなると申しておりましたので次回の施術時に顎の整膚をうかがいたいと思います。

先生と奥様には感謝します。


主人も元気になり、私も息子もインフルエンザにうつらずにすみました 千葉県・女性 2020年1月

2020-01-16 14:00:00 | インフルエンザ

こんにちは。
連日の遠隔ありがとうございました!
大変お世話になりました。
主人も元気になり、お陰様で引っ越しの作業に取り掛かれるようになりました。
私も息子もインフルエンザにうつらずにすみました。
本当に助かりました!ありがとうございました。
実家の50年近くの歳月をかけて溜め込んだモノは、スゴイです…最初は気が重くてはなかなか捨てられませんでしたが、今どんどん処分しています。気のせいか家が軽くなってきました😊引っ越しは体力ですね。あと半月、月末の引っ越し完了に向かって頑張ります!
2月から実家での生活が始まります。
よい年になるといいなぁと思います。

今月はまた遠隔をお願いするかと思います…よろしくお願いします🙇♀️

 


✨肩ユッタリ回し体操✨ 千葉県・整膚師女性 2020年1月

2020-01-13 19:30:16 | 施術

ゴビンダ先生、マドゥさん、おはようございます。

マドゥさんの、肩ユッタリ回し体操の文を読ませて頂きました。

(まず、写真がとても素敵でセンスが表れていました✨。キレイな空気感が伝わって来て、見入ってしまいました👀✨📷)

マドゥさんが高岡先生のDVDを、毎日のように見ながらなさっていたというのに、それほどの方でも(正しく定着していると思えた方でも)、少し違ったりするくらい、奥が深いのですね。💦

正しく出来たら本当に気持ち良さそうで、
私も是非教えて頂きたく、正しくマスターしたいと思いました。✊✨

また、いろいろ、教えて下さい。m(_ _)m✨

実は、お話したい事、いっっっぱい、あります。、💦(^_^;💦

(電話繋がらなかったり、自分も なかなか掛けれなかったり)

ここのところずっと、健康かどうかは分からなくても、心身が本当に元気で、エネルギーが沸き上がっているのを感じています。

これも、ゴビンダ先生、マドゥさんのお陰様です。

ありがとうございますm(_ _)m✨

写真は先日の施術をお願いした日の行きに撮りました。

この雲、先生が仰有っていた雲と同じですか?


前回母の癌に効く整膚を教わりました 千葉県・女性 2020年1月

2020-01-11 14:00:00 | 施術

遠隔を送って頂きありがとうございます。

 長文の施術の体験談ブログ掲載用の文章を書き終え送信した途端に吐き気がして、食べたものは既に消化して胃の中には何も入ってないから胃液の黄色いゲロを夜中に吐いては寝るを3回繰り返しました。
 前回台風(巨大な自然エネルギー)が通過した時と同じ症状で、その時の松本先生の施術後に巨大な自然エネルギーの影響を受けて自力で浄化して嘔吐をすると説明を受けていたから、おそらく今回の嘔吐も体験談ブログ掲載用の文章を作成することで私は自力で浄化をしているいるのだと思って嘔吐しても振り回される事もなく受止めて過ごしました。
 自分では止める事ができない強烈な憑依にあう度に無力感におそわれておりましたがその時も黄色い胃液を大量に嘔吐していたので体は自力で浄化させようと頑張っていたのだと思う事ができて一歩前進しました。

 前回母の癌に効く整膚を教わりましたので、肩から背中にかけてやってみました。
大晦日に母と大喧嘩をしてギクシャクしていたので気持ちの上でもお互いに少しわだかまりがとけたように思います。
整膚は簡単な様でいて奥が深いですね
しばらく続けてみたいと思います。

先生と奥様には感謝します。


長年糖尿病薬服用の70代女性

2020-01-08 11:06:30 | 施術

年末、接骨院で治らなかったふくらはぎの痛みでお見えになり、その場で楽になる。

今回、心臓の苦しさでお見えで、手の冷え、足の冷えがポカポカとなるのと気持ちよさに感激。

前回、爪が茶色く、岩のようになっていたのが、それから数日して、綺麗な爪が生えてきたとのこと。

余りの感激で妻マドゥにお年玉2千円を渡す。

この女性は何年も前に肺ガンが松本氣功(当時)のみで完治した。

(ゴビンダ)


私の体が改善し私の取り巻く環境が改善し私の人生が一転しました 千葉県・女性 2020年1月

2020-01-05 10:00:00 | 施術

いつもお世話になり、ありがとうございます。○○です
  
 松本先生と奥様に家族の遠隔をお願いして2年が経過していますがお陰様で父母共に元気で入院もすることもなく安心して過ごす事ができましたので、日頃の感謝を込めて現状の報告を兼ねて体験ブログに掲載する文章をメールを送信します。
 最後のPS:は梨が出回る時季に義母を思い出して一番始めに書き始め、途中台風やら忙しなく過ごすことで作業が止まってしまって、仕上がるまでに時間が大分経過してちょっと季節間がづれてしまいました。
長い文章となりましたので申し訳なくご容赦ください。

私におかしな事が起こり始めたのは、今から5年前私が2回目の離婚をして実家に戻ってきた頃からで、普通の人なら離婚をしてショボーンってなるところ私はそれほど優秀でもないのに仕事でバカ勝ちをし始めたり、物凄く間がよくなって以前と変わらず同じ事をやっていても周りの反応が良い反応が返ってきて、以前は容易ではなかった事が簡単に出来てしまったり、良くなりすぎてそれが空回りして職場の人間を巻込んで騒動を起こすといった事も起きていて職場の人もなぜこうなるのかと不思議がるほどで、私の意志とは関係のないところで追い風が吹いてきてそれに煽られた私が勢いを増すといった感じで、離婚を節目にこれまでとは別の魂の学び(光の学び)の扉が開いたそんな感じだった。

 私自身は順風満帆でしたが、実家に戻ると実家はお屋敷ならぬ汚屋敷になっていて、両親の帰って来てほしいいという気持ちとは裏腹に一晩安心して寝る場所がなかったからまずは自分の寝床を確保するところ始まり、溜まったゴミを捨てて何日かかけて本気で片づけをおこなう事になった、私が実家をあけた期間掃除機をかけた形跡がなく3年前に私が掃除機の紙パックを替えたのがそのままになっていたのでまるで時間が止まっていたかのように思えた。
 私の意志とは関係のないところで追い風は吹いていて、タイミング良く当時放送していたテレビ番組で「実家を片付けよう」といった特集番組が放送されていて高齢になった親が片づけられないとか物が捨てられず部屋が物で埋め尽くされ孫を連れて実家に帰りたいけど帰れないといった状態から断捨離しつつ片づけて住みやすい部屋にするといった番組が放送されていて、調度父母共にその番組を見ていたから私の必至な説得(片付けよう・捨てよう・不衛生だから洗おう・洗剤を使おう)に応じるようになって家が片付いた、そうしたら今度は私の娘が実家に戻ってきた、私が娘に頼んで帰って来た訳でもなく、私のいる場所が娘にとっての実家であって寝泊りできる場があるから戻ってくるだけで、たまたま娘にも転機がおとづれて今住んでいる場所を引き払って住まいを実家に移しただけなのに、両親の目には娘(私)が帰ってくると∔可愛い孫(私の娘)まで帰ってくるそんな風に映ったようで、以前暮らしていたメンバー(父・母・私・娘)4人揃った暮らしに戻っていて、そうしているうちに母方の墓守が亡くなった事で母が先祖の位牌や遺影を引き取って我が家に母方のご先祖様までやってきた。

 実家に戻ってきた頃の私と以前の私とでは大きく変わったところがあって、それは宗教に囚われることなく神様(宗教とは一切関係のない存在)・守護霊様・ご先祖様といった見えない何かを純粋に感じる感覚を私は取り戻す事が出来た事で
 私が育った環境(核家族で新興宗教に支配される)とはまったくもって違う環境(風習や隣組制度が色濃く残る農家)に嫁いで無条件に嫁ぎ先の信仰する宗教や習わしを受入れる事で完璧に親や組織からこれまでに受けた新興宗教の洗脳がとけて、これまで囚われていた自身が信仰する宗教が一番で他は害であるといった考えを取り払うことによって、神様・守護霊様・ご先祖様といった見えない何かとの垣根がなくなって、元々は気付かなかっただけで私自身に備わっていたものでそういったものと共に生きるといった一体感を持っようになっていた事で

 感覚を取り戻した私は、二回目に離婚をする時には私自身が自立してたくましく生きる事を覚悟をしたし、我家に母方のご先祖様がやってきた時にはご先祖様と共に生きる事と彼岸やお盆の時や母や叔母が亡くなるのも時間の問題でその後の墓の管理等を私の出来る限りをおこなう事をご先祖様に誓っていて、当時の私は時間無制限の期限に追われる仕事を生業にしつつ原因不明の体調不良に悩まされていたから、そういった厳しい仕事と不健康な体をもちながら娘に迷惑をかけないように私自身が自立をして生き続ける事と、最終墓の管理等を私の娘にお願いするので、娘の手に負えるコンパクトな状態にしておく又は娘に頼めないようであれば墓じまいをする考えもあってそういった費用や時間を捻出するのに苦にならないだけの経済と健康を出来る限り維持し続ける事を本気で覚悟をしたんです。

 私のそういった思いや覚悟は自然と私の振る舞いや行動に表れてそれが呼び水となって私の味方となる者を引寄せるようになっていて、味方とは人も引寄せるけども見えない何かそういった存在をも引寄せていて母方のご先祖様が我家に来たことで余計に勢いが増したと感じるところもあって、私は一人であるのに私と運命を共同してる存在を感じていて一人ではなかった。

 そういった事が原因でおかしな事がおこりはじめて、間が物凄くよくなって私の頭の中で考えている事が現実に難しい事でも実際に動いてみるとまとまりやくなっていたり、生活スタイルが異なるお客様にお声掛けするといつもなら日時がバラバラにお客様が来社となるところが間がよくなりすぎると同じ日の同じ時間に5件ものお客様が会社に来てしまったり、そつなく仕事をこなすといった事は会社では普通の事であって、私が仕事でバカ勝ちをし始めるとゆうのは、敵をも味方に変えるとか物凄く気難しい方から認められて良い評価をもらうといった事でそれは賢くて優秀といった評価ではなく私の人間性が認められるといった事で、私に不利な仕事を振っても向かうところ敵なしになって負け越す事はないといった印象がついてしまって上司が従業員を巻込んで無理やりにでも私に物凄く不利な仕事をさせようといった騒動がおきるほどだった。
 また、母方のご先祖様が我家にきて初めての彼岸を迎えた時にまだ寒さの厳しい3月に窓も閉めきりであったのにどこから入ってきたのか台所に紋白蝶が出現してご挨拶に線香を上げにきた親せきや家族を驚かせた、私にはそれがご先祖様からの虫の知らせであると思えたからご先祖様がありがとうを言いにきたのだと家族や親せきに説明をすることになった。
 私が想いを込めて行動を起こすと、私の意志とは関係のないところで良い反応が現実に返ってくる不思議な感覚であった。

 二回も離婚をして、新興宗教からの離脱を果たして、原因不明な体調不良を抱えながらも女がたくましく自立して生きるといった波乱万丈な半生を振り返ると私自身の魂の学びのシナリオが想像できてしまうとゆうか現実がそういった事になっているからよくできた話であると自分でも感心してしまうほどのもので、私の魂の学びでは私はご先祖様に選ばれし墓守(あの世とこの世を繋ぐ者)でおそらく実家と母方の家の墓守になっていて、そういった者は跡取り・親の面倒をみる・おくりびと・清算人・といった役割をもっていて魂の業も重く厳しい
 私はご先祖様に選ばれた跡とりであるから実家では学ぶ事のできない学びや目的があると実家から出してはもらえるけど、学びが終了し目的が達成するとどうゆう訳だか実家に戻されるようになっていて、一度目の結婚は子供(私の跡継ぎ)を授かる目的があって、二度目の結婚は新興宗教からの離脱、膵臓癌で亡くなる義母をおくる、嫁いだ家の悩みを克服するための清算人としての役割や目的があって、私は中間子でありながら実家の清算(跡始末)をおこなうようになっていて、私自身にそぐわない事や私の跡目となる娘が困る事や頼めない事は私の代ですべて壊し再構築させるようになっていて、両親と同居をしつつ両親が信仰する新興宗教は継がずに母が嫌う邪宗(日蓮宗)の母方のご先祖様の面倒をみるようになっていて、そういった魂の学びに∔先天性の体調不良(霊媒体質)の克服があって

 現実に自然と私の兄と弟は実家を出て私が実家に戻って父母と同居しているし、2回目に離婚して実家に戻った途端に母方のご先祖様が実家にやってきて、私が離婚をせず嫁ぎ先にいれば私は母方の家の墓守にはなれないし、2度目の結婚と離婚の学びはどう考えても私が母方のご先祖様を迎えるための学びであったっと思えるような経験を積んでいたから、私はこういった状況から逃げ出したくても逃げ出せないようになっていて逃げ出すと事がもっと大きくなる、私個人の家だけでは収まらず職場で私が担当先のお客様のところで同じような事が起こるようになって、仕事で負け知らずでバカ勝ちをすると言えば聞こえがいいけどバカ勝ちに相対するだけの試練をあたえられて私が本気で戦うからバカ勝ちをするのであって、ご縁が深いと感じるお客様はお客様を通してご先祖様やお客様の学びを感じる時があって、そういったご縁を感じるところは不思議と私が役目を果たすようになっていて、絶対に逃げ出す事ができないから私は腹を据えて覚悟をして本気で戦うようになって、私自身のこうなりたいといった方向性や意志や願いは自身で行動をおこして少しの現実を作って見えない何かに届くよう天に向かってアピールするようになっていて、波瀾万丈に生きる事で経験豊かになって些細な修羅場などはなんて事もなく切り抜けるようになっていました。
  
 なぜ離婚したかと私の心境を語ると、一度目結婚は実家が物凄く環境が悪かったから私は両親から逃げ出したかった、ただ当時の私は二十歳そこそこの未熟な考えでおこなったから失敗して赤子の娘をつれて実家に戻る事になり逆に両親に面倒をかける事になった。
 二回目の結婚は私が39歳の時で夫とは11年間の交際を経て再婚をした、離婚の原因は夫が私に妻ではなく義母の替わりを求めた、亡くなった義母が経済的に家族(夫、義祖母、義理の妹)の生活を支えていたけど家族のそれぞれの根底には自立を望んでいて自立しているようにみせたいといった思いもあって頭で考えている事と行動がうまく噛み合うこともなく現実から目をそらしていて、私が家族の生活を支えていては環境が良すぎて自立はおろか悩みが深刻になる一方であったから私が居なくなることで環境を変えてそれぞれが自立をするよう歩んでもらいたいといった考えがあったからだった。

 実家に戻ってきて数カ月たった頃に母は変な咳をするようになって始めは風邪かと思い、気付いた時には肺腺癌のステージ4の既に手術や放射線治療が出来ない状態で何も治療をおこなわなければ余命4ヶ月と医者から宣告されそういった状態でした。

 父母と私が以前暮らしていた時と比べて明らかに変わってしまった違和感があって、不衛生に拍車がかかるといった事や、おかず(肉と魚)中心の糖質制限をした食事に変わっていたり、父母共に隣近所との確執が深くなっていて、母が隣に聞こえるからと家の中でコソコソと生活をするようになっていたり、そうかと思えば隣近所から発する声やら物音に必要以上に敏感になって聞こえない声が聞こえるいった被害妄想であったり人を憎むようになっていて母は普通の精神状態ではなかった、約3年間私が家をあけた間に父母の生活は様変わりしていました。

 私が再婚せず3年間家を空けずに父母と同居していたら私が母をフォローする事ができたので母が癌になる事はなかったのだと思い悔やんだ、また私の嫁ぎ先では義母が膵臓癌になり手術をしてから1年で亡くなるのを見送っていて義母の壮絶な闘病生活をみていたから、私は癌で苦しみぬいて亡くなるといった事を私は何よりも恐れていて、癌を克服する切符や癌で苦しまなくていい切符があるならば切符を母に持たせてやりたいと何かに取りつかれたかのように母の闘病生活をサポートするようになっていました。

 元々私自身が原因不明の体調不良を抱え込んでいて長年に渡り鍼灸院の自由診療通いしていて鍼灸院通いの長い期間中に現代医学とは別の視点で執着心をもって本物の癒しと健康探しをおこなって目を肥やすといった学びをおこなってきたから、癌なった母にも活かしたいと思っていて

学びによって理解出来た事は現代医学・東洋医学・世間にあるものは人智の粋を集めた優秀なものであるけども、そもそも宇宙の心理の一部分も明らかにされていないので未熟であって断片的な一部分にすぎないのと、人が作り出すものには我や利権が絡み本来の目的からはかけ離れてしまっているものも多く出回っていて全てが正しわけでもなく、自分の体は自分で守るといった意識をもって決して人任せにはせず個人が見極め選択する事が大事であると思いました。

また、効果があるものには法則のようなものがあって、シンプル・実践の中で確かめられた蓄積の英智・理にかなって解りやすい、そういったもので
西式甲田療法の本に書かれていた「健康を守る条件」5つの条件をクリアーすることだと思っていました。

「健康を守る条件」
①血液循環が完全であること
②左右の神経が対象であること
③脊髄に狂いがないこと
④体内の酸・アルカリの平衡が保たれていること
⑤腸が汚染されていないこと

 当時の私は母が癌になった原因は食生活と精神的なストレスと運動不足から影響を受けて癌になったと思っていたから、食生活を見直して動物性のタンパク質を摂取しない玄米採食を続けたり、玉川温泉と同じ放射線効果のある岩盤浴に定期的に通い、人参を大量に購入してジューサーで人参の生ジュースを作って断食をおこなったり、私の休みの日には母に付き添い二人で1時間から2時間散歩をして、琵琶の葉が良いと聞けば琵琶の葉を集めて煎じたものをお風呂に入れたりお灸をおこなったり、癌を克服した方々を多く輩出している団体が主催する講演会に車で片道3時間かけて出席したり、時には高価なお茶(タヒボ茶)を購入して母に飲んでもらったり出来る限りの事をおこないました。

 どれも母の癌の進行を抑えるほどの効果はなかったのと、私自身も同じ事を続けてみてほんの少しでも効果を感じる事ができれば良いと思えたのですが、自身の体が快適になるより手間の負担や食事制限でストレスの方が大きくなっていて良いとは思えなくなっていて。
私が長年にわたり健康探しをおこなって学習してきたことは通過点にすぎないと私はまだまだ未熟で無力であると認めるしかなかった。

一番効果があって母の寿命を延ばしてくれているのは私が懸念していた病院の医師がすすめる薬(抗がん剤)でした。
同じ事をおこなって実際に癌を克服した人はいるのかもしれない、また効果がでなかったのは私や母の努力が足りないとか実践する方法が間違っていると言われてしまえば反論もできなくなってしまうのだけど、業者や団体が命とお金を天秤にかけて儲けるといった事も実際に私自身が経験することによって感じていて、抗がん剤は悪いものだと不安をあおり人の弱みにつけこんで利益を得るそういった業者や団体は病院で進められる薬の副作用よりも厄介で罪深いと思いました。

 医者から抗がん剤を進められて始めはそれを私と母で時間の許す限りに拒んだ事もあって医者の手を焼かす事をしていたから、薬を拒み続けていたら確実に母の寿命は短くなり死んでいたので抗がん剤を進めてくれたお医者様に申し訳ないと思い、母の癌の治療に係わるお医者様とスタッフ様に感謝して、それから薬の開発に係わる方々にも感謝するようになって今は良い時代になってきて薬の開発も進んでいて、薬剤耐性が出来てしまった癌に効く第2世代・第3世代の薬が出回っていて世の中捨てたものではないと思えたのと母は多くの方々に支えられて生かされているのだと思いました。
 
 精神的な面では母は我が強くて弱いから劣等感の塊になって、そういった人であるから自身の力だけでは上手くいかないので宗教にはまった人で、隣近所との不和がプラスしてそれは人を憎むといった感情を日常的に発していて、私はそういった現状を見かけては母に注意をして私自身が母や隣近所にも振り回されることなく堂々と生活することで母が私の行動につられて少しづつ普通に生活をするようになって、母の思考が日常的に隣近所に向けられていたものが私や私の娘が実家に戻る事によって母は私や私の娘に気が回るようになったのでそこは改善がみられていて、家族の間で協力して母にストレスの少ない環境を作ってあげたかったのだけど、父は自分本位な勝手な人で協力をするどころか母が肺癌になっても平気で母の目の前でタバコを吸っているからそれを注意をするとそれに対してうるさいと怒鳴るような人であてにはならず快適な環境をつくるどころではなかった。
父は母以上に我が強く人の話を聞かないから厄介で手を患わせ、その結果父が本来母にするべき事を同居している私や私の娘が父の替わりに母にしていたように思う
母は劣等感を克服するより楽に生きる事を望み人任せであるから、母にとっては上手くいく事が当たり前で上手くいかなかった事は人のせいにする、そういった感情を直接医者にぶつけて折り合いが悪くなっていて、母に手を焼いたお医者様が父に話しをしてもまともに話が通じないので私や私の兄弟が呼出されるようになって、母の診察時には母が医者に感情をぶつけないよう私か兄が診察に付き添って母を見守るそういった事をしないと別の病院に移る事態が生じるようになっていて、母は精神面でも次元が低いところで留まっていて私にはどうすることもできなかった。
 
 そうして母の闘病生活が2年を迎る頃には病院で進められる治療以外は何をやっても結果を得る事ができなかったから無理にこれ以上何かをおこなっても負担やストレスが増えたり母の劣等感を深めるだけであったから私は現状を受入れるだけで母が望む事しかおこなわないようになっていました。

 私の体調不良ですが、子供の頃は疲れては吐いては寝るを繰返して極端なエネルギ不足で不健康で弱いのかと思えば病気一つしないおかしな体で、中学の時は朝礼になるとよく座ったり具合が悪くなって保健室に行くような子供が学校を休む事なく皆勤賞をとるといった子供でそういった状況は大人になっても変わる事はなかった。

 私自身が不快で生きづらい生活をしていると自分と同じように体調不良で苦しんでいる方々の顔の表情やら立ち振る舞いが自然と目に留まるようになっていて
 ある時は年齢も性別の違いもあって似ても似つかなかった人物が時の経過とともにだんだん自分に似てきていると思った事があって、どこが自分と似ているんだろう考えたらそれはその方が心臓疾患を患い体全体の機能が低下して急激に老いてゆく姿と自分とを重ねてみていました。

 またある時には私と同じように「面倒くさい」連発して発する方がいて糖尿病から腎臓病を患い透析をおこなうようになって最後は亡くなってその方は人が限界に達するだけの要因を抱え込んでいて

 またある時には交通事故で意識不明の状態が3カ月続いて意識を取り戻して生還した方がいて、始めは生還したことを共に喜んだけど、その方は脳の機能を失っての後遺症が残り障害者となってしましました。
その方から障害者となってしまった嘆きを私にぶつけられた時があって、その時に私はたじろぐ事もなく直視してその方に語りかけていて「出来なくなってしまった事が沢山あって失ったものは大きい、記憶をなくしても私が○○さんに過去にした質問をすると以前と変わらぬ同じ答えとリアクションが返ってきて、○○さんの性格や思考は以前と変わっていないから意志さえしっかり持てば時間はかかるけど同じ答えは見い出す事は出来るから大丈夫なのだと」私の思いがその方にとどいたのか受入てくれて、今思えば私自身がいつも脳が痺れ麻痺した状態で脳の機能が低下していたから「意志さえしっかり持てば時間はかかるけど同じ答えは見い出す事は出来るから大丈夫なのだと」といった言葉は私にも響くメッセージであった

 私の体はまるで高齢者の疑似体験ができる体で、体は全身凝固まって酷い時には自分の体が自分で支える事ができなくなったし、頭はストレス過多で常に麻痺していたから思考・感覚・神経・血液の循環といった機能が低下をして、歳は若くても体の姿勢や機能低下による振る舞いは年老いたおばあ様で体が限界になってよく発する言葉は「疲れた、面倒くさい」視野も狭く目は虚ろで調子の良い日などほどんどなく常に疲れ果てているのに、病院や健康診断をおこなえば異常なしの診断が返ってくるおかしな体であった。

 鍼灸院の自由診療には11年間定期的に通っていて、数年かけて全身の凝固まりをとることによって首に疾患がある事に気付いて、全身の凝固まりがなくなって動きやすくなった途端に今度はゲロ吐きが止まらなくなるといった発作のようなゲロ吐きに悩まされるようになって発作が起きて体を休ませてもゲロ吐きが治らなかったら鍼灸院に駆込んで首に針を刺すと体が元に戻るようになっていたから鍼灸院通いをしても首は治らないといった事に気付いても、何もしなければ全身が凝固り元の状態に戻るし、自分では止める事ができな年2回の大きな発作が起きた時に近くに対処できる場を確保しておかなければならなかったから、当時の私は鍼灸院通いは辞める事ができなかった。
 自身の体調不良は霊障によって起きている事に気付いたのは、発作が起きてたまたま鍼灸院の休みの日であったから鍼灸院の先生の自宅に押しかけて治療してもらった時の事で、私に憑依していたものが鍼灸院の先生の奥様に憑依した事で気付いて、これまでの自分に起きていたおかしな体調不良の情景が点と線がつながって謎が解けて自身が霊媒体質である事に気付いた。
 
 母の闘病生活が3年を迎える頃に私に転機がおとづれて、霊媒体質や首の疾患を治すために氣と整膚の松本(当時の屋号)に通い始めたのが2017年の7月頃でした。

 幾つかのおかしな出来事が起こることによって、私の意志とは関係のない所で力が働くといった存在が私を導いてくれてここまでたどり着いた

 当時の私は無知でありましたから霊媒体質の治療する場などなく除霊を習得することによって憑依は回避できると思っていたから修行する場を想像していて滝にうたれるする難行苦行おこなったり、昔テレビみた心霊番組で霊能者が霊媒に憑いた霊に説得をしたり除霊するおどろおどろしい光景が頭に浮かんでいたから、次に導かれてたどり着くところは山奥や滝があるところで宗教が絡む寺又は霊能者が主催する団体を想像してすべてを受入る覚悟していたんだけど、実際にたどり着いてみたら、私の住まいから車で30分で行ける場所で海があって高台のお洒落な住宅街にたどり着いて気が向いたらサーフィン楽しむといった様子がお見受けできる爽やかなご夫妻(松本先生と奥様)に迎えられていて、私が想像していたイメージとは違いすぎて拍子抜けをしたと共に安堵したのを覚えています。

 私自身気功に関してはテレビで見たことがあるくらい整膚に関しては始めて耳にする言葉で何も知らなかったけど私に治療の出来る場が残されていて、宗教的な事が絡むといった事も一切なかったからそれが何よりも嬉しかった。

 松本先生の施術は至ってシンプルで診療ベットに横になって先生の施術を受けるといったもので、施術後は頭がスッキリしたり体の痛むところが和らいでしばらくすると好転反応が出てきて一時的に体が後退したり痛みや症状が出てくるもののその後は体は良くなっていくといったもので、好転反応があっても施術後3日間は手厚く遠隔を送ってくださいますので好転反応も軽く乗り切る事ができて、当時の私の首は座りが悪く首がガクガクしてムチ打ちと神経の触る痛みがあって鍼灸院に10年以上通っていても首が治る気配すら感じることがなかったのに、松本先生の施術を1回~2回受けて施術や遠隔の毎に首の痛む箇所や痛み方の変化が著しく首の中で何かがおきているといった実感があって定期的に続けて施術をうければ首は治ると思いました。
 施術毎に体が改善して快適になるので自然と足が運ぶようになっていて、次は体のどこが快適になるんだろうかと次の週の治療が楽しみになるといった感覚で同じ曜日のいつもの時間に松本先生の施術を受けに一宮におとづれるようになっていました。
 
 松本先生の施術を受けるようになってから3カ月が過ぎた頃に、我家が霊道になっている事に松本先生が気付いて浄霊を行うために私の部屋の画像を送るようご指示がありましたので、その日うちに私の部屋の画像を送って、松本先生もその後迅速に対応して下さって奥様からメールがあり浄霊をおこなったところ画像からオーブでてきたと連絡をもらって、その日の晩から霊に取り憑かれることなく安心して眠る事ができる場所が私にできました。
まともに眠る事ができるようになると寝ている間に体が回復するようになって次の日に疲れや体調不良が残らないようになり霊に憑かれる回数が減ることで体が後退する回数も減り体や精神的にも効果があって、この日を境に私の本来持っている自然治癒能力が上がりその後の治療の治り具合のペースも早くなったと実感いたしました。
 
 我家が霊道になっていることで私の自身の体に多大なる害を受けている事に気付いた時に、確実に同じ家に住む家族も影響を受けていると心配になり、また母の癌の病状も悪化して危機感をもって生活するようになっていたので、家族の画像を送り遠隔の依頼を松本先生と奥様におこなったのが2017年11月半ば頃の事でそれ以来松本先生と奥様は私の家族に無償で遠隔を送り続けてくださいました。

 私の心の中では母をなんとかしてやりたいと思う気持ちの一方で、これまでの母のダメさを沢山見てきて、母は頑なに母が信仰する宗教が一番でそれ以外は受入る事はできないから、母は理解しようとはしないし、知ったところで逃げ出すといった事が頭をよぎって、そもそも母は娘である私が霊媒体質である事すら受入れる事ができないので、はじめのうちは遠隔の依頼をするべきかどうか悩んでいたのですが、松本先生の施術が私には効果覿面に実感できてあまりに良すぎて有無をいわさぬものがあって、私に母をなんとかしたいと欲をもつことができて先生と奥様に遠隔依頼を行う事ができました。

 遠隔が始まったのは母が闘病生活3年を迎える頃で、肺に大量の水が溜まり水を抜くために入院してそういった事を半年毎に繰返していました。
 当時の母の体の状態は思うように体が動かなくなっていて注意力も散漫なので炊事をおこなえば火傷や切傷が絶えなくなっていたり足元がふらついて、あともう少し体の後退が進めば生活介助や私が手に負えなければ入院が必要で危機感をもって生活をしていました。
体の後退が進んでくると母の思考や心までが後退して人が聞いたら怒ったり逃げ出したくなるような言葉を母は平気で心無く発するようになっていて母には自覚もなかった。

 遠隔をおこなうなってから2年が経ちますが、遠隔をおこない始めて間もなく母の後退していたは体は徐々に改善していきました。
経過もよく以前は肺の水を抜くために半年毎に入院していたものがこの二年間の間に抗がん剤を変えるために一週間ほど一度は入院をするものの肺に水が溜まらなくなったので入院することがなくなり、今も人の手を借りることなく家事を行い自立した形で闘病生活6年目を迎える事ができています。
 闘病生活も長きにわたっているので普通に老化は進んではいるものの、癌の進行を抑えつつ良い状態をキープしています、元々我の強い人ですから時に私を怒らせるような事をして親子喧嘩をする事がありますがそれは元気だからできる事で以前危機感をもって生活をしていた事が嘘のように思えるくらいです
 どうゆうわけだか母との相性が悪く折り合いが悪かった主治医が変わる事によって、母が主治医に感情をぶつける事もなくなって診察毎に私や兄が診察に付き添う事がなくなりました。
病状の経過も順調で処方される薬にも恵まれて、お陰様で安定した闘病生活をおくる事ができています。

 父ですが、2018年の3月に医者に身柄を確保され救急車で搬送されICUに入るといった騒動をおこして前立腺癌のステージ4である事が判明しました。
 騒動が起きたのは遠隔をおこなってから4カ月を過ぎた頃の事で、元々はアルコール中毒で日々の生活をおざなりにすごすといった事が父の生き方そのもので、遠隔によって父も浄化されこれまでのおざなりに生活してきた負が一気にでてきて、我をはって病院に行かなかった人がその後は正気を取り戻して父自身の病院通いと母の病院通いをおこなうようになって家族に捨てられる事もなく悠々自適に生活できています。
去年の秋ごろからこれまで処方していたホルモンで癌を抑制する薬が効かなくなって、抗がん剤治療に切替ていますが副作用が強いようで不満を口にする事があって、それは闘病生活をおくっているのだから仕方のないことで今までが副作用た少ない薬で恵まれていたのだと思う
父は11月の台風の日に転んで左腕を骨折をしましたが今ではギブスも外れて近所に車を運転して買い物ができるようになり、父は78歳ですから最近では父の車の運転が心配になり抗がん剤の薬に切替える事も重なって私の娘が私の替わりに父の通院の送迎をしてくれて私自身も恵まれていて、お陰様で父も恵まれた闘病生活をおくる事が出来ています。

 さて、謎解きの話になるのですが、私の体調不良と母の癌の原因について考えてみました。
 私の首の疾患の原因についてですが、施術におとづれる前の私の認識は首の疾患が脳からの神経伝達を阻害しているのだと考えておりましたが、松本先生が私が納得できる答えを施術後に説明してくれていて、私が母のお腹の中にいる時に母が過大なストレスを受ける事によって私の脳が影響を受けて二次弊害で首に影響を及ぼしていているといった事を説明してくださいました。

 私は先天性の脳に損傷があり二次弊害で首の疾患もっていて∔霊障を受けやすい体質(霊媒体質)で、体の調子が悪くなる原因は9割型霊障なので、駅、葬式、病院、ショッピングモール、繁華街、人が混雑するような場所、そういった所に行くと必ずと言っていいほど体が影響を受けていて、霊障を受けやすい所に行く毎に施術後には松本先生より体から何かが出てきたといった説明や手を焼いている様子がお見受けできていて、今考えると子供の頃に朝礼で具合が悪くなっていた原因は朝礼は人が密集して大勢集まる場であったから霊障が関係していたのかもしれません。
 さて、霊障で一番影響を受けている体の部位は脳で、私の体調不良はすべて脳が起因していて霊障で脳が痺れて麻痺することで思考・感覚・神経・血液の循環といった機能が低下をして嘔吐、血行障害、全身の凝固り、感覚障害(鈍感)、放心状態、そういった症状があらわれて、日常的に霊障を繰返しダメージを蓄積させると健康な人間が体全体の機能が低下して高齢者のような体になる、また松本先生が私に施術を施す体の部位も頭と首が9割型を占めています。

 以前の私の認識は母が癌になった原因は食生活と精神的なストレスと運動不足から影響を受けて癌になったと考えていました。
だから、食生活に見直をかけて運動不足を解消して血行が良くなる事をおこなったのですが、ほんの少しの効果も感じる事ができなかった。
それなのに遠隔を母に行う事で効果は現れて癌の進行が進んだ危機的状況から体は改善し良い状態を2年間キープして母は闘病生活6年目を迎える事が出来ていて、これほどまでの効果が現れてのいるのはなぜかと考えると、母の癌になった原因は霊障で遠隔によって原因を絶ってケアーをおこなっているからで
 母は霊障で脳に影響を受ける事によって脳から癌細胞をつくるといった信号が発信されて、そういった信号が体に送信される事によって癌になった、だから食生活の見直しや運動不足を解消し体を温めるといった二次的弊害の改善をおこなっても脳から信号が止まる事なく体に信号が送信されいたので効果はみられなかった。
遠隔を母に送る事で霊障が絶たれ脳がストレスを受けなくなって脳からの信号止まることで体の負担もなくなり母の持つ自然治癒能力があがり効果が現れたのだと思います。
 
よく癌を克服した人が癌を克服するためにおこなった事の中にストレスをなくす、意識をかえるといった事が挙げられいるけど、それは脳や神経に関係していてストレスをなくして脳の負担を減らし意識を変えると脳から発信する信号が変わる事につながっていて
食生活や運動不足を改善して癌を克服した人は元々の原因が食生活や運動不足が原因であったり本気で取組み改善をはかる行動をおこなうと意識が変わるから効果が現れるといった事なのだと私は考えております。
 私の実践においての確かめられたのは「霊障は脳を害す」「病は脳が起因する」といった事で認識も変わりました。
 
 昔の先人は感覚を大事していたから、病になるとお祓いをしたり、病の原因となる腹の虫図鑑となるものが存在しているのは、あながち間違いな事ではないのだとおもいました。


 私は松本先生ご夫妻にかかわり施術を受ける事によって、私の体が改善し私の取り巻く環境が改善し私の人生が一転しました。
精神的にも肉体的にも今が一番でこの上ない幸せを味わう事が出来ていて、先生と奥様に深く感謝します。

 私は一人であって一人ではなかった、いつも体は限界ギリギリの高齢者の疑似体験ができる体で致命的な病気にもならず、苦しい中と厳しい環境の中で私はたくましく波乱万丈な半生をおくる事が出来ていて、この快挙はダメな私の力だけでは出来ない事で私の意志とは関係のないところで力が働く見えない何かの存在に私は見守られ生かされていて、松本先生ご夫妻に縁する切っ掛けをあたえてくれていて、私の意志とは関係のないところで力が働く見えない何かの存在に深く感謝します。

 私の霊媒体質と首の疾患は生まれてからこれまで私に苦しみを与え続けてきましたが、こういった特殊な体と蓄積した体の悪さをもっていたからこそ執着心をもって本物の癒しと健康探しおこなうようになって松本先生ご夫妻に縁することができていて、またその体を治すために長期をわたり定期的に治療が必要であると感じるもがあったからこの2年半毎週欠かすことなくハンドパワーヒーリングの施術をうけることが出来ていて、普通なら解く事が難しい論争になるような病の本質についての謎を現実に松本先生の施術を体感することで謎を解くことができているので、私の霊媒体質と首の疾患に感謝して。

 母が肺腺癌になり本気で母の闘病生活を支える事によって私が正しいと思っていた長年築き上げた健康についての認識が通過点にすぎず、私は正しいといった考えを全部払拭して全てを受入れるといった考えに変わる事ができました。
また、遠隔をおこない母の体の経過をみる事が解く事が難しい問題のヒントになっていて謎を解くことができたので、母の癌に感謝して。

 父は私には手の負えないどうしようもない人で、母は宗教に依存し宗教を信じる事で頑なに自分は正しいいった考えが垣根を作ってしまっていて、私や母方のご先祖様を純粋に受け入れる事ができないダメな人で、子供が逃げ出したくなる夫婦喧嘩の絶えないこの夫婦子供として私は脳に損傷を負って生まれてくることが出来ていて、父母に私を生んでくれた事に感謝して、この夫婦の子供で私は環境も悪く苦労は絶えなかったけど、そのおかげで私はたくましく成長することができているので、父の手に負えないどうしょうもないところと母のダメさに感謝する。

 私は私と家族を通して人は浄化が進むどうなるのかといった事を理解できるようになっていて、人は浄化が進むとまともになる、まともになって愛が大きくなることを実感するのだと思います。
 
 私は多くの闇を持つことで光を理解する。

 松本先生と奥様には深く感謝します。

 私と私の家族の幸せに係わるすべての方々に深く感謝をします。


ps:梨が食べられる季節になると亡くなった義母を思い出します。

義理の母は逸材と呼べる人で、肩書は農家のおばちゃんであるのに亡くなった時には300人もの弔問客を集め、様々な方々から生前義母が大好きだったからと果物を供えてやってほしいと食べきれないほどの供物(みかんの箱5箱・他果物が沢山)が集まるといった人でした。

そんな義母から私は教わった事があって

朝会社に行くために私が身支度をしていると義母が私を覗き込むようにして「会社に冷蔵庫はあるのか?」って問いかけてきて、私が「あります」と答えると、義母は大きなタッパーを差し出して「これは〇〇(生産者の名前)の梨で良い物だから、会社に着いたら冷蔵庫で冷やして、おまえ(私)の世話になっている人に食べさせろ」そう言って大勢で摘まめるようにしてある梨を私に持たせてくれました。

また、義母は私にこうも語りかけてきて「ただ単に人に梨を渡しただけでは食べてはもらえないかもしれなし、皮をむくのが面倒で腐らせる人だっている、だけど梨を冷やして皮をむいて食べられる状態で人の目の前まで出すと食べてもらえるし、食べた人からありがとうといった反応が返ってくる、わかるか」、その日義母が望むように会社について梨が入ったタッパーを冷蔵庫に入れて冷やして昼休みに同僚に梨を配ったら、義母の思いを知ってか知らずか普段果物を目の前に出しても食べないような人までが梨を口にして美味しいと言ってもらえました。

義母はおそらく私にこんな事を伝えたかった、ここまでやれば人に感謝されと、だからどうせやるんだったら時間や手間や工夫を惜しまずに徹底せよと、義母は人のために動きかける人であったし多くの人と感謝を共鳴させる事が出来る人でもありましたらから自然と人が集まり義母の元には沢山の地元の特産物が集まってきて、そういった事で長年にわたり働かなくなってしまった義父に変わり一家を養う大黒柱でした。

義母のこういった想いは義母の生き方そのもので、義母は本当は私ではなく義母の息子(私の夫)や娘(私の義理の妹)に託したかったはずであるのに、息子や娘に伝わらないから私に託されていて息子や娘に伝わらないといった寂しさと想いとが入り混じっていました。

また、義母は家族のマイナスをプラスに補う人で、家族に尽くしても感謝されないのに、同じ事を家族以外の人におこなうと喜ばれて感謝されるのでそれが原動力となって家族以外の多くの人にも尽くしました。
ただ悲しいことに義母が家族のマイナスを補えば補うほどに家族のマイナスは大きくなって衰退し、義母は逆に繁栄して世間の方々の信用を勝ち取るといった縮図が出来ていて、私はそういった一家に嫁として家族の一員となった。

義母は家族を助けているうちに家族の魂の学びを替わりに義母が負っていて、もっと悪い言い方に替えてみると家族の魂の学びを奪っているところがあって、そこには付加も生じていて家族を生かす替わりに義母自身の寿命を縮めてしまったところもあって、義母が亡くなったあと残された家族は義母の替わりを私に求めたが、私が残された家族のそれぞれのマイナスを負う事が家族の幸せにつながる事なのかと考えたら、私が家族の負を負う事で家族は経済や物質的な事は得る事はできるけども、自身の負を自身で負って解消する(魂的成長の解決をとげる)事ができない限り負の数が増えるか大きくなるだけで精神的幸せを得る事はできないからそういった事で私は悩んでいたら私の脳裏にうかんだ事があって、
それは家族は似た物同士のあつまりでこの家は時を超え人を変えて同じ営みを繰返していて、今私が悩んでいることはかつてこの家のご先祖様も同じ事で悩んでいて、この家の悩みを克服することはご先祖様にとって一番の供養になるのだとそういった考えがうかび後押しされて、
私は残された家族(夫、夫の妹、義祖母(夫の父の母))のそれぞれがそれぞれの魂の学びを学ぶ事のできる環境に戻す∔私自身が人を憎まず家族の犠牲にならないそういった選択(離婚)をした。
そうして、私はもめる期間を最小限におさえて夫に経済的負担を一切かける事もなく自分の実家に戻った。

今考えてみると私の二回目の結婚は膵臓癌で亡くなる義母を見送りに行ったような結婚生活だった、3年と短い期間でしたが家族と共に生活をすることによって思考やら洞察力が研ぎ澄まされて私は急激に一回りも二回りもたくましく成長することとなった。

離婚後、私は義母のスピリットを受け継いでいるせいか、性格は違えど私が義母に似てくるとゆうのか自然と人が集まり頂き物が増え集まるようになったり、どうゆうわけだか私に追い風が吹くとゆうか、物凄く間がよくなって私の意志とは関係のないところで力が働くといった存在に気付くようにもなった。

今でも私は義母が望むような行動を出来た時には義母の魂に届くよう義母に報告をしているのです「あなたが蒔いたスピリットの種は私の中で育っていますよ」って

読んでいたら、神仏が飛んでいるのが見えました。(ゴビンダ)


あっちもこっちも皆んな先生に助けて頂いて…本当に感謝しています 千葉県・女性 2020年1月

2020-01-04 10:48:17 | 施術

新年明けましておめでとうございます。
昨年は大変大変お世話になりました。
今年もよろしくお願いします。

今日、父の様子を見て来ました。お陰様でだいぶ復活していてホッとしました。本当にありがとうございました。
また様子を見ながら遠隔をお願いしたいと思います。よろしくお願いします。

年末に一緒に伺った○○○子さんと会いました。
会った感じも、以前よりエネルギーを感じました。本人も調子が良いと言っていました。整膚も続けているそうです。

あっちもこっちも皆んな先生に助けて頂いて…本当に感謝しています。