つれづれなるまま(小浜正子ブログ)

カリフォルニアから東京に戻り、「カリフォルニアへたれ日記」を改称しました。

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中国風信17 社会人のための現代中国講義-各分野の専門家が読み解く中国の深層(『粉体技術』7-10、2015.10より転載)

2017-09-19 00:57:19 | 日記
 今回紹介する高原明生・丸川知雄・伊藤亜聖編『東大塾 社会人のための現代中国講義』(東京大学出版会、2014年)は、東京大学の教員を中心とした講師陣による社会人を対象とした連続講義の記録である。現代中国の諸側面を、それぞれの分野の専門家がその歴史的背景や中国社会のメカニズムから説き起こし、最先端の研究成果がわかりやすくまとめられている。
 まず高原明生「政治 国家体制と中国共産党」は、中国理解のポイントである政治の中心、中国共産党を論じる。中国政治への見方として、制度を理解すればわかるという考えと、権力闘争で動いているという見方とがあるが、両者の真ん中あたりに真実がある。共産党への不満があれば、人びとは「散歩」(デモのこと)に出て意見表明するが、全体として「共産党の平和(パックス=コミュニスタ)」はもうしばらく続くだろうと、高原は述べる。
 平野聡「民族 『中華民族』の国家と少数民族問題」は、20世紀初め以来の「単一民族的な多民族国家」をつくる運動としての「中華民族」運動の虚実を、チベットなどの少数民族の歴史を踏まえて述べ、近年の観光開発が少数民族問題を悪化させている、と論じる。
一方、村田雄二郎「ナショナリズム 中華民族の虚と実」は、漢族知識人の側が、民族国家の主体としての中華民族を創出するために展開してきた論争をたどる。現在も、豊かになれば民族問題はなくなるという意見と、少数民族への支援をなくせば格差が拡大するという意見が併存している。
川島真「外交 歴史と現在」によると、そもそも「中国」という言葉が使われ始めたのは100年ほど前に近代国家としての主権が意識されてからであり、その前は明、清などの王朝があるだけだった。その際に「本来の中国」の範囲を、漢族居住地域とするものと、少数民族地域を含む清朝の版図とするものとがあったが、後者が中国と考えられるようになってゆき、それを取り戻す国権回収が中国近代の課題となっていった。
 丸川知雄「ミクロ経済 国家資本主義と大衆資本主義」は、中国での国有企業のプレゼンスは年々下がっており、一方で活発な大衆による起業が大きな国内需要向けに行われているという。ゲリラ携帯電話産業に、徹底した分業で少額の資本の企業がどんどん参入している様子からかいま見える中国企業のダイナミズムは興味深い。
 高見澤麿「法 中国法の仕組みと役立ち方」は、法治よりも人治の国といわれる中国で、どのような法があり(たくさんあって時に互いに矛盾する)、どのように機能しているのか/いないのか、を丁寧に解説する。政策が法源のひとつとなった事情、裁判官の独立は原理的にない、など独自の中国法の世界を知ることができる。
 園田茂人「社会の変化 和諧社会実現の理想と現実」は、社会調査の結果から、格差はひろがっていても党・政府に対する不満は高まってはいない、多くの人は昔より暮らしが好くなったと思っているし、政府のリーダーたちへの信頼度も高い、したがって中国崩壊論は当たらない、とする。
 阿古智子「公民社会 民主化の行方」は、インターネット上のソーシャルメディアで世論が作られる現状を見る。党や政府も市民運動家もネット上の言論空間を主戦場と考えて、人びとの気持ちを掴めるキーワードを出すことにしのぎを削る。党や政府は情報コントロールをめざすが完全にはできず、ネットは弱者の武器ともなっている。
 日本の中国研究は厚い蓄積を持ち、中国社会を内在的な論理から理解する能力に長けている。その成果を共有するのに役立つ一冊である。
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